精霊族の能力
「ヴァルナから本日の親睦会についての報告書を先に読ませてもらいましたが、マリアンヌ様はなかなか面白い能力をお持ちのようですね」
エメラルドグリーンの髪色をした専属侍女は楽しそうにその紅い瞳を細めた。
そこで笑える心臓が凄いです。
「そのためにわたしが、セントポーリアの王族であることがバレてしまいました」
「その点は栞様が気に病むところではありません。寧ろ、これまでほとんど気付かれていない方が奇跡なのです」
奇跡なのか。
そうなのか。
「それほど、陛下と栞様の体内魔気が似通っているのです。少しでも気配に敏感であれば、体外に滲み出ているものだけでも分かってしまうことでしょう」
だからこそ、わたしは抑制石の量が年々増えている。
これって、なんとかならないかな?
日頃から意識して、頑張って押さえているのだけど、少し、感情が揺らぐだけで、滲み出るのが自分の眼にも分かってしまうのだ。
「そのために、そこまで気にされなくても大丈夫です。ヴァルナやセヴェロ様によると、現状、マリアンヌ様がそれを公にするつもりもないようです。フェロニステ家にとって不利な話でもありますからね」
ルーフィスはにっこりと微笑みながらそう言った。
「不利な話?」
「ロットベルク家の客人が親族であるカルセオラリアの王族だけでなく、セントポーリアの王族までいるとなれば、王城やこの城下に住まう貴族たちのパワーバランスが変わるという話ですね」
「あ~」
しかもイースターカクタスの王族もさり気なくいらっしゃいますね。
「そういった意味で、ヴァルナの方も気にかけなくて大丈夫かと。尤も、ヤツ……、失礼、あの子の主属性は明らかに風ですので、そこまで心配するほどのことでもないでしょう」
まあ、イースターカクタスの王族の血が流れていても、主属性が光でなく風の時点で、直系の疑いはなくなるはずである。
万一、現国王陛下の子と疑われても、「情報」国家イースターカクタスに喧嘩を売ることができる国などないだろう。
下手に脅しをかけようとしても、確実に100倍返しの憂き目を見る。
一国の貴族令嬢では太刀打ちできない相手だ。
「これで、栞様の心の憂いはなくなりましたか?」
「全くではありませんが、心は軽くなりました」
一番、気にかかったのは、自分の出自よりも彼らの出自の方だったから。
雄也さんが当の本人である九十九にも隠しているようなことである。
それが、こんな形で露見するのも嫌だった。
現在、わたしの部屋にいるのは、ルーフィスさんのみである。
ヴァルナさんは、わたしと戻ってきた後、ルーフィスさんと交替して、今度はトルクスタン王子の方に行くそうだ。
今回の話は、トルクスタン王子やその従者たちも無関係ではなくなった。
念のために……、らしい。
マリアンヌさまがどこまでこちらの事情を分かっているかは分からないが、念を入れるに越したことはないということだろう。
尤も、能力を理解したところで、相手が精霊族の血を引く以上、人間にとれる対策など限度はある。
「旧友と親睦を深めたようには見えないお顔ですね」
「あまりにも状況が変わりすぎているので……」
これが、人間界での再会だったら何も問題はなかったことだろう。
だけど、この世界で異なる立場からの再会である。
それで思うところがないはずもない。
「それにセヴェロさんが口にしていたことも気にかかってしまって……」
マリアンヌさまがわたしを王族と理解した上での行動だとしたら、わたしが侮られているということでもある。
それはロットベルク家のためにも、セントポーリアのためにもならない。
「その点においても、ヴァルナの報告にありますが、気になさらなくても宜しいかと存じます」
「その心は?」
「栞様はマリアンヌ様の言を全く認めなかったからです」
わたしが認めなかったから?
「相手の戯言など無視しましょう」
「ルーフィスさん、強い……」
そして、その強さが羨ましい。
「証明するものはマリアンヌ様の眼のみです。本人の言のみで、客観的な証拠が一つとしてない。そんな戯言を誰が信じるというのでしょうか?」
そうか!!
言われてみれば、マリアンヌさまは、その眼のことを誰にも言っていなかったという。
そして、わたしの魔力は常に抑制石によって隠されているわけだから、その事実を証明するものは何もないのだ。
「加えて言うならば、マリアンヌ様の王城での評価はそれほど高くなく、評判はそこまで良くありません」
酷いとは思うけれど、ルーフィスさんが言っているのは、一般的な話だ。
「ルーフィスさん自身の評価はいかがでしょうか?」
「分かりやすく爪を隠していらっしゃいますね」
そうですよね。
わたしでもそう思ったのだから、ルーフィスさんがそう思わないはずがない。
「人間界に行くまでの環境と、人間界での生活。そして、この世界に戻った後のあの方を取り巻く状況から、あの程度で済んでいるのは不思議なぐらいではあります」
「ルーフィスさんは人間界でのマリアンヌさまをご存じなのですか?」
「人間界に行ったのはマリアンヌ様だけではありません。その辺りから、調べて推測したことはいくつかありますね」
そうなると、雄也さん自身の目で確かめたものではない……、ということなのだろうか。
「まあ、勿論、私自身が確認した部分も少なからずあります。幸い、私自身もあの世界には行っておりましたから」
本当に、この人はいつからいろいろ調べていたのだろうか?
