呆れる御令嬢
この国に来て、思いのほか、いろいろなことに巻き込まれている気がしてならない。
この三年間、ずっと休む間もなく大変だった護衛たちの心労を少しでも減らしたかったのに、その結果、護衛たちは侍女へと身を窶し、本来の性別すらも偽って、もっと負担がかかることになってしまった。
いや、ちゃんとこの国の状況とか、アーキスフィーロさまの置かれている環境とか、そういった詳細を聞いていなかったわたしも悪いのだけど。
それに、トルクスタン王子もここまでの状態はご存じなかったようだからね。
アーキスフィーロさまはもともと口数が多い方ではない。
他国と連絡を取るにしても、そう多くは語らなかったことだろう。
何より、親族とはいえ他国の人間に、自分や国の弱みなど見せられるはずもないのか。
「シオちゃんは匿ってもらうのに一番条件が良かったって言うけどさ~」
マリアンヌさまは呆れたように肩を竦めて……。
「あのロットベルク家なら、シオちゃんをセントポーリアの王子殿下に売る可能性だってあると思うよ?」
そんな現実的なことを言う。
「ロットベルク家が満足できるほどの謝礼を、セントポーリアの王子殿下ができると判断すれば、その可能性はあるでしょうね」
ロットベルク家の財政状況はあまりよろしくないらしい。
だから、金銭をチラつかされたらあの当主さまの心が靡かないとは限らなかっただろう。
「でも、真っ当な判断力があれば、セントポーリアの王子殿下に伝えることなく、ローダンセの王族に引き渡した方が、ロットベルク家としてはいろいろな恩恵を受けられるとは思いませんか?」
その場合、金銭ではなく、利用価値や名誉的な話となる。
そして、他国よりも自国の利益にも繋がるのだ。
会話すらしたことがない他国の王族と、自分が仕えている自国の王家。
どう考えても、セントポーリアの王子殿下へ伝えるメリットの方が薄いだろう。
尤も、わたしの身はトルクスタン王子が守っていることになっている。
アーキスフィーロさまの婚約者候補として公表をしていないのだから、現時点でロットベルク家がカルセオラリアの許可なくわたしを自由にすることはできないということだ。
候補とはいえ公表を控えたのは、もともと当主さまがあまり乗り気でなかったことと、この国の王族たちの思惑が絡んでいる気がする。
本当なら、アーキスフィーロさまの縁談除けとして、でびゅたんとぼーるで当主さまから周囲に伝えてもおかしくないことなのに。
———— カルセオラリアの王族が庇護する自国最高の貴族子息の魔力に匹敵する娘
でびゅたんとぼーるで挨拶した時に、国王陛下はわたしの名前を知っていただけでなく、記憶していた。
それはロットベルク家がわたしのことを予め王家に伝えていたということだ。
その時点で、あの国王陛下を始めとして、ローダンセ王家は何らかの利用価値がわたしにあると考えたのだと思う。
そして、それ以上の情報が外に出ることを伏せた。
カルセオラリアの王族が守っていることすら、外には出していないらしい。
でびゅたんとぼーる後に届いた手紙の数々には、ロットベルク家よりも自分の家の方が良い生活をさせられるなどの保護を申し出るものが多かったから。
そこには当然あるはずの、「カルセオラリア」、「トルクスタン王子殿下」の文字がなかったのだ。
まあ、ルーフィスさんがそれとなく、わたしが気付くように選別していた可能性もあるけど。
あの当主さまにとって、ある種、誤算だったのは、あの舞踏会の会場で、アーキスフィーロさまの婚約者候補として紹介しなかったにも関わらず、わたしがかなり目立ってしまったことだと思う。
魔力の強さから王族に目を付けられることは予想していただろうけど、まさか、他の貴族たちが、魔力以外の部分で気にするような状態になるなんて考えもしなかっただろう。
これで、カルセオラリアの庇護から抜け出た後、すぐにローダンセの王族へ引き渡すことは簡単にできなくなった。
まあ、そんな事態になれば、迷わず護衛兄弟たちと逃げるつもりではあるけどね。
「随分、自分の身を軽く考えているんだね」
「軽くはないですよ。だから、三年以上、逃亡生活をしていたのですから」
