不利益
マリアンヌさまは、わたしがセントポーリアの王族であることに気付いた。
それだけ、わたしがあの国王陛下に体内魔気が似ていることもあるだろうけど、そんなことまでマリアンヌさまの眼には分かってしまうのだ。
そうなると、わたしの専属侍女が、イースターカクタスの王族の血を引いていることにも気付かれたかもしれない。
そう考えると、マリアンヌさまに会う時に連れてきたのは間違いだった?
いや、わたしの専属侍女は実質、二人しかいない。
そして、そのどちらもイースターカクタスの王族の血が流れている。
あの時点ではマリアンヌさまの能力は誰にも分からなかったのだから、結局、ヴァルナさんかルーフィスさんのどちらかがバレるのは避けられなかっただろう。
「何を心配されているのか存じませんが、恐らくは栞様の杞憂となります」
「へ?」
声をかけてきたのがセヴェロさんの方だったなら、わたしはここまで奇妙な反応にはならなかっただろう。
だけど、ヴァルナさんの方だったために気をぬいてしまったのかもしれない。
考え事をしている時に話しかけると、素が出やすいのは気を付けなければならない。
「マリアンヌ様はあの場で見聞きしたことは父親である宰相閣下にも一切、漏らさないでしょう。だから、大丈夫ですよ」
「でも、マリアンヌさまは宰相閣下より、わたしを探れとか言われていたのではありませんか?」
———— 宰相閣下がお知りたいことも彼女の口から聞き出せなくなりそうだから
彼女自身が侍女たちに向かってそう言っていたのだ。
だから、わたしは発言には気を付けた。
彼女の侍女たちにも、わたしの専属侍女のような特殊技能を持っていたり、臨時侍女のような特殊能力を有していないとは限らないから。
「表向きはそうでしょう。この国の貴族の子女となれば、理由なく外に出ることができませんから」
ぬ?
どういうこと?
いや、言っている意味は分かるのだ。
この国に限らず、お貴族さまの娘さん方は意味なく外に出かけることもできない。
それが嫌で、周囲に何の相談もせず脱走を企てる王族のお姫さま方はどうかと思うけれど。
「つまり、宰相閣下のご命令により、ロットベルク家の客人に会う体で、人間界での友人に会おうとしたのだと愚考いたします」
「ですが、それと報告は別の話でしょう?」
仮にそんな形で外に出たとしても、報告の義務はあるだろう。
マリアンヌさまの思惑はどうであっても、フェロニステ卿の意図がわたしを調べることならば、それなりの報告の形がいると思う。
そして、本日の対話のどこを掬いとっても、わたしにとっては良くない話しかない。
『本来は別でしょうけれど、この件に関しては私もヴァルナ嬢に同意致します。少なくとも、シオリ様にとって不利益になることはしないでしょう』
セヴェロさんもそんなことを言う。
しかも、確信を持って。
それは何故だろう?
『……まさか、シオリ様はお分かりにならないのですか?』
さらにセヴェロさんからは、意外そうな顔までされる。
「はい。さっぱり分かりません」
二人は勘が良いから分かるかもしれないけど、わたしには分からなかった。
マリアンヌさまが父親の命を受けてわたしと会ったなら、その仕事を全うすると思う。
彼女は責任感が強い人だった。
単に演劇が好きってだけでは、部活の副部長なんて責任の必要な役目なんてできない。
ワカのような人を引っ張るナニかではなく、人を支えるようなナニかを持っていた人だから周囲が頼み込んだのだ。
わたしが分かっていないことが分かったのだろう。
セヴェロさんはヴァルナさんに視線を寄越す。
そのヴァルナさんは、小さく息を吐いた。
そして――――。
『「好きだからでしょう?」』
二人が声を揃えてそう口にする。
「好き……?」
好き?
好きって、何?
同時に二人の美女から愛の告白されたみたいで、猛烈な照れがわたしを襲う。
いや、二人とも本来の性別は違うのだけど。
だが、二人のその表情は明らかには別種類のものである。
ヴァルナさんは呆れたように口にしたし、セヴェロさんは楽しそうにわたしに言った。
「マリアンヌさまがですか?」
はて?
「恋愛的な話ではなく、友愛的な感情だとは思いますが、私にはそう見えました」
『私の目にもそう見えましたよ。まさか、あの女がシオリ様にあんなにも好意的だとは思っていませんでした。まあ、貴族子女らしく、優位性の確認は何度もありましたが、シオリ様には全く効いていなかったところが、実に楽しかったです」
確かに嫌われているとは思わなかった。
だけど、彼女は貴族息女なのだから、それぐらいのことはするだろう。
好意的に見せて、相手の気を緩ませながら、情報を引き出していく。
その上で、顔に笑みを張り付けて、少しでも相手の粗を探して、自分の方が優位だと見せつけるのだ。
彼女は、あの世界で演劇部に所属していた。
ワカと同じように、周りを錯覚させるようなお芝居など、お手の物だろう。
『それに、どうやらあの女は父親を嫌っているご様子。そのために、父親が喜ぶようなことは決してしないことでしょう。そういった意味でも、大丈夫だと思われます』
「それはどういうことでしょうか?」
父親を嫌っている?
