見抜く御令嬢
「シオちゃんは、セントポーリアの王族なのに?」
そのマリアンヌさまの言葉は、わたしが改めて警戒するには十分の発言だったことだろう。
その事実は、ロットベルク家どころか、アーキスフィーロさまにもまだ伝えていない。
いや、ここにわたしを連れてきたカルセオラリアの王族であるトルクスタン王子にも、口にしたことはないのだ。
あの人は気づいているとは思っているけど。
それなのに、マリアンヌさまは断言した。
断言してしまったのだ。
だけど、これまでの話から、それはフェロニステ家独自の情報網……ではなく、別方面から確信しているのだと思う。
「マリアンヌ=ニタース=フェロニステさま。そう思った理由をお聞かせ願えますか?」
「そう思った理由? それは……」
マリアンヌさまは何かを言いかけて……。
「ああ、そうか。ソレを誤魔化すために、シオちゃんの身体は抑制石でいっぱいなのか」
納得された。
どうやら、わたしの身体に抑制石が付いていることも見抜かれているらしい。
首や腕の装飾品に紛れ込ませて身に着けている抑制石ならば、気づく人はいるだろう。
だが、マリアンヌさまは「いっぱい」と言った。
それは、わたしが一つ二つで足りず、今や全身に貼り付けていることに気づいたということだ。
装飾品として身に着けるには限界がある。
この国に来てからは専属侍女が、抑制石をちりばめた補装具を含めた下着を何種類も作ってくれたので、それを身に着けることが増えたのだ。
そして、それは石には見えない。
抑制石を砕いて、繊維に織り込む特殊加工をしているらしいのだ。
だから、わたしの補装具や下着は妙にキラキラしている。
ルーフィスさん以外がそれを知ることはないと思っていた。
でも、それにも気付かれていると考えた方が良いだろう。
「抑制石を多く身に着けているのは、魔力の強さを誤魔化すためです。強すぎる魔力は、思わぬトラブルを引き起こしますから」
本来の目的は魔力の強さと、魔法力の多さを誤魔化すためである。
だが、わたしに関しては、血筋を誤魔化すという目的がないわけではない。
わたしの魔力は誰の眼にも、父親似だと分かってしまうらしいから。
「あ~、確かに。今のシオちゃんの魔力なら、トルクスタン王子殿下がお連れしている女性たちを除けば、この国の国王陛下とも肩を並べそうだね」
それすらも見抜かれている。
「国王陛下と肩を並べる……とは、言い過ぎではありませんか?」
ローダンセはウォルダンテ大陸の中心国であり、当然ながら、その頂点たる国王陛下が最も魔力が強く、魔法力も多いはずだ。
それに匹敵すると彼女は口にしている。
普通に考えれば、そんなことはあり得ない。
「ああ、本当にそういうのは良いから」
マリアンヌさまは何かを追い払うように、手をひらひらとさせながら……。
「私の眼を誤魔化せるとは思わないでほしいな、シオちゃん」
不敵な笑みを浮かべた。
「なんなら、あの『花の宴』でトルクスタン王子殿下がお連れしていたお二人の名前を、この場で言い当てても良いんだよ?」
さらに続けられた言葉。
それは、彼女たちの正体も分かっているということだ。
でも、それをわたしたちへの交渉材料として使おうとしていたわけではないらしい。
そんな気があるならば、もっと早くにそうしていただろう。
「彼女たちのことをフェロニステ卿はご存じなのでしょうか?」
「父上? 知らないと思うよ。私も教えてないからね」
マリアンヌさまは楽しそうに答えた。
やはり、フェロニステ家が情報を握っているわけではなく、マリアンヌさま自身が掴んだものらしい。
そして、先ほどから見え隠れしている情報。
「魔眼……」
「当たり」
わたしの答えに対して、躊躇いもなく正解だとマリアンヌさまは告げた。
「それは、魔力を視る眼なのでしょうか?」
先ほどからの話を総合するとそんな気がする。
マリアンヌさまは、わたしの体内魔気はともかく、九十九の魔力を込めた通信珠を、起動中の通信珠だと判断した。
しかも、その通信珠は袋に入っている上、普段は、懐に隠してあるのだ。
モノを見る前からそこにあるのが魔石ではなく、通信珠だと判断したことになる。
普通は、自分以外の人間の魔力を帯びていて、身に着けることができるのは魔石や魔法具だ。
それなのに、マリアンヌさまはそれを通信珠だと断定していた。
それが普通の感覚だとは思えない。
「ん~、その辺りのことは自分でもよく分からないけれど、私の眼には、人間や魔獣、精霊が体内に内包している魔力とか、生命力、霊力とかが視えるっぽいかな」
隠すこともなく、マリアンヌさまはペロリとそれを口にした。
