報告する御令嬢
「さて、報告を聞こう」
目の前の男は偉そうにそう言った。
いや、実際、偉い。
この国でもかなり偉い。
だけど、私から見れば、小物だ。
少なくとも彼女と対峙した後では、この偉そうな中年男に対して威厳や威圧感すら覚えない。
「魔力はかなり強いと思われます」
はい、嘘1。
あの子の魔力は強いなんてもんじゃない。
桁違いだった。
この国の国王陛下に匹敵?
まさか、そんなはずがない。
私が視た限り、情報国家の国王陛下並だった。
平時で、自国ではない場所でそれだ。
もし、セントポーリアで会って、さらに、風系の魔法を繰り出すところを見たら、大半の人間は平伏してしまうと思う。
この国の王族たちの魔力が、揃いも揃って弱すぎるというのもある。
セントポーリアの王子殿下も弱いと言われているけれど、この国の王子たちだってそんなに強いわけではない。
それでも、セントポーリアの王子殿下の魔力の貧弱さが有名になってしまうのは、単に比較対象の話だと思っている。
セントポーリア国王陛下の魔力は恐ろしく強く、ローダンセ国王陛下はまあまあ強い。
だから、それぞれの国王と王子たちが並び立てば、その魔力差は、セントポーリアの方が大きくなるだろう。
それだけの話だ。
セントポーリアの王子殿下も、この国の王子殿下たちも魔力にそこまで大きな差はない。
どちらも、傍系王族程度の魔力なのだから。
「なるほど。ロットベルク家が囲おうとするわけだな」
彼女は、ロットベルク家には勿体ない。
それが私と目の前の男の一致した意見である。
あれだけの魔力を持っているのだから、もっと上の……、法力国家ストレリチアや情報国家イースターカクタスの王族だって狙えそうだ。
そこまでこの男に告げる気はない。
尤も、彼女自身は、近くにアリッサムの王族たちがいるためか、そこまで自分を高く見積もっていないようだけど。
カルセオラリアはアリッサムの王族たちを囲うから、彼女までは無理だと判断して、縁戚であるロットベルク家に託そうとした……、そんなところだと思う。
「あのアーキスフィーロを抑えられそうということか」
「恐らくは……」
はい、嘘2。
抑えるどころか、完全に制圧すらしてしまうだろう。
アキとは、魔力の質も桁も違う。
何より、全方向に魔力が放散しているアキと違って、彼女の魔力はしっかりと纏まっている。
完全に自身の魔力を制御できている証拠だ。
あの大量の抑制石は未熟なのではなく、僅かでも外部にその気配を漏らさないためだと思う。
それだけ、彼女は、かの国の国王に気配が似すぎていた。
———— 王子殿下よりも国王陛下の第二妃候補として追われていても驚かないよ
だから、そう鎌をかけてみたら、嫌そうな気配に変わった。
ほとんど表情を変化させていなくても、私の眼にはその魔力までは誤魔化しきれない。
あれは、追われることの忌避感ではなく、生理的な嫌悪感から来るものだったと思う。
人間界には近親婚を推奨していた時代や国があったようだけど、そんな環境で洗脳されていない限り、実父との婚儀など忌避する対象だろう。
そして、生理的、本能的な嫌悪というのは体内魔気に出やすい。
まあ、それも私の眼があるからこそ分かることだとは思うけどね。
「お前が不要になるわけだな」
「そのようです」
今更、何を言う。
私は既に、アキから婚約解消を告げられた後、この男によって他の男性と婚約を結んでいる。
表向き、性格が悪くて女好きで、自分は周囲よりも頭が良いと思い込んでいるこの男によく似た男と。
まあ、あの男の現実は女好きではないのだけど。
それでも、アキは私を捨てないって思っていた?
彼には後がないから?
国内の女たちは彼を忌避する傾向にある。
そう仕向けたのは、目の前の男と、彼の実父、そして、王族たちだ。
だけど、周囲が彼に手を差し伸べないから、そのままでいるなんて、そんなはずがないでしょう?
