王女殿下たちの関心
「主人との対話によって、マリアンヌ嬢の能力の一部を知ることができたのはかなり大きいな。まさか、魔眼持ちだとは思っていなかった」
目の前の女にしか見えない兄貴は、オレからの報告書に目を通しながら楽しそうに薄く笑みを零す。
その見た目でいつもの口調はどうしても違和感を覚えるのだが、当人は気にしていないらしい。
尤も、それはオレも同様なのだが。
「ただ、その対価として、栞の方からどれだけ情報を渡してしまったのかは分からん」
主人である栞は、人間界の級友である女と一対一で会話した。
遮音結界を張られたために、オレはその会話を聞くことはできなかったが、相手の女の方が何を言ったのか、唇の動きで、なんとなくは理解した。
だが、栞の方はずっと背を向けていたのだ。
唇の動きなど読めないため、体内魔気の変化で察するぐらいしかできなかった。
「構わん。今の主人は。それなりに警戒している状態だ。簡単には情報を渡さないだろうし、言質も与えないだろう」
それは同感だ。
栞は、隙が大きいように見えて、意外と隙がない。
心を許した友人相手には多少、脇が甘くなる点はあるが、あの女に対してはそんな印象もなかった。
そして、見た時に思い出した。
オレは、あの女に会ったことがあり、少ないながらも言葉を交わしたこともある……、と。
その時に魔眼には気付かなかった。
栞の婚約者候補の男と同じように、人間界ではその能力がやや弱まるのかもしれない。
だが、オレの夢の中で淫魔族に会った時は、魅了の魔眼がメチャクチャしっかり効いた覚えがある。
あれはかなり悔しかった。
今なら、少しはマシだろうか?
「そう言えば、また第一王女の遣いが来やがったぞ」
ここ数日、城下で水尾さんといる時、結構な確率で接触しようとするようになった。
尤も、水尾さん自身は、害がなければ放っておくというスタンスのようだ。
要は、魔獣退治の邪魔にならなければ良いらしい。
「余程、気に入られたようだな」
「水……、ルカさんが、魔獣退治中の第一王女を助けたからな」
あれは、結構なピンチだったと思う。
周囲の護衛たちは既に薙ぎ倒され、第一王女も身体のあちこちに傷を負っていた。
オレより、探知能力に優れている水尾さんが気付かなければ、発見できなかっただろう。
普通、9キロ先にいる魔獣たちや、既に意識を失い、倒れている弱った人間たちの気配など気付かない。
魔獣退治をしている最中に、そんな広範囲の探知魔法まで使って、周囲の状況を確認している余裕がある人間の方が稀だろう。
しかも、魔獣退治する前の、捜索段階ではなかったのに。
そんな状況なら、オレも探知魔法、探索魔法、感知魔法などによって気付くことができたが、そうではなかった。
水尾さん自身も魔獣と対峙しており、トドメを刺そうというような状況だったにも関わらず、それらの気配に気付いたのだ
そのため、その場を後方にいたオレに任せて、水尾さんは第一王女たちの元へ向かったのである。
それは無駄がなく、咄嗟の状況の指示に慣れ、救出にも慣れた人間の姿だった。
水尾さんはそんな事態に慣れているのだということだろう。
王族として、魔獣を退治しながらも、周囲の状況を常に気にしていたということらしい。
同じ中心国の王族なのに、第一王女はあの程度の魔獣に苦戦していたのは不思議だが、誰でも水尾さんのように、魔獣相手の立ち回りに慣れているわけではないということだ。
魔獣にトドメを刺し、その後始末を終えてから、オレも水尾さんを追いかけて合流した。
水尾さんは、治癒魔法が使えないため、当然ながら、そちらの対処はオレとなる。
その時点で倒れていた人間たちは誰一人として意識がなかった。
だから、水尾さんが治癒魔法を使ったと誤認された可能性はある。
勿論、処置を終え、安全な場所へ運んだ後、そいつらが意識を取り戻す前に、その場から去ったのだが、オレたちがこの近隣で魔獣退治している話はある程度、広まっているはずだ。
そのため、あの場で助けたのは、オレたちだとアタリを付けたのだろう。
そのことは良い。
だが、それ以降、妙に接触しようとするようになった。
その理由がまだ断定できない。
魔獣退治の同伴者として求められているのか?
