感応性の働き
「……ここまで重症化してるのは珍しい。体内魔気のバランスがそれだけ乱れてるってことだろうな。表面上は全く変化が分からんけど」
水尾先輩がわたしの様子を見ながら、そんなことを言った。
「水尾さんは深層魔気の変化ってのは分からないんですか?」
「普通なら少しぐらいは感じ取れそうなもんだが……。表層魔気が完全に隠されている以上、分からないみたいだ」
水尾先輩はそう言いながら、肩を竦めた。
「体内魔気の調整って、治癒みたいに外からはできないんですか?」
「魔気には相性もあるからなあ……。それに高田自身が魔気の流れを感じられない以上、難しいとは思う。魔気の同調とかできないだろ?」
「できませんね……」
具体的な方法はよく分からないけれど、感覚的には見えないオーラを感じ取れ! ってことだろう。
無理だね!
「相性……か。それは感応性が仕事しているのなら、悪くはないってことか?」
雄也先輩がふと尋ねる。
「相性が悪ければそもそも感応性が働かねえよ」
「え? 感応性が働かないこともあるんですか?」
水尾先輩の言葉に九十九が疑問を口にする。
わたしはそれ以前に感応性って言うのが何のことか分からない。
なんか前に聞いた気がするんだけど、身体の状態のせいか、よく思い出せなかった。
「魔気ってのは、大気や体内に関係なく、お互いに干渉しあっている。そこは理解できているか?」
雄也先輩が何かを言う前に、水尾先輩が丁寧に説明を始める。
「それぐらいは……。その干渉を利用しているのが魔法……ですよね?」
「厳密に言うとそれだけじゃないが、そこは重要じゃないので置いておく。で、それは他者との魔気との間でも発生する現象でもある。そこは理解できるか?」
「はい。人との接触が互いの魔気に影響があることぐらいは分かります」
「その現象……、身近な人間の魔気が互いに干渉しあって相乗効果が上がることを魔気感応性と言うのは知ってるな?近くにいることで無意識にお互いの魔気が刺激されるんだ。効果は一時的なものが多いが、稀に永続的に近いほど長かったこともあるらしい」
なんか……人格形成みたいな話だなあ……。
環境や人間関係で性格が作られる……って感じ?
「でも、そこには魔力の相性があって絶対、効果が得られるとは限らない。過去には魔気が似ている親や兄弟でも、感応性が働いていない例も確認されている」
「オレ……、感応性は必ず働くものだと思っていました」
「自分にあわないものは大半、身体が拒否して撥ね付けるもんだからな。でも、私と少年の場合、近くにいることで少年の魔気にも多少の影響が出てるっぽいから、相性としては悪くはないんだと思う」
「え? そうなんですか!?」
水尾先輩の言葉に、九十九は驚きの声を上げる。
「自分のことも分からんのか……。お前の火属性の魔法にも影響が出ていると思うぞ」
「魔界人が生まれた場所から離れようとしなかったり、旅をしない傾向にあるのもこれが原因だと言われている。生まれた大陸から移動すると、自分の属性魔気以外の大気魔気が入り込むってことだからな」
「……こんな短期間ですぐに結果が出るものですか?」
「その辺りは単純に魔気の出力と受け入れの関係かな。魔気を抑えていても一応、私は王族なんで一般人とは純度と濃度が違う。まあ、短期だから微々たるものだし、意識的に干渉しているわけじゃないから、少年がすぐに気付かないのは仕方がないと思うけどな」
自分の魔気ってよほど意識していないと気付けないもんだからね、と水尾先輩は雄也先輩に向かって肩を竦めた。
「それならば、意識的に彼女の体内魔気に干渉する方法もあるということかい?」
「おぅ?」
雄也先輩の台詞に、水尾先輩より先に九十九が変な声を出した。
「……今回の問題は、深層魔気の乱れにある。で、感応性は恐らく表層魔気にしか働いてねえ。そんな状態で体内魔気の調整は相性が抜群でも、かなり難しいと思う」
「何も調整するわけではない。意識的に干渉することで、本来の彼女の性質が自分で元に戻ろうとするのではないか……と考えただけだ」
「……通常なら無理やり異物を混入させれば、その排除のために自己防衛が働く。だが、今回の場合は難しいだろうな。高田が自分で魔気を操れない以上、単純に暴走する可能性が高い。だから、おすすめはしねえ」
よ、よく分からないけれど、物騒な話になったのは分かった。
何だろう、その薬物混入みたいな話は。
「放置すれば解決するような問題に、そこまでの危険を冒す必要があるか? 仮にも王族の血が流れている高田が魔力を暴走させたら、私でも苦戦はするだろうし、何より目立つぞ」
「……リスクは冒せない。だが、今回限りの話でもないのだ。ジギタリスで終わりというわけではないのだからな。法力国家ストレリチアに向かうまでにも同じようなことが起こり得る可能性もある」
「……可能性じゃなく、起こるだろうな。確かになんか対策を考えておかなきゃなんねえのは分かった」
「こ、これで終わりじゃないのか」
思わず漏れ出る本音。
この脱力人力車状態はいろんな意味で辛い。
思ったより揺れないけど、見た目とかいろいろ辛い!
