学びの場
「しかし、何故、ウサギなのでしょう?」
セヴェロさんのリクエストにより、各種ウサギ……、ネザーランドドワーフ、ホーランド・ロップ、ライオンラビット、ミニレッキス、アンゴラウサギの絵を描いたところで、そんな疑問を口にした。
ネザーランドドワーフは、有名な絵本のウサギに似ているのは気のせいか?
わたしの描き方が悪いのかな?
ホーランド・ロップは垂れ耳なウサギだ。
意外とバランスが難しい。
ライオンラビットはその名のとおり雄ライオンみたいな鬣がある。
毛の手入れが大変そうだ。
ミニレッキスは、その逆で毛が短いんだけど、なんか、艶がある感じ。
そして、アンゴラウサギはライオンラビット以上に毛だ。
毛でしかない。
もさもさしている毛だ。
写真を見ながら、こんなウサギがいるのかとビックリした。
言われなければウサギとは思わない。
毛玉だ。
耳や鼻はなんとか分かるけど、目はどこ?
図鑑の写真で首を捻り、さらにそれを見ながら描いた自分の絵でも再度、首を傾げることになった。
それを見たセヴェロさんが「毛むくじゃらの魔獣みたいですね」と言っていたので、こんな魔獣がいるのかもしれない。
因みに、ちょっとした刃物なら防いでしまうほどの剛毛だと言っていたので、もふもふではないのだろう。
「第二王女殿下が人間界に行った時、いたく気に入ったと伺っております」
ルーフィスさんが満足そうにわたしの絵を見ながらそう言った。
第二王女殿下はウサギというより、可愛い生き物が好きだと聞いている。
しかし、それとこのお仕事は何の関係があるの?
「あまりにも熱を込めて語られたので、それに国王陛下が興味を示したそうです」
ああ、なるほど。
「それならば、第五王子殿下のお仕事ではなく、第二王女殿下のお仕事にするべきではないでしょうか?」
その方がもっと熱のある情報が……。
「王女殿下たちにこういった仕事は任されません」
「え?」
だが、ルーフィスさんの言葉でそれが難しいことを知る。
「王女殿下たちに課せられているのは、社交が主です。それ以外では、教養を身に着けることでしょうか。国の政務に関わることがないため、社交以外の仕事を任されることなく、臣下へ嫁ぐ準備を進めていくと聞いております」
そうか。
この国は女性が上に立つことはない。
貴族の女性も教養を深めることはあっても、政に参加することはほとんどないらしい。
あれ?
そう考えると、わたしはかなり異質?
『あの第二王女に教養が身に着いているとは思えないんですけどね~。せめて、社交の第一歩である手紙の文章ぐらいまともに書いて欲しいものです』
セヴェロさんがそう言って、肩を竦める。
どうやら、第二王女殿下はお手紙が苦手な方らしい。
そういった方向の教育をされていなければそれは仕方がないと思う。
でも、確かに政務には関わらなくても、セヴェロさんが言ったように、お手紙は社交の第一歩である。
相手との交流を深めたり、相手の事情や都合を尋ねたり、御礼や謝罪するにもお手紙って結構、大事なことだと思う。
でも、国王陛下がそういったことに疎くて、教育が必要ないと判断したら、その子供たちは学ぶこともできないのだ。
「栞様。第二王女殿下は、人間界で5年間、お過ごしになられています」
「そうでした!!」
ルーフィスさんの言葉で思い出す。
少なくとも小学校高学年、中学校の教育は受けているはずだ。
いやいや、ウォルダンテ大陸言語と日本語の違いと思っている可能性も……。
「私と同じで、人間界で学んだことを活かしきれていないのでしょう。知識と経験が繋がらないのだと思います」
アーキスフィーロさまが沈痛な面持ちでそう言ったが……。
『いや、単にあれは勉強嫌いなのでしょう。ニンゲンカイという世界の教育、教養、文化は、この世界の人間たちが考えている以上のもののようです。あれだけ丁寧に教えてくれる学びの場がありながら、何も活かせないというのはそういうことです』
セヴェロさんはあっさりぶった切る。
「セヴェロ……」
『ニンゲンカイでも、知識欲が旺盛な人間とそうでない人間では身に着けたものが違うのでしょう? 別世界の人間たちが、たった5年の付け焼き刃にも近い知識にも関わらず、学業で上位となるのはそういう話ではありませんか?』
さらに続く言葉に、頷きたくなった。
あの世界に行った魔界人たちは遊びに行ったわけではないのだ。
他国へ行って、異文化交流、新たな学びの場を与えられているのだと思っている。
水尾先輩や真央先輩は成績もトップクラスだった。
だからこそ、生徒会役員候補として押し上げられたのだ。
わたしの友人であるワカも、アーキスフィーロさまもマリアンヌさまも、一学年200人を超える中で、常に50番以内だったはずだ。
ここで涼しい顔しているエメラルドグリーンの髪色をした方も、小学校、中学、高校も成績は上位だったと聞いているし、九十九だって一学年150人の学校で、50位前後にはいたらしい。
わたし?