わたしが九十九と再会して、この世界に来るまでの期間は約一カ月だ。
だけど、わたしが九十九と再会する前にも暗躍していた可能性はある。
魔力が強い人間を頼りに、わたしや母と無関係に見える人たちも、念のために調べていたとしても驚かない。
「栞様に差支えのない範囲の話をさせていただきますと、人間界、最後の夜。マリアンヌ様と、紅い髪の男性だけが、私が武器を構えて潜んでいたことに気付きました」
「……何、やっていたんですか?」
ツッコミどころしかなくて、そんな言葉しか出てこなかった。
しかし、人間界で武器って……?
人間界、最後の夜と言えば、わたしが九十九を引っ張り出して、散歩に出た時のことだろう。
アーキスフィーロさまの話では、九十九は風属性を隠さなかったらしい。
わたしを抱えて空を飛ぶのは、そんなにも魔力を使うことだったということだろうか?
「誰にも主人の最後の思い出作りの邪魔をさせたくなかったのです」
正論に聞こえるけど、それ以外の理由もありそうだ。
どうやら、気づかない間に、わたしたちは囮となっていたらしい。
そういえば、他にも目撃していた人はいたことを思い出す。
ソウも、あの時の九十九のことを「情緒のない抱え方をしていた」と言っていたはずだ。
しかし、別の場所で雄也さんが武器を構えていた?
赤い髪ならソウだが、紅い髪ならライトだろう。
まあ、ソウかライトのどちらが、雄也さんの気配に気づくかって話なら、ライトの方が可能性が高い気がするのは確かだ。
それだけ、ソウとライトの魔力の差はあったから。
でも、武器ってなんだろう?
多分、この話は少し前にアーキスフィーロさまから聞いた話と繋がっている。
だから、わざわざ、今になって話してくれたのだろう。
「つまり、雄也さんが、アーキスフィーロさまの近くにいた人を狙って武器を撃ち込んだ犯人ということでしょうか?」
「人は狙いませんでしたよ。私が狙ったのは、持っていた魔法具です。あの程度なら、弟でも対処できたでしょうが、折角の思い出作りが台無しになることは避けられなかったでしょうからね」
そういえば、御禁制の品を持ち込んでいたと言っていたね。
この国の人たちは、人間界に行くときに、魔法具を持ち込んではいけないとかなんとか。
そして、その人の魔法具に向かって、矢を放った……、と。
アーキスフィーロさまから話を聞いた時は、物騒な話だとか、本当にそんなことができるものなのか? ……とか思ったけれど、犯人が分かれば、納得できてしまう。
この人なら、やれる!
そして、恐らく今の九十九でもできる!!
いや、そんなことはどうでも良いのだけど……。
「つまり、マリアンヌさまは、離れた場所で狙っていた相手の存在にも気付いていたってことですね?」
「そうなりますね」
アーキスフィーロさまの話からは、それが誰だか分からなかった。
だけど、ルーフィスさんの話から、それはマリアンヌさまのことだったらしい。
九十九とわたしの行動を「囮」と言ったらしいけど、実際は全く違う話だったことになる。
その当時、九十九も雄也さんも今ほど精霊族対策はしていなかったはずだ。
だけど、マリアンヌさまは、彼らの行動を読み切れていない。
人間界は大気魔気が薄いから魔法が使いにくくなるとは聞いている。
何より、あの世界は神の御手すら届かぬ場所だ。
もしかしなくても、精霊族の力も弱まる可能性はある。
精霊使いでもある楓夜兄ちゃんはなんと言っていた?
……いや、楓夜兄ちゃんはジギタリスの王族でもあったか。
楓夜兄ちゃんは、中心国であるセントポーリアほど強くはないが、「花の宴」で見たローダンセの王族たちよりは魔力が強いから、精霊たちの力が使えなくても問題はなさそうだ。
「栞様は、精霊族の能力を気にしすぎのようですね」
「え……?」
「純血ならまだしも、混血の精霊族が使える能力など限られています。制約も多く、万能でもありません。セヴェロ様は先祖返りのようですが、それでも、純血の水鏡族の能力よりは劣っているように見受けられます」
ルーフィスさんは、どこまでいろいろ調べているのだろうか?
そして、どこまで察しているのだろうか?
「そのことは、水鏡族に会ったことのある栞様なら、お分かりなのではありませんか?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




