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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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歴史を顧みない国

「初日は、どこからも接触がなかったと言うことだな?」


 兄貴からの報告書を読みながら、オレは確認する。


「そうなるな」


 兄貴もオレからの報告に目を通しながら、顔も上げずに返答した。


 兄貴からの報告書をオレもしっかりと目を通しておかなければいけない。

 次回は、オレが行くことになるのだ。


「なんで、主人が絵を描いているんだ?」

「俺が強制したわけではない。参考資料として図鑑を提供したら、主人は迷うことなく、写真を模写し始めたのだ」


 カルセオラリアの経験だろうか?


 栞は写生が得意で、静物画も肖像画も風景画もかなりの物を描くが、写真を模写するのも相当な腕だ。


 だが……。


「図鑑を複製して、切り取るだけで良いんじゃねえか?」


 何もその技術を他人に見せる必要はないと思う。

 また変なヤツらに目を付けられる可能性が高くなるだけだ。


 あの主人の絵は、情報国家の色ボ……、王子も気に入るような絵だった。

 今にして思えば、栞の絵付きで見せたのは失敗だったと思う。


 それ以来、オレが作った薬の記録を複製し、栞の絵を除いた物も作っている。

 まあ、あんな物を見たがるやつなんて、そういないとは思うが念のためだ。


 薬の記録も随分、増えた。


 セントポーリア城下で栞から識別してもらった結果までついているので、恐らく、どの薬品図鑑よりも正確なものとなっていることだろう。


 薬品図鑑というよりも、香辛料、調味料図鑑と言った方が近い気がするが、薬効成分も含まれてはいたようなので、薬品図鑑と言って問題ないと思っている。


「人間界の写真を提供する方が面倒だろう?」


 兄貴が持っている図鑑は絵も写真もあるが、写真の方が多いらしい。


 オレもそうだった。


 やはり、正確な資料が良いから、必然的に写真が多いものを購入していたのだ。


「この国の人間なら知っていることなんじゃねえのか?」


 そこまで隠す必要性が分からない。


「知っていると持っているでは、全く意味合いが異なる。そして、この国にはストレリチアと違って、カメラの存在はないし、現像技術もない」

「どういうことだ?」

「カメラは電気がないと動かないと思っているのだろうな。どうやら、この国の人間たちは結果(現在)を知るだけで、その過程(歴史)を軽視する傾向にあるようだ」


 人間界の一眼レフも、使い捨てカメラも、インスタントカメラも電池などで動いている電子式カメラがほとんどだ。


 だが、一切、電気を使わない機械式カメラと呼ばれるカメラが現代でもないわけでもない。


 まあ、自分でピントを合わせたり、現像に手間がかかったりするが、そこを頑張れば、この世界でもカメラを使うことは可能なのだ。


 それなのに、機械式カメラを持ち帰らず、カメラの仕組みが書かれた歴史本を持ち帰り、わざわざ自国で作らせた法力国家の王女殿下の無駄な情熱はどうかと思うが。


 しかし、カメラや写真の歴史に興味を持って調べたら分かることだと思うんだけどな。


 江戸末期の写真が電池を使っていないことなんて、日本の歴史にそこまで興味のないオレでも知っているような事実なのに。


「それに、折角、主人が心を込めて描いた絵だ。無駄にできるか?」

「できない」


 だけど、この国の王族に献上したくもない。


「だから、原画は千歳さまに送って、複製品をこの国に献上する」

「あ?」

「千歳さまも陛下も喜ばれることだろう」


 兄貴が薄く笑う。


 複製すれば、栞の気配は全くなくなる。

 それなら、絵から魔力を判別することはできないだろう。


 栞は絵を描く時に、身体強化を使っているっぽいからな。

 最近の栞は、明らかに絵を描く速度がおかしい。


「主人が描いた絵に、神力が籠っていても厄介だからな」

「……そうだな」


 栞は心を込めて歌うと神力が発生する。

 その効果が絵に出ないとも限らないのだ。


 いや、多分、籠っている。


 だから、オレたちが入れないよく分からん部屋に、栞の絵が勝手に複製されて収まっているのだ。

 神力を見抜くヤツがいるとも思えないが、いないとも言い切れない。


 特にこの国の城には王族が多いのだ。


 魔力は大したことがなくても、別の能力を持っている可能性だってある。


