招かれざる客
ひたすら絵を描いた記憶しかない登城から三日後。
再び、わたしとアーキスフィーロさまは城に訪れたのだが……。
「ようやく、登城したようだな、アーキスフィーロ」
契約の間の扉の前に、数人の殿方たちがいらっしゃった。
その中の一人が、アーキスフィーロさまに声を掛けると同時に、わたしとアーキスフィーロさま、そして背後にいたセヴェロさんとヴァルナさんも跪く。
「え? あ?」
契約の間に案内してくれた人が、混乱していたためとはいえ、一番、頭を下げるのが遅かったのはちょっと問題だとは思う。
だが、この様子だと、何も聞かされていなかったのだろう。
ある意味、気の毒である。
「頭を上げろ、アーキスフィーロ」
アーキスフィーロさまだけに許可が下りたので、わたしの横で頭を上げる気配がした。
「ロットベルク家第二子息アーキスフィーロ=アプスタ=ロットベルクが、ゼルノスグラム=ヴライ=ローダンセ第二王子殿下にご挨拶いたします」
「挨拶はいい。相変わらず、堅苦しいな、お前は」
どうやら顔見知りらしい。
いや、見知っていて当然なのか。
だが、第二王子殿下が何故、こんな所にお出ましなのでしょうか?
ここは城の地下だ。
それも、契約の間しかない。
どう考えても、アーキスフィーロさまを待ち伏せしていたとしか思えないのだけど……。
「そんなことより勝負だ!! アーキスフィーロ!!」
はい?
そう口にしなかった自分は頑張ったと思う。
いや、どういうこと?
ここを通りたくば、俺と勝負しろってことだよね?
勝負って何?
ま、まさか、美男子コンテスト?
うん、そんな懐かしいゲームのネタはどうでもいい。
第二王子殿下からの申し出に対して、アーキスフィーロさまは動じていないようだし、セヴェロさんもヴァルナさんも落ち着いているご様子。
わたしも顔には出さないように頑張ったつもりだけど、ヴァルナさんには伝わっていることだろう。
「畏れ多いことですが申し上げます、第二王子殿下。私はこの場所まで仕事に来たのです。勝負に来たわけではございません」
アーキスフィーロさまは淡々と答える。
その言い分は正しい。
わたしたちは遊びに来たわけではないのだ。
何の勝負なのかは分からないが、こんな所で邪魔されても困る。
一番、困っているのはアーキスフィーロさまでもわたしでも、勿論、連れの二人でもない。
転移門の間からこの契約の間まで案内してくれた人だろう。
第二王子殿下とその従者たちは、扉の前を陣取っていたのだ。
そして、案内人は最低限、アーキスフィーロさまが契約の間に入る所まで見届けなければいけないらしい。
本当なら、部屋から出てこないように見張る役目もあるはずだけど、アーキスフィーロさまは一度部屋に入れば絶対に出てこない人だから、大丈夫だと思われているそうな。
そうなると、第二王子殿下を押しのけて、アーキスフィーロさまを契約の間に通すわけにはいかないし、このまま立ち去ることもできない。
第二王子殿下の前なので同じように跪いて顔を伏せているが、内心、かなり困惑していることだろう。
本当にお気の毒だ。
だが、不測の事態も起こりえるのがお仕事である。
頑張って乗り切っていただきたい。
「仕事? お前の仕事って言ったら、ジュニファスの補助だよな? それなら、大したものはないはずだろ? アイツの仕事って、確か、人間界に行った時の日記の提出ぐらいって話だぞ? 楽で良いよな~」
そう言えば、この王子殿下は、人間界に行っていたと聞いた。
そして、第五王子殿下は日記を付けていたらしい。
それを基に、国王陛下に提出する報告書としての形にしているということなのだろう。
だが、「ウサギについて」なんて、あの第五王子殿下がわざわざ日記につけていたかは分からない。
第二王女殿下なら分かる。
人間界に行っていたし、可愛い物が好きらしいので。
「尤も、人間界の物なんて、ほとんど使えね~からな。テレビとか、ゲームとかすっげ~、楽しかったのに全然、こっちじゃ動かね~んだよ」
この世界では家電が使えない。
電気がないわけではないのだ。
雷系の魔法なんて、放電現象だろう。
摩擦による静電気だって発生する。
それでも、家電は大型、小型に関係なく動かなくなる。
この世界では「時刻み」と呼ばれる時計ですら、電気で動かないのだ。
その代わり、魔法、魔力と呼ばれるモノが動力として存在しているのだから、本当に不思議である。
「そんなわけで勝負だ! アーキスフィーロ!!」
いやいや、どんなわけですの?
