それぞれの理由
「他の王子殿下たちや第一王女殿下はどの国に滞在されたのですか?」
描き上げた絵を、先に纏めておいた文章の束の一番上に乗せて、セヴェロさんに手渡しながら、アーキスフィーロさまに聞いてみた。
第二王子殿下は王命で、第五王子殿下と第二王女殿下は多分、自分の意思で人間界に向かったらしい。
その際、大規模に町の一部を作り替えていた、とも。
しかも、その周辺の水道水には、それらを疑問に思わせないように、記憶を混濁させるような成分が入っていたとも聞いている。
それらは他国滞在期に入ったこの国の王族たちが全て人間界に向かったためだと思っていたが、違ったらしい。
話を聞いた限り、第二王子殿下のためだけに作り替えたのだ。
第五王子殿下や第二王女殿下が人間界に行ったのは、そのもっと後だった。
その間の子である第三、第四王子殿下や第一王女殿下は人間界に行っていなかったことからも、それはよく分かる。
「第一王子殿下は国王陛下の最初の男児であるため、どこにも行っておりません」
王位継承権第一位の立場にある王族は、どの国でも、他国へ長期滞在はできない。
第一王子殿下が10歳の時点で、王位継承権第一位だと見なしていたということだろう。
「第三王子殿下は、魔法国家アリッサムに行ったと聞いております」
「え?」
アリッサムに?
何故?
「私は知らなかったのですが、第三王子殿下は魔力に自信があり、自分ならば聖騎士団の隊長に取り立てられるだろうと常々言っておられたようです」
「聖騎士団の隊長に?」
「はい」
アリッサムの聖騎士団の基準は魔力と法力があることだと聞いている。
そして、法力の基準は、下神官以上。
見習神官や準神官程度では駄目なのだ。
そして、そのためには法力国家ストレリチアまで一定期間、行く必要がある。
だから、魔力だけですぐに上に上がれる魔法騎士団よりも、平均年齢が高かったらしい。
そして、法力は生まれつきの才である。
聖騎士団への入団テスト前に、法力の有無を確認するらしいので、法力が全くない人たちは、まずそこで落とされるそうだ。
厄介なのは、そこで分かるのは法力の有無であって、法力の強さではない点である。
つまり、見習神官程度の法力しか持っていなくても、事前審査は通ることになるのだ。
そこから、魔力の強さや、魔法力の多さ、そして、その時点での魔法契約の数などの確認を経て、ようやく、入団テストを受けられるようになるらしい。
そして、入団テスト後に、法力国家ストレリチアまで派遣されて、更なる法力を磨くそうだ。
「その結果はどうなったのでしょうか?」
聖騎士団の隊長にも魔法騎士団の隊長にもなれなかったから、今、この国にいるのだと思う。
もし、いなければ、アリッサムの消失に巻き込まれていた可能性もあるのだから、ある意味、第三王子殿下は運が良いのだろう。
「法力の才能がなく、事前審査で落とされたようです」
おおう。
法力の才がなかったことに気付かなかったのだろうか?
普通は、気付かないか。
わたしだって神力を持っているらしいけど、自分ではよく分からない。
魔力と違って法力や神力は普通の人の眼には映りにくいのだ。
「そうなると、今度は魔法騎士団の入団テストにチャレンジされたのでしょうか?」
法力の才がないと分かれば、大半はそちらに流れるらしい。
そこで才能を開花する方もいるが、それはそれで悪くない未来なのだろう。
「いいえ。第三王子殿下はそこで現実を知ったと聞いております」
「現実……、ですか?」
「はい」
なんだろう?
この時点で嫌な予感しかしない。
希望に満ち溢れた10歳の王子さまが知る現実……。
そんなの、夢が破れるとしか思えなかった。
「この国でも強い方だと思っていた自身の魔力は、魔法国家に行けば、鼻で笑われる程度のものでしかなかった……、と」
あれ?
アーキスフィーロさまの言い方にちょっと棘がある?