「しかし、仕事しながら、よくこれだけの雑談(情報)を引き出せるな」

「会話相手の手が止まっていた」

「いや、それは仕事じゃないだろう」


 恐らく、栞は手を動かし続けていただろう。

 あの主人は真面目だから。


 周囲に人がいても、完全に集中すると、雑談の「ざ」の字もない女だ。

 だが、周囲が雑談ばかりで手を止めていたらそちらに意識が引き摺られるかもしれない。


 それでも、これだけの絵や文章を纏められるようになったのは、少しずつ実務経験を積んでいるからだろう。


 このまま成長したら、兄貴はともかく、オレは抜かされるかもしれない。

 オレも負けずに頑張るしないのだ。


 セントポーリア国王陛下の直系である栞にはもう魔力だって負けているだろう。

 魔法力だってもう勝てるはずがない。


 魔法の種類だって、契約もしていない魔法を想像だけであっさりと使えるような女だ。

 そんな主人相手にオレが絶対負けない能力なんて、努力し続けて強化していく以外にないだろう?


 いや、あの主人が努力していないわけではないのだ。

 寧ろ、必要以上に努力している。


 だけど、無理させないようにオレたちが意図的に阻んでいる部分はあるのだ。


 放っておくと、どこまでも無理してしまう主人だから。


「しかし、本当に雑務なんだな」


 第五王子殿下と言えど、これはあんまりな仕事ではないだろうか?

 この世界ではなく、別世界の情報を纏めるなど、その世界にいる時にさせていたことだろう。


 こんな何年も経ってから纏めさせるなど、嫌がらせとしか思えない。

 しかも、兄貴が資料を持っていなければ、正確さに欠ける物だった可能性もあるのだ。


 栞は記憶だけでもある程度の絵を描くことができるが、当人の納得できない作品が仕上がったことだろう。


 彼女は何かを見て描く方が好きだから。


 だが、それは漫画を描く人間としては致命的だと認めている。

 栞が最初に描いた漫画は、人間界で実際にあったことだった。


「成人済みの王子だけでも5人もいるのだ。それぞれに振り分ける方も楽な仕事ではない」

「確かにな」


 それも実務経験も乏しいひよっこどもに仕事を振り分けなければならないのだ。


 セントポーリア国王陛下ならば自分でやった方が早いと言い切ってしまうかもしれない。

 いや、あの方の場合は、クソ王子がやる気を見せないという点もあるのだけど。


「つまり、この国の王族はそれだけやる気があるってことか?」

「いや、やる気があるのは第三王子殿下だけだ。他は似たり寄ったりだな」


 その時点で他者を蹴落とそうとする男しかやる気がないことが分かる。

 少し、調べただけでもいろいろ出てくる点が救われない。


 栞が巻き込まれなければ、既に手遅れか。

 あの男の婚約者候補となった以上、否が応でも巻き込まれる。


 事前にそれが分かっていれば対処のしようもあっただろうが、今更、遅すぎる。

 それに、事前に知ろうにも、この国に入らなければ、兄貴すら掴めなかったことだ。


 やはり、情報は現地まで足を運ばなければ知ることができないというのがよく分かる。


「第一王子殿下は、一応、この国を継ぐ予定の教育を受け始めている。第二王子殿下も受けているが、こちらの方は本人の意欲がないためか、芳しくはない。第三王子殿下は資質の問題で教育はされておらず、第四王子殿下は今、試されているところらしい」


 だからと言って、本来、極秘だと思われる情報を既に手にしているのはどういうことか?

 王族の教育状態なんて、そんなに簡単に分かるものか?


 そして、いつ調べた!?


「それで、第五王子殿下は?」


 オレたちにとってそこが大事だ。

 陣営、派閥などは気にしないが、巻き込まれる場所にいるならいろいろ考える必要が出てくる。


「第三王子殿下と同じだな。資質無し。試される気配もない」

「なかなか容赦ないな」


 王族は常に試されている。

 数が多ければ、当然ながら早く(ふるい)に掛けられるということだ。


「当然だ。何もしない王族にただ飯を食わせる余裕などない。新たな王が立てば、真っ先に市井に落とされるだろう」


 それまで贅沢を享受してきた王族にそれが耐えられるのか?


「第五王子殿下はもともとそのつもりで生きている。だが、第三王子殿下には無理だろうな」


 兄貴は溜息を吐きながら……。


「だからこそ気を付けろ。追い詰められたネズミは猫を噛もうとするものだ」


 そんな不吉な予言を口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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