御令嬢との会談の後で
「さて、ここがセヴェロさん、おすすめのお店ってことで良いでしょうか?」
『そうですね。先ほどの上品な店よりは、自信を持っておすすめしますよ』
わたしの向かいに座る白銀の髪色をした臨時侍女は優雅に微笑んだ。
うむ。
この顔には微笑みがよく似合うと思う。
「セヴェロ様、ここは……」
油断なく周囲を見ながら、濃藍色の髪を持つ専属侍女は、横にいるセヴェロさんに声をかける。
何か、気がかりなことがあるらしい。
『この店は、夜になると酒場になりますが、昼間は見ての通り一般大衆食堂です。勿論、客層は平民なので、やや品のない印象はありますが、その分、味については保証しますよ。平民は、貴族のように取り繕わないため、不味い店はすぐに潰れてしまいますからね』
昼と夜で、店が変わるらしい。
まるで、有名なRPGのようだ。
そして、確かにお貴族さまは周囲を憚って我慢してしまう部分はあるかもしれない。
セントポーリアも、城の文官たちに出される料理よりも、城下の方が美味しい気がした。
「一般大衆食堂なら、お喋りして長居するのは、迷惑行為になるのではないですか?」
確か……、回転率だっけ?
それが下がっちゃうんじゃないかな?
『大丈夫ですよ、シオリ様。これから魔獣狩りに向かう人間も少なくない。同じように打ち合わせをしているようにしか見えないでしょう。それでも気になるなら、会計時に少々色を付ければ、喜ばれます』
テーブルサービス、いや、テーブルチャージ?
まあ、今は食事時間からズレているために、人がそう多くもない。
人が増えてきて、邪魔になりそうなら、退散すれば良いかな?
わたしたちは、この場所以外でも話せるからね。
尤も、アーキスフィーロさまにはすぐに話すのは躊躇われた。
だから、セヴェロさんに話を聞いてもらって、その中から、報告してもよさそうな物だけ話してもらうことにしたのだ。
『まあ、まずは腹ごしらえしましょう。ヴァルナ嬢もお腹がすいたでしょう?』
「問題ありません」
そう答えながらも、セヴェロさんが手渡すメニューを受け取るヴァルナさん。
そういえば、わたしはマリアンヌさまと食事をしているが、背後にいた侍女たちは食べていなかった。
本来、侍女は交替で主人に見えない場所で食事をするはずだ。
そうなると、別室で食べさせるべきだったかな?
でも、断りそうだよね、特にヴァルナさん。
今は、二人とも侍女服ではない。
わたしも先ほどの高級生地なワンピースではなく、もっと楽な服を着て、二人と同じテーブルについている。
それだけのことがすごく嬉しい。
誰かに見張られながら、一人でお食事するのって、かなり寂しいから。
「セヴェロさんのおすすめはありますか?」
先ほどの店よりもメニューは分かりやすく書かれている。
少なくとも、何かを煮たり焼いたりしていることぐらいは分かった。
結局、一番、肝心な食材名が分からないから、なんとも言えないけれど。
『そうですね~。この「豚の丸焼き」でしょうか?」
「いや、そんなどデカいもの、食べられませんからね?」
さらりととんでもないものをお勧めされた。
書かれているのが、畜産物としての豚であっても、豚系の魔獣であっても、丸ごと焼かれてしまっては、このテーブルに乗り切るかどうかがすでに怪しいだろう。
「それでは、私は、『今日のおすすめ』を頼みます」
ヴァルナさんはすぐに決まったらしい。
料理名から分かりにくいものをあえて選ぶその挑戦的な姿勢ってすごいと思う。
「栞様には、こちらがよろしいかと」
そう言ってヴァルナさんから勧められたのは、「紅い果実の焼き菓子」。
考えてみれば、わたしは既に昼食を食べているのだから、間食ぐらいの方が良いのは確かだ。
『では、私は、シオリ様が言うどデカい料理、「豚の丸焼き」をいただきます』
セヴェロさんの言葉で目を丸くしたのは、わたしだけではなかった。
ヴァルナさんも驚いたらしい。
表情は変わっていないのだけど、体内魔気が一瞬、変化した。
……あれ?