水尾先輩という先輩がいて、ワカという友人もいるのに、無様な成績でいられるはずがないですよね?
『結局のところ、学びの場を与えたところで、やるかやらないかです。押し付けられた場で嫌々やっても、成果など出ませんよ』
それは、例の「学舎」の話に繋がるのだろうか?
確かに気が乗らない時に勉強なんてする気にはなれない。
「でも、やりたいのにできない人もいるとは思います」
もっと勉強したいのに、できない人だっている。
誰もが学ぶために十分な環境にあるわけではないのだ。
『それも、否定はしませんよ。実際、アーキスフィーロ様の幼少期……、第五王子殿下に気に入られる前の教育など、本当に酷い環境だったようですからね』
あれだけいろいろ聞いたというのに、まだアーキスフィーロさまの不幸な話は、追加されるらしい。
せめてもの救いは、それが全て「過去」であることだ。
ここから先の「未来」は、この方にとって、幸多からんことを祈りたい。
『そして、王女殿下に限らず、貴族女性に勉学の場は確かに与えられていないのも事実です。女性が賢くなると、男性が威張れなくなりますからね』
そこで自分も負けないように頑張ろうと思わないから、威張ることしかできなくなるんじゃないだろうか?
この国の問題点の多くは学びの場よりも、男性の考え方にある気がする。
『ですから、栞様やルーフィス嬢、ヴァルナ嬢のような女性は、この国ではかなり珍しいです』
そうなると、かなり目立ってしまう可能性もあるのか。
目立たぬように……、もう遅いか。
それに周囲を気にして動けなくなるのも嫌だし、ルーフィスさんとヴァルナさんの行動を制限したくもない。
まあ、制限するように申し付けたとしても、専属侍女二人は、わたしに隠れて行動するだけだとも思うけど。
「人間界に行った王族は、第五王子殿下と第二王女殿下だけなのですか?」
「いえ、第二王子殿下が先に人間界には行かれました」
わたしの問いかけにアーキスフィーロさまが答えてくれる。
第二王子殿下……、あの身体の大きな人か。
「情報国家より新たな世界の発見の報が齎された時、まず、国王陛下が行こうとされました」
「何故?」
国王陛下ってそんなに簡単に国から離れてはいけない存在だよね?
外交とかなら許されるかもしれないが、新たな世界だ。
新世界だ。
コロンブスの新大陸発見みたいなものだ。
情報国家が安全だと宣言していたとしても、人間界……、地球にも危険な場所はたくさんある。
たまたまわたしが育った場所は平和な国、争いのない場所だったけれど、歴史的に見れば、争いのない期間の方が短いし、世界的に見れば、安全な場所の方が少ない。
「当然、それは周囲により反対され、他国滞在期に入るところだった第二王子殿下が行くことになりました。尤も、第二王子殿下はセントポーリアに行きたかったようですが」
「セントポーリアですか?」
はて?
トルクスタン王子もセントポーリアを選んだけど、この国の第二王子殿下も?
「剣術国家と名高いことが理由でした」
理由としては分かりやすいが、あの国は剣術国家というほど剣を使っていない気がする。
この国が弓術国家と名前がつく割に、弓を使う場面がほとんどないように、平和な時代に武器など必要ないということだろう。
「それ以外の理由として、セントポーリア国王陛下が持っているとされる『ドラオウス』という名の剣を見たかったそうです」
……よりにもよって、その名前が出るとか。
まあ、有名ですものね。
神獣すらも切り裂くという神から与えられた剣。
あれって、セントポーリア国王陛下が退位したらどうなるのだろう?
直系でなければ抜くことができないと言う不思議な剣。
聞いたところによると、譲位しても、あの剣が引き継がれるとは限ら……、あれ?
ダルエスラーム王子殿下も抜ける……よね?
国王陛下の直系ならば抜けるはずなのだから。
どうして、わたしはダルエスラーム王子殿下が、あの剣を抜くことができない気がしているのだろう?
「しかし、第二王子殿下も王命には逆らえません。ただ、そのために側近候補たちも共に向かうこととなり、我が子たちの苦労が少なくなるよう、あの町の一部が、この城下の一部と同じように作り替えられたと聞いております」
さらりと言われたけど、割ととんでもない話である。
この国に来た直後、雄也さんからその話を聞いていなければ、絶対にアホ面を曝け出していたことだろう。
アーキスフィーロさまもその部分に関しては疑問を持たなかったようだし、やはり、この世界の人たちは、発想がおかしいと思わざるを得ないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