もともとアキと私の婚約は、私の身の安全を確保するための同情的なものだった。
そんな関係が長く続くはずがないじゃない。
「悔しいか? アンヌ?」
「いいえ、全く」
我が父親ながら、本当に性格悪いな、この男。
私を甚振って楽しもうとしている。
だが、お生憎様、宰相閣下。
私は貴方に似たらしい。
そして、アキの側にいてくれるのが彼女なら、私は諸手を挙げて喜べる。
どこまでも、純粋でまっすぐで、清く正しく、とても可愛らしい、少女の理想形。
まあ、もう18歳の女性に少女っていうのもどうなのかって話だけど、そんな印象が拭えなかったのだ。
悪い意味ではない。
羨ましいとすら思う。
危うさはある。
魔力の強さに反して、自衛の感覚が薄い。
だけど、その芯は全く変わっていなかった。
他者の意見を受け入れつつも、自分を曲げない意思の強さ。
その部分が変わらなかったということは、苦労があってもそれなりに幸せでもあったのだろう。
その反面、こちらが驚くほど貴族的な考え方や口調、雰囲気を持っていたから、相応の教育も受けてきたのだとは思う。
最後のお辞儀など、私だけでなく、連れていた侍女たちも息をのむほどだった。
まあ、そんな立場じゃなければ、あの世界に行くことなどないか。
公式的に認知はされていないと聞いているが、裏では認められているのだと思う。
話に聞く限り、セントポーリア国王陛下に不義理な印象はない。
一度でも関係を持った女性や、その女性が生んだ子を、目や手をかけることなく放っておくとは思えなかった。
寧ろ、我が子でなくても余計な手出し口出しをするかもしれない。
「しかし、ロットベルクもどこで見つけてきたのやら。庶民で強力な魔力持ちなど、そう多くもないだろうに」
「カルセオラリアの王族からの紹介だと言っておりました」
「それぐらいは聞いている。だが、何故、カルセオラリアは我が国ではなく、ロットベルクなんぞに……」
そりゃそうでしょう。
誰だって、何の関係もない他国の王家よりも、血の繋がった親戚のいる家を助けたいと思う。
ましてや、ロットベルク家の先代当主夫人アリトルナ=リーゼ=ロットベルク様は、現カルセオラリア国王陛下の妹君なのだ。
カルセオラリアの王家、王族たちはそれだけ愛情が豊かなのだろう。
そのことは、あの花の宴でお見かけしたカルセオラリアの第二王子であるトルクスタン=スラフ=カルセオラリア殿下の気配からも伝わってきた。
そんな一族が、他国に嫁いだとはいえ、血の繋がった身内を無視するようなことはしないはずだ。
「彼女が私生児で平民だからでしょう。まだ正妻もいない王族たちに紹介することなどできません」
身分が足りず、明らかに側妻となることが分かっているのに、カルセオラリアが彼女をローダンセの王族たちに渡すとは思えない。
あの様子だと、トルクスタン王子殿下は、かなり彼女に目をかけている気がする。
そうでなければ、「花の宴」で彼女の立場を補強するかのように、衆人環視の中、堂々とダンスの誘いはしないだろう。
「私生児だと?」
「そう言っておりました。父親は公式的に認知はしていない、とのことです」
「はっ!! やはり、セントポーリアは見る目がない」
吐き捨てるように男は言った。
それに思わず、呆れてしまう。
この男が言うように、セントポーリアに見る目がなければ、わざわざ王子殿下が恥知らずにも他国にまで手配書を送り付けることなどしないはずだ。
そして、セントポーリア国王陛下がそれを止めないのは、多分、実の娘の巻き込み防止だ。
あの手配書は恐らく、継承権が絡んだ問題なのだと思う。
彼女の魔力はそれほど優れていた。
あんなものを見せられては、長子継承が原則であるセントポーリアでも、その立場は揺らぐだろう。
現国王陛下は第二王子だったと聞いている。
第一王子が病死したために繰り上がったという話だった。
そうなると、セントポーリア王子殿下を殺して、魔力の強い彼女を王位に就けるために様々な人間たちが暗躍する可能性も否定できない。
それだけ、セントポーリアの王子殿下の魔力は心許ないのだ。
それを防ぐために、先手を打ってセントポーリアの王子殿下が異母兄妹である彼女を捉えて、まあ、確実に殺すためってところかな?
見知らぬところで死なれても、王子殿下は安心できない。
生きて、いつか、自分の地位を脅かすかもしれないと疑心暗鬼になるだけだ。
だから、国から彼女は逃げるしかなくなった。
巷で言われているような恋煩いとは全く方向性が違う話なのだと思う。
それを回避することはしなかったらしい。
いくら、セントポーリアが血族婚であっても、流石に異母兄妹と分かっていれば、許されるはずがないだろう。
倫理的よりもまあ、医学的な話。
近親婚は確実に遺伝子情報を壊すらしいから。
それに、単純に生理的な話。
片親しか血が繋がっていなくても、そんな相手に欲情するなんて、見境のない魔獣ですか!? ……って話だ。
一部は魔力のためと納得するかもしれないけど、大半は嫌がるだろう。
だから、セントポーリアの王子殿下に対して、自分は異母兄妹だと、認知されていなくても国王陛下の実子だと国に訴えることはできたはずなのに、それを選ばなかったということになる。
その根拠はあの体内魔気だけで良い。
あんなに純粋な風属性の体内魔気なんて、王族でもそう持っていないと思うんだよ。
そして、それを見ても信じないような視る眼を持たない人間ばかりならば、「親子の証明」を国王陛下にしていただくだけで簡単に証明できる。
まあ、それをしなかったってことは、そこに彼女自身だけじゃなく、セントポーリアの事情というのもあるのだろう。
どの国も面倒だし、闇が深い。
「ところで、アンヌ」
うるさいな~、考え事しているのに。
だけど、そのうるさい声は、私に構わず……。
「その娘の心の声は聞こえたか?」
そんな面倒なことを聞いてきたのだった。
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