自分の身を軽く扱えば、怒る人たちが多いのだ。
だから軽く見るわけにはいかない。
「本当に我が身を軽く扱っているのならば、誰も巻き込むことなく、セントポーリアの王子殿下のもとに身を寄せた方が問題ないでしょう?」
すっごく嫌だけど。
でも、それ以外に手がなければ、そうするしかなかった。
だけど、わたしを大事にしてくれる人たちが助けてくれている。
それは、あの頃からずっと変わらない。
だから、わたしが諦めない限り、それはずっと続くのだ。
「じゃあ、何故、アキを巻き込もうとしているの?」
「利害関係の一致ですね。わたしが近くにいるだけで、アーキスフィーロさまが救われる面もあるようですから」
主に虫除けである。
顔が良く、魔力の強いアーキスフィーロさまは、評判があまり良くなくても、いろいろ大変らしいなようだからね。
ロットベルク家の当主さまがそれを望んでいなかったとしても、「婚約者候補」と知られていなくても、わたしがアーキスフィーロさまの傍にいるだけで、誰だって無関係だとは思わなくなる。
この国では異性同士が二人きりで行動するのは、身内か恋人以上の関係らしい。
友人は異性だと一対一になることはないし、何より異性間に友情は成り立たないという考え方を持っているそうな。
だから、血縁でもないわたしが、ロットベルク家に居候している期間が長くなれば、不審に思う人が増えてくるだろうし、アーキスフィーロさまの側にいる姿を目撃されることが多くなれば、その関係は自然と邪推されると考えている。
「アキの体質については知ってる?」
「どれについてでしょうか?」
「魔力暴走と……、ああ、シオちゃんはアキの魔眼についても知っているっぽいね」
話を聞いた限りでは、マリアンヌさまも魔眼持ちらしい。
だから、効かなかった。
あるいは、効きにくかったのだろう。
それだけ、条件が良いのに……、何故、婚約解消したのだろう?
いや、アーキスフィーロさま側から見ればそうだけど、マリアンヌさまの方……、フェロニステ家からすれば、ロットベルク家と結ぶ理由がなくなった?
でもな~。
でびゅたんとぼーるで声をかけてきたフェロニステ卿の様子だと、そうでもなさそうだと思う。
本当に不要なら、アーキスフィーロさまに声をかける理由などないだろう。
うぬう!
分からぬ!!
「じゃあ、緊張するとアキは、役に立たなくなるのは?」
「役に……?」
はて?
そもそも、緊張したアーキスフィーロさまというのがよく分からない。
わたしといる時に緊張?
多分、していないと思う。
セヴェロさんがいるからかな?
あの人って空気を緩ませるからね。
ああ、ルーフィスさんが書類の説明をしている時ならば、少しだけ顔が強張っている気はする。
わたしも背筋が伸びるし。
でも、役に立たない?
動きが固くなったり、鈍くなるってことかな?
わたしが気にならない程度の緊張しか、まだ見たことがないのかもしれない。
「それは存じませんでした」
だから、素直にそう答えると、マリアンヌさまは小さく「そう」とだけ呟いた。
それがどこか、ほっとしたような気配があった気がするのは何故だろうか?
「アキの側にいるのが、シオちゃんで良かった」
ぬ?
どういう意味?
「ううん、こっちの話。シオちゃんがこの世界ではとんでもない悪女だったらどうしようかと思っていたけど、杞憂だったみたいで安心したよ」
まあ、いきなり現れて、元婚約者……、いや、幼馴染の側にいたら、警戒されるのは当然だろうけど……。
「マリアンヌ=ニタース=フェロニステさまが気づいていないだけで、実はかなりの悪女かもしれませんよ?」
「悪女は自分から悪女って言わないから。基本は全く似ていないのに、そんな所は、シオちゃんって、ケイちゃんによく似てるよね」
そう言って、マリアンヌさまは笑う。
「ワカとは今でも友人だと思っていますので、そこは否定できないところですね」
わたしがそう答えると、マリアンヌさまは目を瞠って……。
「離れてもシオちゃんから大事にされているケイちゃんが、ちょっと羨ましいや」
そう呟いたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