そんな話ってあったっけ?
『始めに侍女たちを排除したでしょう? しかも、同時に父親の目論見をシオリ様に暴露して警戒させております。この国の貴族子女たちなら、父親の意思に反するようなことはしません」
確かにアレは違和感があった。
「それ以外では、先ほど言われた魔力を視る眼ですね。黙っていた方が有利な能力です。そして、視えた情報をその場で小出しにして幾度となく栞様の反応を窺っていたのは、試されていたということでしょう」
「試されていた?」
それも、幾度となく?
「はい。恐らく、昔の栞様との差異を確認したかったのだと思われます」
まあ、探るのはお互い様だよね。
わたしも昔の彼女との違いを探していたから。
「ところで、先ほどセヴェロさんが口にしていた優位性の確認って、具体的に何をされていたのか、聞いても良いでしょうか?」
いくつかは、わたしにも分かった。
だけど、わたしが気づいていないこともあったと思う。
『誰にでも分かりやすかったのは、あの店のメニュー表をそのまま他大陸出身だと分かっているシオリ様にお渡ししたところですね。まさか、ウォルダンテ大陸言語に精通しているとは思わなかったでしょう』
やはり、アレはそうだったのか。
「あの店のメニュー表は、ウォルダンテ大陸言語を知っている人も困惑しそうだと思いましたが……」
アレは料理名ではなかった。
なんだろう?
「まるで諺辞典? ……でしたよ」
『ああ、貴族向けの店は婉曲な表現を美としますからね。なるほど……、シオリ様が勉強をしていた時に備えて、二重に仕掛けていたのですか』
わたしがウォルダンテ大陸言語を勉強していなければ、まず読めない。
勉強していても、貴族の表現を知らなければ、どんな料理かも理解できない。
いや、諺や格言の料理名は、果たして、貴族の表現なのだろうか?
謎である。
『どうやら、ウォルダンテ大陸言語の読み書きだけでなく、教養まで試されたようですね。そこまでは気付けませんでした。問題がなかったようで、何よりです』
あ~、確かに試されていたっぽかった。
しかし、優位性?
ウォルダンテ大陸に住んでいる人なら、ウォルダンテ大陸言語は分かって当然だろう。
他大陸のわたしにそんなところで優位性の誇示をするのはいかがなものだろうか?
お貴族さまの考えることはよく分かりません。
『それ以外では、そうですね。アーキスフィーロ様の愛称呼びも、分かりやすい優位性アピールだったとは思いませんか?』
「愛称呼び……ですか?」
『あの女。未だに、「アキ」などと呼んでいたでしょう? もう既に婚約者でもないのに図々しいことです』
忌々しそうに、セヴェロさんは吐き捨てる。
やはり、マリアンヌさまのことはお好きになれないらしい。
「幼馴染なのでしょう? そう簡単に呼び名なんて、変えられませんよ」
わたしが大神官さまのことを「恭哉兄ちゃん」、クレスノダール王子殿下のことを「楓夜兄ちゃん」と今も呼ぶようなものだろう。
慣れ親しんだ呼び方を急に変更するのって難しいのだ。
『それでも、今、アーキスフィーロ様の側にいるのはシオリ様なのです。そんな女性の前でその呼び名を使う理由にはなりません』
「それは、マリアンヌさまには『居候』としか伝えていなかったからではありませんか?」
わたしは、マリアンヌさまに「婚約者候補」であることは伝えていなかった。
それを伝える方が、面倒な気がしたからだ。
だから、ただの「居候」、「トルクスタン王子のオマケ」としか認識されていないと思う。
『あの手の女は、シオリ様が「婚約者候補」だと分かったとしても、同じような行動をとりますよ。自分の方が、アーキスフィーロ様のことをよく知っている、理解している、親しい、昔からの仲……であることを誇っているのですから』
「それは単純に事実なのでは?」
実際、昔からの幼馴染なのだ。
わたしが知らないアーキスフィーロさまのことを知っているのは当然だろう。
『それでも、それを口にする理由にはなりません。相手に気遣う意思を見せていない時点で傲慢な言動だとは思いませんか?」
セヴェロさんはそう言うが……。
「自分より下の地位にある人間に対して気遣わないのは、貴族息女としてはごく普通の態度でしょう?」
だから、わたしはそれのどこが悪いのかがさっぱり分からないのだった。
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