運命の出会い
「第三王子殿下は聖騎士団の入団資格を得ることはできず、魔法騎士団に入ることも諦めました。しかし、そのままアリッサムに留まることになり、そこで、当人が言うには、運命の出会いが会ったと聞きました」
アーキスフィーロさまが語る第三王子殿下の話には所々、鋭い棘がある気がする。
なんとなく、小馬鹿にしているというか、蔑んでいるというか?
どうやら、相当、お嫌いらしい。
「運命の出会い……、ですか?」
なんだろう?
響きだけ聞けば、少女漫画ちっくだ。
「アリッサムの第二王女殿下に一目惚れしたそうです」
「…………はい?」
なんだろう?
今、脳が考えることを放棄した気がする。
いや、おかしくはない。
おかしくはないのだ。
アリッサムの第二王女殿下……、真央先輩は美人さんである。
誰に聞いてもそう答えるだろう。
だから、十分、可能性としてはあるのだ。
だが、雄也さん……っと、ルーフィスさんが散々な評価を口にし、アーキスフィーロさまがお嫌いな相手が、真央先輩に一目惚れ……というのが、どこか繋がらなくて困る。
でも、第三王子殿下はヴィバルダスさまと仲良しだと聞いた。
そして、そのヴィバルダスさまは、初対面のわたしに向かって、「側妻になれ」と言っちゃうような人だ。
……似た者主従なのかもしれない。
『ボクはその魔法国家アリッサムという国を良く知らないので聞いちゃいますけど、アリッサムの第二王女殿下は当時おいくつだったのですか?』
セヴェロさんがそう言った時だった。
ぬ?
微かな違和感。
それは発言したセヴェロさんではなく、別の方向からの気配。
なんだろう?
今のは何?
わたしの感覚は……、何に反応した?
「アリッサムの第二王女殿下は、俺……、いや、私の一学年上なので、当時は6、7歳だろうな」
アーキスフィーロさまは少し考えてそう答えた。
真央先輩は早生まれである。
だから、6歳だろう。
いずれにしても、小学一年生だ。
まあ、第三王子殿下が10歳……、小学四年生か五年生ぐらいだから、そこまでおかしくはないが、その年齢で「運命の出会い」とか言ってしまう辺り、ちょっとばかり夢見がちな印象は拭えない。
「第三王子殿下の話では、健気で慎み深く、気丈に振る舞う姿に見惚れたと聞いております」
誰のこと?
あれ?
「あ、アリッサムの第二王女殿下とは、あの中学校で生徒会書記を務めた方ですよね?」
思わず、そう口にしていた。
「元生徒会長の方が妹だったと聞いているので……、多分……」
そして、アーキスフィーロさまもちょっと自信がないらしい。
「あの真央先輩が……、健気、気丈はともかく……、慎み深い……?」
わたしが知っている元生徒会書記の先輩は、慎重ではあるが、世間一般の「慎み深い」という意味の「控えめ」、「遠慮がち」という印象は全くない。
寧ろ、言いたい放題……、いや、堂々と主張をする人だ。
それは、中学時代からそうだった。
大体、遠慮がちな人が生徒会書記なんて大役、かなり難しいと思う。
まず、遠慮がちなお嬢さんが、周囲から立候補を押し付けられたとしても、あの中学の生徒会は、会長、副会長、書記、会計、の役職が4種類で、副会長のみ二人だけど、それ以外は一人ずつ……、つまり、五人しか選ばれないのだ。
そして、選ぶのは全校生徒の投票によるものである。
しかも、持っているのは一人一票。
自薦他薦でクラスから男女一人ずつ選出され、7クラスあった先輩たちの時代は14人の中からという、落選率の方が高い選挙戦だった。
偏見かもしれないけれど、慎み深い女子生徒が選ばれ、役職に就く可能性はかなり低いだろう。
「幼い人間が幼い人間を見初めた時の印象ですから……」
アーキスフィーロさまも言葉を探しながらそう言った。
「黙っていればなんとか……? いや、あの先輩が黙っている姿が想像できない」
ああ、無言で笑みを深めながら、重圧を掛ける印象はあるか。
だが、慎み深いお姫さまはそんなことしないと思う。
「と、とにかく、我が国の第三王子殿下は、アリッサムの第二王女殿下に一目惚れをしたことは確かです」
う~ん。
ローダンセの王族なら……、アリッサムの王族……とは無理か。
水尾先輩……、第三王女なら少しぐらい可能性はあったかもしれない。