わたしと同じく、ヴァルナさんも抑制石によって体内魔気が外に漏れないようにしている。
だから、一見、体内魔気の動きは分かりにくい。
だけど、身体の中にある本来の体内魔気を誤魔化すのって、もしかしなくても、かなり難しい?
真央先輩のように敏感な人なら、体内魔気の変化で相手の感情が分かってしまうのではないだろうか?
そうなると、先ほどの会談もかなり変わってくる。
表情からはあまり読み取らせなかったと思うけれど、体内魔気から様々な感情を読み取られていた可能性はあるのだ。
まあ、その辺りも含めて、後で話してみよう。
そして、料理が来たわけだが……。
「うわあ……」
思わず、素が出た。
わたしが頼んだ「紅い果実の焼き菓子」。
この世界でお菓子を作るのは難しいが、ないわけではない。
少なくとも、このお店では「焼き菓子」を名乗れるほどのものがあるらしい。
その中の一皿が、わたしの前に置かれる。
そこにあるのは、薄く切ったカステラのようなものに果物が挟み込まれたサンドイッチ……?
想像していたパイやタルト系のお菓子ではなかった。
だが、この世界ではこれだけでも拍手だ。
「スープと、芋のサラダ、黒パン、薄切り肉のソース和え、果実漬けの飲料ですね」
目の前に置かれたお皿の数々を前に、ヴァルナさんは興味深そうな目をしながら、そう呟いた。
正直、ビーフストノガロフ? ……ぐらいしか聞き覚えがないのですが?
それすらも、本当にそんな料理名だったのかも怪しい。
聞いたことしかない料理だから仕方ないと思う。
そして、最後に気になる一品がどどんっと、登場した。
『これは……、見事な巨大なイノシシの魔獣ですね』
楽しそうにそう言うセヴェロさんの声が聞こえる。
いや、料理名が変わっている……というよりも……。
「巨大な……ぶ……? 猪?」
わたしの知る豚の形状とは明らかに違った。
ずんぐりむっくりした大きな体は確かに豚っぽいのだけど、このゴワゴワしい黒光りしている剛毛は明らかに違うだろう。
さらに、長く鋭い二本の牙は、左右とも途中から折れている。
どう見ても、イノシシだ。
でも、わたしが知っているイノシシよりも明らかにでかい。
「ヴァルナさん、これ、もしかして魔獣ですか?」
思わず、斜め向かいに座っているはずのヴァルナさんに声をかける。
この料理が大きすぎて、わたしが立っても、向こう側が見えないのだ。
「魔獣ですね。栞様に分かりやすく言うと、巨大なイノシシの魔獣です」
淡々とした返答。
もしかして、ヴァルナさんは観察中かもしれない。
「豚じゃなかった!?」
「ブタは、イノシシを家畜化したものですから、魔獣はブタではないですね」
「豚の丸焼きって書いてあったのに!?」
「そこは料理名だからでしょう」
ああ、料理名、料理名ね。
「だけどイノシシの丸焼きとか!?」
「この国で家畜が出てくるよりは、現実的ですね」
そこじゃない!!
九十九の返答は時々、妙にズレている気がするのはわたしだけ?
『これは食べ応えがありますね』
さらにズレた言葉が向かいから聞こえてくる。
「どうやら、臓物は抜かれているようですね」
『食べても美味しくはない部分ですからね。それに『キットナギアドアーブディリア』の臓物は、素材として優秀なので、そのために回収しているのでしょう。特に肝臓の効能は有名ですが、ヴァルナ嬢は御存じですか?」
「肝臓? 確か、精力……、有名ですね」
珍しく、セヴェロさんとヴァルナさんの会話が続いているようだ。
声が小さくて、聞き取りにくいけど。
今のセヴェロさんは、いつもの姿ではなく、大神官さま15歳の容姿である。
性別は違うし、髪色を変えていても、ヴァルナさんは、大神官さまのことが好きだから、うっかり気を許してしまうのだろう。
それにしても、これって、本当に食べられるの?
テーブルのほとんどを占拠してしまった料理……、というか、魔獣の姿を見て、わたしはそう思わざるをえないのであった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