それとも、治癒魔法の使い手として探されているのか?
それ以外の理由があるのか?
いずれにしても、第一王女殿下の遣いっぽいヤツらが、水尾さんとオレに声を掛けてくるのは間違いないのだけど。
「ルカさんは、女性が憧れるタイプの人間だ。そう言った方向性の心配もしておけ」
「分かっている」
堂々としていて、自分に自信があり、周囲の男どもを圧倒するほどの実力を有している。
傍からは、とても強い女性に見えるだろう。
だけど、オレはあの人の弱さも知っている。
そして、意外に可愛いことも。
「主人の方には、デビュタントボール以降、第二王女殿下から毎日のように手紙が届いている」
「あ?」
「どうやら、かなりお気に召されたようだ。まあ、主人の目に触れさせるほどの文章はまだお書きになれないようなので、セヴェロ殿と申し合わせて処理しているけどな」
要は、栞に見せられない内容だと言うことか。
兄貴個人の判断ではないから問題はないだろう。
「まあ、栞は可愛いからな。若宮のように少女趣味な服や装飾品を身に着けさせたくなる気持ちは分からなくもない」
当人はかなり嫌がるだろうけど。
栞は見た目に反して、可愛らしい系統の服を好まない。
見た目だけの話なら嫌いではないようだが、それを切ると子供っぽく見られる点と、着心地の意味で手に取ろうとはしないようだ。
「同感だが、その姿のまま、臆面もなく言うな」
オレも今は侍女の姿である。
いつ、誰に見られても良いように、女装しているとも言える。
「照れながら言った方が良かったか?」
「止めろ。今の見た目はともかく、中身が男である以上、気色悪い」
酷い言われようである。
まあ、今の見た目だけはマシだと言われたようなものでもあるが。
「それより、あの第二王女の方は、栞に危険はないのか?」
「ない」
断言された。
「彼の方は『可愛い生き物を保護する会』の会長殿だからな」
「あ?」
今、なんて言った?
「可愛いモノは見て愛でるだけに留める。必要以上に接触しない。それが規約にあるらしい」
「大丈夫か、この国……」
いや、その理念は立派だと思うが……。
「第二王女殿下については問題ない。だが、やはり、王子殿下たちの方は危険だな」
「……だろうな」
兄貴の顔つきが変わった。
どうやら、ここからが本題らしい。
栞と級友の対話など、兄貴はある程度予測していただろう。
能力についても、ある程度、見当は付けていたと思っている。
情報の補足、補強程度の認識だ。
その証拠に、オレの報告書を読んでも顔色を変えなかった。
動揺もなく、迷いもない。
なんて、嫌な身内なんだろうな。
「まあ、読め。そして、感想を聞かせろ」
そう言って、差し出された数枚の紙。
中を見ると、スカルウォーク大陸言語でみっちりと様々なことが書かれているのが分かる。
いつものように日本語版を渡さなかったのは、この国ではその文字を読める人間が多いためだろう。
誰かに見せる予定は勿論ないが、誰が、どこで、どんな手を使って覗いてくるか分からない。
この大陸は精霊族や魔獣が多いのだ。
そして、その混血児たちも。
栞の級友のようにオレたちが知らない手段を持っていても不思議はない。
目に見える能力なら対処しようがあるが、眼に視えない能力への対応は本当に難しいことがよく分かった。
だから、少しでも知る必要がある。
オレはまだまだ足りないモノばかりだと自覚しているから。
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