いや、先ほどからなんとなく違和感はあった。
でも、さっきの言葉は分かりやすく、第三王子殿下を蔑んでいた気がする。
再会して間もない頃、父親や兄のことをわたしに教えてくれた時も似たような言葉、似たような表情をしていた。
つまり、第三王子殿下のことはお嫌いなのかもしれない。
そういえば、第三王子殿下については、ルーフィスさんの評価も散々だったことを思い出す。
「聖騎士団の入団前の事前審査は集団で行われたそうです。法力を確認する時も、入団希望者は一度に行われたと聞きました」
まあ、視るだけだからね。
一目で十分なんだと思う。
体内魔気の確認と同じだ。
視える人が視れば、分かる人には分かってしまう。
「その時に、周囲にいた人間たちの体内魔気に圧倒されたようです。ただ立っているだけ、魔法を使っているわけでもない一般人たちが、自分よりもずっと強い気配を持っていた……、と」
魔法国家は魔力に自信がある人間たちが集まる国だった。
この国の第三王子殿下以外にも同じ思いをした人は少なくないだろう。
自分こそは……、と大志を抱き、そして、その思いが井の中の蛙であったことを知るのだ。
「それで、第三王子殿下は国に戻られたのですか?」
「いいえ。そのままアリッサムで過ごされたようです」
あれ?
意外……。
高い鼻を圧し折られて、失意のまま、国に戻ったかと思ったのに……。
「他国滞在期は、一度、決めた以上、撤回はできません。相手の国にも事前に通達が行き、準備をされます」
考えてみれば、他国からの王族を長期滞在させるのだ。
かなりの準備がいるだろう。
基本的に便宜を図ることはなくても、相手は王族なのだから、最低限の生活保障をするはずだ。
万が一のことがあれば、当人の自業自得なことでも、国際問題に発展しかねない。
「当然ながら、人間界はそれができません。そのために、その場所だけ特別区を作ったようなものだと説明されました」
それはそれでどうなのか?
自分で生活していることに……なりはするのか。
事前の準備という点では同じだし、何より、他国どころか、全く違う世界で最低限の魔法のみで生活すると言う事実が変わるわけではないのだ。
でも、王族がいない期間はどうなるのだろう?
管理とかそういった話は……。
そんな考えても仕方のないことを考えてしまう。
「今は、人間界にこの国の第三王女殿下が行っております」
不意に、横からそんな声がした。
「次は、来年他国滞在期に入る第六王子殿下が。そして、その次は現在5歳の第七王子殿下と続くことになるでしょう」
あれ?
ちょっと待って?
それって……。
「あの地に滞在する王族がいる限り、ローダンセが管理する正当な理由ができるということですね」
わたしが結論を出すよりも先に、ルーフィスさんはそう言い切った。
「アーキスフィーロさま。それは、事実ですか?」
尋ねる声が震えてしまう。
アーキスフィーロさまは少し迷った後……。
「国王陛下のお考えなど、我々には分かりかねます」
そんなことを口にする。
「ただ、バイゼルカ=ザイム=ローダンセ王女殿下が滞在場所として選んだ国が人間界であることを知った今。ルーフィス嬢が口にした可能性もあることに、自分も気付きました」
そんなことが、許されて良いのだろうか?
これって、一種の侵略行為なのではないの?
誰も気付いていないだけで、わたしが住んでいた場所が……。
「栞様。根拠のない私の言葉で惑わせて申し訳ございません」
ルーフィスさんがそう言って頭を下げる。
いや、この人が口に出した時点で、何らかの根拠がある。
推測、思い込み段階で口にしたくない人だから。
だけど、この場であえて、それを匂わせたのは、もしかしなくても、この国の国民であるアーキスフィーロさまに気付かせるため、だったのかもしれない。
「頭を上げてください、ルーフィス。あなたの考えを、わたしに教えてくれてありがとう。心より感謝します」
それならば、わたしにできることは、感謝を伝えることだ。
あのタヌキ陛下が何を企んでいるのか分からない。
でも、あの地を侵略、あの世界を支配しようとする行為なら、多分、情報国家の国王陛下が黙っていないはずだ。
あの地が安全であることを伝えたのは、多分、母とわたしをセントポーリア国王陛下よりも先に探し出すために、周囲の目を晦ませるためだったと思っている。
ただ、わたしが記憶はともかく、目印となるはずの体内魔気まで封印してしまったのは誤算だったことだろう。
それによって、捜すことが不可能も同然となったのだから。
しかも、セントポーリア国王陛下が遣わした使者たちは、情報国家の国王陛下が行動を起こすよりもずっと早く、わたしたちを見つけ出していた。
いろいろな偶然が重なり合った結果だと思うけれど、それでも、わたしが九十九と乳兄妹だったことは、かなり大きな影響があったのだなと思うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