第三王子殿下の性格が、事前にルーフィスさんが言っていた通りならば、第三王女本人は全力で拒否しそうだけど、これが政略、国の繋がりと言われたら、水尾先輩は不満を言いつつも承知はしていただろう。
だが、真央先輩はアリッサムの第二王女だった。
アリッサムの第二王女は、嫡子である第一王女の保険である。
だから、国外には出せないし、第一王女殿下が王位を継ぎ、次世代を産むまでは、国内でも婚姻できないと聞いている。
魔法国家であるアリッサムは年の差婚も珍しくないし、次から次に国外から聖騎士団、魔法騎士団を目指す者が現れるため、相手に事欠かないからこそできる話だろう。
アリッサムが消失したから、カルセオラリアに保護され、第一王子と婚約することになったが、アレはかなり異例だったのだ。
つまり、この国の第三王子殿下がアリッサムに行った時には万に一つの可能性すらなかった。
でも、小学生の一目惚れだからな~。
そこまで深く考えていないだろう。
「でも、第三王子殿下がアリッサムの聖騎士団や魔法騎士団で活躍しなくて良かったと思います」
いろいろ言いたいことはあるものの、これだけは言っても良いかもしれない。
「それは何故ですか?」
「アリッサムの聖騎士団も魔法騎士団も、全て消えてしまいましたから」
正しくは、一部の人間たちは生きている。
シルヴァーレン大陸で生活していたり、今もアリッサムの第一王女殿下を守り続けている人たちだっているのだ。
だが、その大半は行方知れずである。
どこかの国が捕らえて酷いことをしているかもしれないけれど、そんな目に遭うぐらいなら、才能がなく、夢を諦めたとしても、自国に戻る方が良いだろう。
「ああ、第三王子殿下がもっと魔力を持っていれば、その可能性もあったのですね」
アーキスフィーロさまもそれに気付いたらしい。
「いっそ、そうなっていれば……」
さらに続けられた言葉には、確実に怒り……、いや、恨みが込められていた。
同時に体内魔気が激しく変化していく。
どうやら、根が深いのかもしれない。
マリアンヌさまも気を付けろと言っていたから、第三王子殿下はかなり素行がよろしくない可能性が高い。
しかも、魔力が弱く、夢を諦めることになった。
そうなると、魔力が強すぎて困るほどのアーキスフィーロさまを、一方的に敵視しているという理由が見えてくる。
嫉妬……、つまり、妬み、嫉みから来る感情だ。
だけど、ルーフィスさんからの事前情報では、第三王子殿下がアーキスフィーロさまを敵視しているという話だったが、この様子だと、アーキスフィーロさまの方も、相応の感情をお持ちのようである。
まあ、自分を敵視するような相手に対して、許し、受け入れ、共に手を取り合って未来を見るなんてことは、余程、頭がおめでたくない限りは無理だろう。
苛められすぎて、アーキスフィーロさまも敵意を持ったと考える方が自然だ。
苛めっ子は、苛めたことを忘れるらしいけど、苛められた相手は生涯忘れないとも聞くしね。
『まあ、無能で無意味に偉そうなあの第三王子殿下を憎む気持ちはよく分かりますが、ここは、王城内ですよ。発言にはお気を付けください、アーキスフィーロ様』
セヴェロさんに窘められて、アーキスフィーロ様は先ほどまで不安定だった体内魔気を落ち着かせていく。
しかし、やはりセヴェロさんは口が悪い。
発言に気を付ける必要があるのは主人だけではない気がする。
明らかにセヴェロさんの方が王族に対して良くない台詞であった。
まあ、ここが盗聴、覗き見の心配がないためだろうけど。
そして、さり気なく、アーキスフィーロさまが第三王子殿下のことを嫌っているどころか憎んでいるとまで教えてくれている。
わざわざそれを口にしたのは、そこに何らかの意図があるのだろうとは感じるけれど、無視しよう。
必要なことなら、有能な護衛……、違った専属侍女が、ちゃんと拾い集めてくれるから。
気付かなかったこと。
気付けなかったこと。
それに気付いてくれるのが、わたしの専属侍女たちである。
そう思うだけで、口が弧を描く。
頬が緩む。
幼馴染で、護衛で、専属侍女にもなれる有能な兄弟たちは本当にわたしの自慢だね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