全然、関係ない話だったよね?
「第二王子殿下」
アーキスフィーロさまは、珍しく低い声で……。
「一戦だけです。それ以上は仕事の邪魔なのでご遠慮ください」
第二王子殿下の要求に応えることにしたらしい。
確かにこのままでは話が進まない。
この第二王子殿下は退く気が全くないようだから。
「オッケー、オッケー。どこでする? やっぱ、中庭?」
第二王子殿下は気楽にそんなことを言う。
「中庭では人目に付くので、第二王子殿下の背にある扉の奥でいかがでしょうか?」
「え? 嫌だ」
お互いが提案し合った場所を、お互いに嫌がったことはよく分かった。
中庭は行ったことがないけど、人目に付く所だというのなら、目立つことを好まないアーキスフィーロさまは、そんな場所に行くのは嫌だと思う。
そして、第二王子殿下の言い分も分かる。
この国では「契約の間」は、何故か、「懲罰の間」として扱われている。
そんな部屋に行きたくはないだろう。
「中庭で良いだろう? 昔はよくそこでやったじゃないか」
「お言葉ですが、第二王子殿下。あの場所の結界ではもう、足りません。私の魔力が暴走しなくても、確実に余波がございます」
「マジか?」
「はい。私が模擬戦闘を行えそうな場所は、この城内ではもう、そこの『契約の間』ぐらいでしょう」
どうやら、模擬戦闘しようぜ!! ……と、いう話だったらしい。
「そのため、この『契約の間』以外で、私は魔法を振るう予定はありません」
そして、この城の中庭には結界があるようだ。
でも、アーキスフィーロさまの魔力に耐えられそうな結界の場所なら、もう一つある。
あの八重桜に似た花「ヴィーシニャ」が咲いていた裏庭だ。
人除けや遮音はないようだけど、あの場所はセントポーリア城下の森のような雰囲気があった。
恐らくは、自然結界なのだろう。
城内とはちょっと違うかもだけど、あの場所なら、多分、水尾先輩が「炎の大鳥」を放とうが、わたしが朱雀と青龍を同時に生み出そうが、外にその気配が漏れることはないと思っている。
尤も、そんな大きな魔法を使ってしまったら、気配ではなく、視覚的に見つかってしまいそうな気もするが。
だけど、あの場所で模擬戦闘はなんとなくして欲しくない。
貴重なミタマレイルが生えているような場所で、九十九と模擬戦闘をやったことがあるわたしがそう思うのも、ちょっと何かが違う気がしなくもないのだけど。
でも、アーキスフィーロさまもそう思っているからこそ、断られることを承知で、「契約の間」を推薦したのだと思う。
「う~む。新たにパワーアップした新生アーキスフィーロは見てみたい。だが、呪われた部屋に入るのは……」
第二王子殿下は考え込んでしまった。
どうでもよいけど、せめて、その扉を通らせてもらえないだろうか?
いつまで経っても仕事ができない。
ノルマがあるわけではないっぽいのだけど、三日前よりも質が落ちるような成果を出すのは過去の自分に負けた気になってしまう。
それに、このワンピース姿で跪いたままって結構大変なんだよね。
せめて、立たせて欲しい。
「やむを得ん! 目的のためだ!!」
目的?
アーキスフィーロさまとの模擬戦闘のこと?
「このゼルノスグラム様が、その部屋に入ってやろう」
第二王子殿下は胸を張ってそう言ったが……。
「「「「ゼルノスグラム王子殿下!?」」」」
数人の従者たちがそれに反応した。
「お戯れはおやめください」
「そうですよ。そこまでする意味はないでしょう?」
「そこの黒公子のように呪われてしまいます!!」
「お考え直しを!!」
そして、次々と反対意見が出る。
「黙れ」
だが、それらをたった一声で、黙らせた。
決して激しい声ではない。
寧ろ、低くて落ち着いた声だったと思う。
だが、そこにあったのは、口出しを許さぬ、上位者の声。
「お前たち、俺のキャッチコピーを言ってみろ」
……はい?
キャッチ?
「「「「「「「「俺より強いヤツを倒しに行く!!!!」」」」」」」」
従者たちは拳を握り締めるようなポーズを決めて、声を揃え、いろいろアウトな台詞が飛び出した。
もう、ツッコミどころしかない。
根が突っ込み体質のヴァルナさんなんて、専属侍女だというのに、身体が震えているじゃないか。
「そうだ。だから、このアーキスフィーロを倒して、俺は俺の願いを叶えるのだ!!」
第二王子殿下は何故かそんなことを言ったのだった。
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