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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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濃藍

「食べちゃった……」

「完食されましたね」


 わたしは茫然とし、ヴァルナさんは感心している。

 とんでもない大きさの魔獣の丸焼き料理。


 冗談で注文したと思っていたのだけど、それをセヴェロさんはペロリと完食してしまったのだ。

 それも、わたしやヴァルナさんの手も借りずに。


 いや、ヴァルナさんは小皿一皿分だけお裾分けしてもらっていたみたいだけど、それだって味見程度の量であった。


 それが、見た目は白銀髪ですらりとした長身美女が一人で食べきったのだ。


 始めは、周囲も、料理の量に驚いていたり、興味深く見ていたり、無理だろうと小馬鹿にしていた雰囲気だったのだけど、次々に形の良い口の中に吸い込まれていく哀れな魔獣(料理)に驚愕し、完食した瞬間には拍手喝采となった。


 確かに魔術興行(マジックショー)みたいだったけど。


 そして、その姿の元となった恭哉兄ちゃん(大神官さま)に申し訳なく思ってしまった。

 心の中で謝っておこう。


 ———— ごめんね、恭哉兄ちゃん


「それにしても、よく食べましたねえ……」


 一見、細身のその身体のどこにあれだけの量が収まったのだろうか?

 いや、その見た目通りではないと分かっていても、思わずそう言いたくもなる。


 それに、普段のセヴェロさんはそんなに食べるイメージもないのだ。


『ああ、少々、苛立ったので、つい大量消費したくなったのです」

「苛立った?」


 大量消費というよりも大量消化ではなかろうか?


『え? 人間の女性ってそうではありませんか? イライラしたら食欲増強するものでしょう?』

「いえ、そちらではなくて……」


 そして、それは食欲増強ではなく、食欲増加ではなかろうか?


『それだけ気力を使ったわけです。それで、納得してください」


 そう言われたら納得せざるを得ない。


『それでは、皿も片付きましたし、そろそろ話を……』


 セヴェロさんがそう言った時だった。


「良い食べっぷりだったな、姉ちゃん」


 そんな声が聞こえてきた。


『……面倒な」


 セヴェロさんが溜息を吐く。


「この店を選んだのはセヴェロ様でしたよね?」

『分かってますよ。でも、そっちはお願いしますね』

「諦め、早すぎません?」

『頭まで筋肉でできている男たちには、拳で語った方が早いでしょう?」


 何やら、セヴェロさんとヴァルナさんが小声で話している。

 だが、わたしに聞かせたくないようで、ここまで聞こえてこない。


 それより、声をかけられて無視しているのもどうかと思うけれど、多分、厄介事なんだろうな。

 典型的なナンパ、もしくは、絡まれだと思う。


「それだけ食べたら、()()()()()()()が必要だろ?」

「そうそう。俺たちがその相手してやるよ」


 ニヤニヤと笑いながら、セヴェロさんとヴァルナさんたちに近づくおに~さん方。

 いやいや、食べた直後にすぐ運動って、あまり良くないんじゃないかな?


「お? こっちにも嬢ちゃんが……」


 別の方向からの声が何やら言い終わる前に……。


「ふぐわっ!?」


 風切り音とともに、珍妙な叫び声が上がった。


「その女性に触れるな」


 冷たく言い放たれた声。

 そのヴァルナさんの手には銀食器(ナイフ)があった。


 いや、お食事用ナイフは人に向けたらいけないと思うのです。

 しかも、先に投げたのは、フォークだろう。


 壁に刺さっていた。

 お店の人に申し訳ない。


 しかし、ヴァルナさんは周囲を気にすることなく、完全に戦闘態勢に移行したっぽい。

 体内魔気が分かりやすく変化している。


 これは、確実に荒事が始まる気がした。


 だけど……。


「ひっ!? まさか、()()()()()!?」

「ま、マジか!?」

「ちょっ!? この店にも出るなんて聞いてねえぞ!?」


 おに~さん方は、ヴァルナさんを見るなり、その顔を青くさせた。


 濃藍?

 いや、確かに、ヴァルナさんの髪色は濃藍だけど……。


 しかも、なんだか、オバケみたいな扱いされているのは何故?


「ってことは、()()()()()のか!?」

「やべぇっ!! アイツに俺たちのリーダーが男として再起不能にされたんだ!!」


 なんだろう?

 そのミドリガメみたいな名称は……。


「貴方たち……」


 ヴァルナさんが薄く笑う。


「まさか、私の連れに手を出すおつもりですか?」


 その背にどこかの黒髪の御仁が見える気がした。


「す、すみません!!」

「ずらかるぞ!!」

「ちょっ!? 俺をおいてくなよ!!」


 そんな言葉を残して、殿方たちは、店から慌ただしく出て行った。


 いや、何しに来たの?


