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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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変化していく

「そうか。シオリ嬢に害が及ぶような話はなかったんだな」


 目の前で黒髪の主人はそう言って、分かりやすいまでにホッとした顔を見せた。


 少し前からすれば、随分な変化だ。

 出会ってから数年。


 その間、家族だけでなく、自分の前でもここまで表情を変化させることなどなかったから。


 そんな自身の変化に、この主人は気付いているのだろうか?


『何、寝ぼけたことを言っているのですか?』


 だが、言うべきことは言わせていただく。

 この主人は言わなければ分からない人間だと知っているから。


『普通の貴族令嬢なら結構、きつく思うようなことも結構、言われていましたよ。鈍いのか、慣れているのか、心得ているだけなのかは分かりませんけどね』


 人間には悪習も少なくない。

 今日の会食は、貴族の洗礼に近いものだっただろう。


 本気でこの主人を愛している繊細な貴族令嬢なら、その場で泣き出したり、逃げ出したりしてもおかしくはなかった。


「どういうことだ? 先ほど、会ったシオリ嬢は『楽しかった』と言っていたぞ」


 それは言うだろう。

 仮にどんな目に遭ったって。


 それぐらいの矜持も気遣いも、あの女性は持っている。


 本当に、相手の言葉を正面から受け止める主人だ。


『あの女、アーキスフィーロ様との()()()()()()()()()()ぞ』

「は?」


 その反応は正しい。

 聞いていた()もそうなった。


『勿論、はっきりと言ったわけじゃない。だが、アーキスフィーロ様の体質を確認した上で、「緊張すると役立たず」っていうのは、そういう意味だろ?』

「なっ!?」


 一見、変化の少ない表情。


 だが、顔色はともかく、耳が赤く染まっている。

 普通なら、顔面が真っ赤なのだろう。


 つまりは、この主人はあの女の言葉を正確にとらえたらしい。


『まあ、初めては緊張しすぎて勃たなくなる野郎(おとこ)は一定数いるらしいけどな』


 存外図太く見えるこの主人は、意外にもそのタイプだったらしい。

 二回目でようやく……、だったことは、過去を視たことで知っている。


 知識と経験が足りない初心者同士なら人間はそうなることもあると、知識としてはあったからそこは特段気にならなかった。


 しかし、それを食後とはいえ、飲食店で、しかも他の女に向かって言う辺り、品はないとは思う。


 まあ、あれこそ、人間や魔獣によくある優位性の確認(マウンティング)ってやつなのだろう。

 どちらが上位種なのか、はっきりさせたかったんだろうな。


「そ、それに対してシオリ嬢は?」

『シオリ様は、閨事の話だと気づいていなかったようです』

「そ、そうか……」


 主人は露骨に安堵の息を漏らした。


 随分、こっち寄りから人間っぽくなったもんだ。

 良いこと……、なんだろうけどな。


『喜べ、主人』

「何のことだ?」


 俺の言葉に、主人が警戒する。

 そして、その判断は正しい。


『シオリ様は間違いなく、生娘だ。誰の手垢も付いちゃいない』

()…………?」


 あれ?