そして、信じられますか?
ここまでの会話を全部、移動しながらやってるんですよ? この人たち!
絶対、おかしい!!
「ジギタリスに高神官が出張していない限り、そうなるしかないだろうな」
九十九はクッションの位置を調整しながら言う。
「……やってみるか?」
「は?」
九十九の問いかけの意味が分からず、聞き返す。
「物は試しって言うだろ。危険がありそうなら止めるってことで一丁、挑戦してみねぇか?」
「……その魔気の調整という名の異物混入を?」
「そう。水尾さん。オレ、他人への魔気の干渉を意識的にやったことはないんで、やり方教えてください」
「……少年。先ほどまでの話を聞いた上で?」
「やってみなければ分からないままなんで。途中で引き返す余地ぐらいはあるかなと」
そんな九十九の軽い言葉に水尾先輩は露骨に嫌そ~な顔をして、雄也先輩はなんとも言えない顔をしていた。
「高田の魔力が暴走したらどうする?」
「水尾さんが止めれるなら問題ないかと。苦戦するけど負けるとも思ってないのでしょう? 周りに対するのは兄貴がいれば誤魔化しようもあるでしょうし」
「他人任せか」
「適材適所ってやつですよ」
そう言って水尾先輩に向かって九十九が笑った気がする。
彼のことだ。
まるで失敗するとは思っていない顔をしていると思う。
「危険だと思ったら止めるぞ」
「はい!」
九十九が良い返事をする。
なんか……、小学生の児童と先生って感じ。
「……ってなわけで、先輩。少年にさせてみても良いか?」
「当事者である彼女の承諾を得られれば構わないんじゃないかな」
つまり、わたしの許可があれば、雄也先輩は反対しないようだ。
「……少年もだけど、先輩も失敗するとは思ってないような答えだな」
「心強い魔法の専門家がいるなら俺より信頼できるからね」
「魔法については学んだが、私は別に魔気の流れとかに詳しいわけじゃねえよ」
「でも、オレたちよりは専門的にやってると思いますよ」
「で、高田はどう思う? 私は正直、今よりも状態が悪くなる可能性がある以上、おすすめはしたくない」
水尾先輩の声が聞こえる。
なかなか難しい話だ。
この状態は嫌だけど、これより状況が悪化するかもしれない。
しかし、上手くいけば、今後はこれに悩まされなくなるということでもある。
ぐっと手に意識を集中する……が、やはり無反応だ。
身体も起こせず、三人の顔を見ることもできない。
「試しに、少しだけ」
「……馬鹿ばっかりだな」
わたしの言葉に水尾先輩は呆れたように言った。
でも、そこには悪い感情は込められてなかった気がする。
そうして、人力車は街道から大きく外れた場所で止められ、わたしは三人に囲まれた。
はてさて、一体、どうなることやら。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