 ここから、ドタバタと乱闘になって、足手まといのわたしが人質になっちゃったりとかそんなベタな展開になるのでは?


『いや、まずシオリ様を人質にできる力量があれば、昼間っから、こんな場所で女に絡もうとかしないと思いますよ』


 セヴェロさんが呆れたように肩を竦めた。

 心を読まれたらしい。


「あれ以上、あの男が栞様に手を伸ばしていたら、恐らく、店内でも()()()()()()ほどの大惨事だったことでしょう。()()()()()()()()()()()()()()()()です」


 ちょっと待て、護衛?

 心配するところがおかしくない?


 え?

 わたし、そんなに狂暴?


 そう思ったけれど、その護衛すら吹っ飛ばすことだけが可能なわたしの魔気の護り(自動防御)

 言い過ぎでもない気がする。


 近くから声は聞こえていたけれど、わたしにも手を伸ばされていたことには気づかなかったし。


「えっと、さっきのは一体なんだったのですか?」

『ああ、ちょっと私の食事が目立ちすぎたせいですね。この(たぐ)(まれ)な容貌のまま、大食いをすれば、あのような輩に絡まれることもあるのを考えておりませんでした』


 まあ、確かに目立っていたけれど、美人さんは食事まで気を使わなければいけないのか。


「それは理解しましたが、『濃藍』ってなんですか?」


 ヴァルナさんのことだと思う。

 そして、「緑髪」は多分、水尾先輩(ルカさん)だろう。


 一瞬、エメラルドグリーンの髪色をしたルーフィスさんかとも思ったけれど、二人が同時に外に出ることはあまりない。


 必ず、どちらかはわたしが起きている間は必ず側にいるから。


「それは……」

『ああ、ヴァルナ嬢は、今や、城下で大人気の魔獣退治屋なのですよ』


 ヴァルナさんが何かを言う前に、笑顔のセヴェロさんがそう言った。


「大人気……?」


 大人気だったら姿を見ただけで逃げるのだろうか?

 蜘蛛の子を散らす……いや、三流の悪役たちが逃げ出すようにも見えたのだけど。


『緑髪の女性と共に行動し、仕留め損ねた魔獣はいないと言われております』


 それはそうだろう。


 ヴァルナさんだけでもかなりの戦力だと思うのに、そこに魔法国家の第三王女殿下であるルカさんがいる。


 それも大気魔気濃度が濃いフレイミアム大陸で、年齢一桁から魔獣を退治してきた専門家(スペシャリスト)が。

 明らかに過剰殺傷(オーバーキル)と言わざるを得ない。


 しかし、それをセヴェロさんが知っているということは、相当、評判なのだろうか?


「それなら、尊敬されると思うのですが……」


 先ほどの様子を見ていると、そんな感じはしなかったよね?


『この国は男尊女卑が染みついています。そこで急に現れた女性二人の強力な魔獣退治屋。さて、この国の男たちはどう思うでしょうか?』


 協力して更なる魔獣退治に邁進したり、魔獣退治のコツを伺う……わけはないか。

 男尊女卑って言葉をわざわざ出したってことは……。


「その二人を妬んだり、蔑んだりする……でしょうか?」


 何故か、自分よりデキる人の足を引っ張ろうとする人っているよね?


 そんなことよりも、今よりもっと良い自分になるための努力をする方がずっと良いのに。


『評判を下げるために悪い噂を流したり、魔獣退治の邪魔をしようとしたり、これ以上大きな顔をさせないために路上で闇討ちをしようとしたり、言いがかりを付けて買い取り価格や報酬を下げようとしたり、食事中に奇襲攻撃をしたりしたのですよ』


 セヴェロさんの言葉を聞いて……。


「食事中に奇襲攻撃をした人は無事ですか?」


 最初に思ったのは、そんなことだった。


 いや、食べることが大好きな水尾先輩(ルカさん)と、料理作りの研究に情熱を燃やす九十九(ヴァルナさん)のコンビなのだ。


 そんな二人の食事の邪魔なんて、とんでもないことだろう。


『シオリ様はお二人をよくご存じですね。私が口にした順番で相手の被害が大きくなっていったとのことです。食事中に奇襲攻撃をしようとした方々は、もう魔獣退治どころか、二度と女性に声をかけることもできないほど恐ろしい目に遭ったという噂ですよ』


 何やらかした!?

 わたしは思わず、ヴァルナさんを見る。


()()()()()()()()()()()()()がキレてしまいまして……」


 ……うん。

 仕方ないね。


 それは止めることもできないね。

 わたしでもできないことを、ヴァルナさんにしてもらうことなんで無理だね。


 わたしはそう遠い目をするしかないのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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