 思ったより反応が薄いな。


 喜ぶか、品のないことを言ったから怒るかと思ったのに。


 尤も、生娘であっても、手垢が付いていないというのは微妙なところではある。

 身体だけ見ればそうだろうけど、心の中にはどっしりと誰かの気配が見え隠れしているから。


「それは申し訳ないことをしているな」

『あ?』


 だが、主人は見当違いなことを言い始めた。


()の側にいては、今後もその機会はなくなってしまうではないか』

『いや、そこは「俺が手取り足取り教えてやるぜ!!」ってことで良いんじゃないか?』


 寧ろ、それ以外の選択肢を考える方がおかしい。


 まあ、男を知ることが良いことばかりとは言わないが、何も知らないよりは知った方が良いとも思うから。


 変な男に汚されるよりは、この真面目で阿呆な主人の方がずっとマシだろう。


 何より、あの血筋が絶えるのは、神たちだって許さない気がしている。

 最悪、()()()()()()があるかもしれない。


 この世界にも処女懐胎の事例はあるのだ。

 まあ、かなり昔の話だけど。


「俺はシオリ嬢を愛する資格などない」


 またそれだ。

 この主人は、あの女性がここに来る前からそんなことを言っている。


 来る前:俺は女性を愛する資格がない。

 来た後:俺はシオリ嬢を愛する資格がない。


 何も変わっていないのだ。

 その理由すら……。


『あの女に操を立ててるからか?』

「……」


 だんまりかよ。

 いつも確認するとこうなるのだ。


 そして、心をしっかり閉じて、俺にも読ませなくなる。


 これこそ真の阿呆だろう。

 あの女はこの主人を捨てて、とっくに歩きだしているというのに。


 そのきっかけこそ、同情される点はあったようだが、俺からすれば、主人を見捨てたことに変わりはない。


『童貞を捧げた相手ってだけで、そんなに大事かね~。人間の考えなど、俺には分からん』


 しかも、それを関係のない他者に向かって平然と口にできるような相手だ。


 いくら相手を動揺させて心を読むためとはいえ、あの発言は俺ですら引いた。

 シオリ様には意味が分からなくて良かったとうっかり思ってしまったほどだ。


「お前には分からないよ」


 その口調は弱いのに、でも、はっきりとそう言った。


『ああ、それと、あの女。シオリ様がお前と意思疎通ができるのかを心配していたぞ』


 それに対するシオリ嬢の発言もなかなかだった。


 通訳者って多分、俺のことだよな?


 でも、シオリ様。

 結構、主人と会話しているよな?


「それはそうだろう。俺はマリアとの会話も最低限だった」

『いや、それは胸を張っちゃいかんやつだろう』


 仮にも元婚約者なのだ。


 俺が来てからも片手の指で数える程度にしか会っていなかった。

 まあ、それはすぐに婚約を解消したからでもあるが。


 俺自身は、あの女を見たのは一度だけ。

 まともに見たのは昨日が初めてだ。


 案の定、あの女は俺に気付くことはなかった。

 どうやら、精霊族としての能力は、俺の方が上回っているらしい。


 俺は時折、シオリ様の心の声が流れ込んできたが、あの女は全くその心を読むことができなかったようだ。


 何度か、悔しそうに「読めない」という声が流れ込んできたから。

 ざまあみろ。


 ヴァルナ嬢の方は、まあ、純血の精霊族であっても、簡単に読めるわけがない。


 自分の意思で心を閉じている上に、数々の精霊族対策。

 そして、恐らくは、神具級の物を一つ隠し持っている。


 シオリ様は自分の身を護るよりも、出会って間もない侍女二人にそれを渡すような方らしい。

 ……その点については、俺のせいかもしれないとも思っている。


「俺に関われば、耐性があっても傷付くことは分かっている。それならば、関わりが最低限である方が、お互いに傷付くこともないだろう?」


 それで()()()の身は護れても、この不器用な主人の心は誰が守ってくれるのか?


『シオリ様は傷付かないですからね。ああ、シオリ様が暴走したら、確実に、アーキスフィーロ様は傷付きますよ。それだけ魔力量が違いますからね』


 俺がそう言うと、主人は機嫌を損ねるでもなく、何故か嬉しそうに口元を緩めた。


 この国の王族に並ぶか、上回るほどの魔力を持つこの主人は、人間界でいう魔力の暴走を引き起こしやすいため、他の人間との関りを、ほぼ絶っていた。


 そのため、側に置けるのは別の力を持つ俺ぐらいだったのだが、そこに現れたのが(くだん)の女性である。


 創造神が遠く離れた世界から呼び寄せた魂から生まれた、導きの女神の魂の欠片を持つ女性。


 そして、その本人自身も創造神自らが、()()()()()()んじゃないかと疑いたくなるほど強い加護を持っている。


 セントポーリア国王陛下の実子であるためか、風の大陸神の加護が信じられないほど強い。

 恐らくは、生まれた時に、相当、()()()()()()()()()()()()のだろう。


 そして、法力国家ストレリチアでは「導きの聖女」と呼ばれている神子。


 さらには、「神扉(しんび)の守り人」が尽くしに尽くして守っている人間であり、あの気まぐれな「暗闇の(ウツクシクケダカイ)聖女(純血の魂響族)」のお気に入り。


 ……さらりと羅列しただけで、とんでもない女性だと理解できる。

 何故、主人の相手として選ばれたのか分からないほどに。


 明らかに釣り合っていない。


 あの女性なら中心国の王族だろうが、それこそ、「神扉の守り人」たる大神官だろうが選び放題だろう。


『そうなると、アーキスフィーロ様の魔力で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことですね?』

「は……?」


 まるで、今、初めて思い至ったとでも言うような顔だ。


 だが、主人の話を総合するとそうなる。

 いや、わざわざ話を総合しなくても、主人の感情的にその方向へと流れると思っている。


 既に、目に見えた変化は表れているのだ。

 彼女がこの屋敷に来たほんの僅かな間に。


 それならば、後は主人がそれらを自覚して、()()()()()()()()()()()である。


 尤も、それが難しいことは、俺も分かっているんだけどな。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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