つまり表面上に滲み出ている体内魔気ではなく、体内を循環していると言われている体内魔気を見抜けるってことになる。
同じように他者の体内魔気に敏感な真央先輩は、視ているわけではなく感覚でなんとなく……と言っていたから、性質が違うのだろう。
「その能力について、フェロニステ卿はご存じなのですか?」
「いや、知らない。聞かれたことはないし、わざわざこちらから教える必要は全くないでしょ?」
先ほどは推定だったけれど、今度は断定。
トルクスタン王子の侍女たちについては、フェロニステ家が独自に調べられなくもないだろう。
若返りの薬を服用した水尾先輩はともかく、真央先輩は髪色と瞳の色は変えているものの、王女としての姿も、昔から知っている人は分かる可能性はある。
体内魔気をかなり誤魔化しているから分かりにくくはなっているだけだ。
それに、非公表ではあったが、カルセオラリアの第一王子の婚約者をしている時期もあった。
それから、割り出せなくはないが、そのためには、情報国家並に調べなければそこに辿り着くことは難しいだろう。
だけど、難しいだけで、ゼロではないのだ。
でも、マリアンヌさまの能力は違う。
本人が口にしない限り、露見することはない。
そう、誰も知ることはないはずなのに……。
「父親にもお伝えしていないことを、何故、わたくしに教えてくださったのですか?」
そこが分からなかった。
先ほどから何度もそれらを匂わせるようなことを口にしている。
そんなことを言わなければ、鈍いわたしが気づくこともなかったのに。
いや、心を読めるセヴェロさんが背後にいるのだから、後から分かったかな?
分かったとしても、セヴェロさんがそれを教えてくれるわけはないか。
「思ったよりも、シオちゃんの警戒心が強いから……かな?」
マリアンヌさまはニッコリ笑う。
「こちらが知っていることを明かさないと、のらりくらりと躱されちゃうでしょう?」
それにしてもリスクが高い気がする。
いや、わたしや水尾先輩と真央先輩のことに気づいているだけで、脅しのネタとしては十分と判断したのかもしれないけれど。
「だから、ちゃんと答えて。セントポーリアの王族の血を引きながら、アキに近づいたその理由を」
ぬ?
アーキスフィーロさまに近づいた理由?
「わたしが、セントポーリアの王族に追われていることはご存じですよね?」
「うん。あれも結構、びっくりしたけど、シオちゃんに会って分かったよ。セントポーリアの王子殿下よりもずっと濃い風属性の魔力だもんね。純血主義と言われるあの国なら、王子殿下よりも国王陛下の第二妃候補として追われていても驚かないよ」
そこは驚く。
主にわたしが。
いや、本当は認知されていないだけで実子だからね。
神剣ドラオウスもうっかり抜いちゃったからね。
その時点で国王陛下の直系血族と証明されている。
セントポーリアの国法と照らし合わせても、王妃殿下がいなかったとしても、わたしが妃になれるはずがない。
だけど、マリアンヌさまは、もしかしたらわたしがセントポーリアの王族の血をひいていることには気付いても、父親が国王陛下だとは思っていないのかもしれない。
風属性の濃く強い魔力。
それだけで王族と判断した?
「セントポーリアは一夫一妻制の国です。流石にそれはあり得ません」
一応、実子という部分は伏せて、無難な回答をする。
「あ、そうだった。この国とはそこが違うんだね。あ~、だから、王子殿下が追うことになるのか~」
マリアンヌさまは手を叩いて納得された。
この様子だと、他国のことにそこまで明るくもないようだ。
セントポーリアが純血主義ってことは知っているようだけど、一夫一妻制であることはご存じなかった。
まあ、他国のことなんて、城の文官でも外交を担当しない限りは知らないことの方が多いだろうけどね。
「でも、それとアキは関係ないよね?」
「わたしが、国から逃げていると知ったトルクスタン王子殿下が、親戚であるアーキスフィーロさまをご紹介してくださったのです」
それが全てでもないけれど、おおよそ間違ってもいない話。
「それって、世話になるのはロットベルク家……、アキじゃなくても良かったってこと?」
マリアンヌさまの目が鋭くなる。
「はい。匿っていただく上で、一番条件が良かっただけです」
数ある候補の中で、一番、安全性が高そうなものを選んだ……はずだったんだけど、本当に自分が考えている通りに物事は進まない。
わたしはそう思ってため息を吐きたくなるのをなんとか我慢するのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




