子息の庇護
『何故、貴女は、アーキスフィーロ様に庇護を求めたのですか? 全く、必要がないでしょう?』
わたしの過去を読んだセヴェロさんは、真剣な眼差しでそう問いかけた。
「必要ですよ」
だから、負けない。
怯まない。
「わたしが、護りたいものを護るために」
そのために、ここで引くわけにはいかないのだ。
『貴女なら護れるでしょう? アーキスフィーロ様よりずっと立場が強い人たちと縁を結んでいるのです。こんな吹けば飛ぶような貴族とは名ばかりの家の、跡継ぎでもない男よりもずっと強いモノをお持ちです』
セヴェロさんはそう言うが、わたしは別に自分の立場が強くなくても良いのだ。
「強い立場の人に守られたくはないのです」
だから、そう言った。
「表舞台の目立つ場所ではなく、国の片隅でひっそりと平和に暮らしたい。それが願いです」
その上で、護りたい人たちも護ることができれば、それで良いのだ。
『いや、無理だろ』
わたしの言葉に対して、現状を知る精霊族はあっさりと否定する。
しかも、より強い言葉で。
『「聖女」や「神子」はともかく、「王族」として生まれた以上、責任は果たすべきだ。まあ、命を狙われるなら逃げたくなるのは分かるが、万一、捕まっても次世代を生むだけだろ? 他国で貴族の子を生むよりは、自国で王族を増やす方がよっぽどか、世界のためになる』
さらに強く深く突き刺してくる。
確かに、精霊族視点からはそうだろう。
大気魔気の調整には王族の血とその魔力が必要だ。
そうすることで、その大陸は落ち着き、この世界の安定へと繋がっていく。
それを知る精霊族ならば、わたしの自分本位な行動や考え方は、人類どころか世界そのものを滅ぼそうとするように見えるのかもしれない。
『「王族」の立場が自分を護ってくれたことがないなんて甘えたことは言うなよ? 「王族」に生まれただけで、その身体や魂は十分、普通以上に護られているんだ。その上、何不自由なく生きていけるのも、結局はその王族だからだろ?』
さらに、逃げ場なく正論を叩き込まれる。
分かっている。
わたしがあの国から出ていることも、王子殿下から逃げ続けることができているのも、結局は、王族だから許されていることなのだ。
本当に何の力もない庶民ならば、そんなこともできない。
あの王子殿下から目を付けられた時点で、国から逃げ出すこともできず、なす術もなく捉えられた後、次世代を生むだけの道具として扱われていたことだろう。
だけど……。
「それが、どうかしましたか?」
そんな国や世界の事情など、わたしの知ったことではないのだ。
これは、わたしが人間界で育っていたために、この世界を護ると言う意識が少し希薄なせいだと思う。
確かに何も知らなかった頃に比べたら、護られていることも、自由にさせてもらっていることも自覚はしているし、理解もしている。
だが、そうするための許可はちゃんともらっているのだ。
それも、その国の頂点である国王陛下から。
だから、これからも自由にする。
それだけの話である。
世界のために尽くせ?
無理だよ。
世界のためにこの身を捧げろ?
冗談じゃない。
世界を滅ぼしたいわけではないけれど、じゃあ、そのためにわたしだけが何かしなければならないというのは納得できるはずがない。
それに……。
「我が国の事情も、わたしの事情も、セヴェロさんには関係のない話ですよね?」
わたしがそう言うと、セヴェロさんは目を見張った。
セヴェロさんは精霊族だが、同時に、この国にいる貴族子息に仕えている以上、この国に縛られているとも言える。
だから、他国の事情に首を突っ込むことなどできないし、そこの国王自身がわたしの自由を認めているのだから、何も口出しはできないだろう。
「それに、甘えている自覚はありますが、嫌なものは嫌と拒むことが許されるのも、この世界の王族でしょう? それは、わたしよりもアーキスフィーロさまやセヴェロさんの方がご存じなのではありませんか?」
わたしは、できるだけ堂々と、そして、傲慢にそう言い切った。
貴族子女……、いや、我儘が許され続けた王族のように。
自分に従わぬモノなど切り捨てても当然と言うように。
それは、目の前の精霊族が最も嫌いなタイプだろう。
理由はまだ分からないけれど、この精霊族は、アーキスフィーロさま以外の王侯貴族に対して、かなりの敵意を見せている。
最初の出会いが、城の裏庭で、しかも弱っていたらしいから、何かあったのだろうとは思うのだけど、それを聞き出そうと思うほど、わたしは無遠慮にはなれなかった。
『それが、貴女の本性ですか?』
そこにあるのは明らかに嫌悪の表情だった。
でも、ちょっとこの精霊族にしては分かりやすすぎる。
もっと表情を隠せるはずなのに、それをわたしに見せている点がちょっと気になった。
それなら、少し、煽ってみるか。
それで、何かあっても、背後には気配を殺して待機している専属侍女がいる。
わたし以上に精霊族に対抗する術を研究しているヴァルナさんなら、何が起きても、護ってくれるだろう。
かなり、他力本願な考えではあるが、虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もある。
だから、ちょっとだけ頑張ってみようか。
「さあ? わたしの過去を見て、さらに心を読めるあなたなら、本当のわたしかなんて、わたし以上に理解できているのではありませんか?」
大体、どれが本当の自分かなんて分かるはずがない。
そんなのわたし自身が知りたいぐらいなのだ。
無警戒、無防備と呼ばれることが多い人間界育ちの「高田栞」。
そう見せておいて、精霊や神に関しては、正神官並の知識を持つ「聖女の卵」。
そして、神や精霊に縁があり、少し歌っただけでも神力が漏れてしまう「神子」。
そのどれもが、この世界の「普通」の枠組みからちょっとだけずれている。
でも、あえて言うのなら、どれも本当のわたしなのだろう。
この世界で生まれたシオリも、人間界で育った高田栞も、「聖女の卵」となった高田栞も、どれが欠けても今のわたしではないのだから。
「それとも、思ったより悪女だったから、セヴェロさんは、わたしをアーキスフィーロさまの婚約者候補としては認めません?」
その可能性はあると思っている。
わたしはアーキスフィーロさまに告げるべきことを告げていない。
その出自もさることながら、ストレリチアで聖女認定に王手をかけている状況であることも、セントポーリアの王子殿下から追われている本当の理由も、それ以外の重要な情報を含めてかなりのことを隠しているのだ。
その言動の割に、アーキスフィーロさまのことを一番に考えている従僕ポジションにいるセヴェロさんがわたしを認められないのは当然だろう。
『は? 悪女?』
だが、セヴェロさんは疑問を浮かべた。
『失礼しました。ですが、先ほどの発言から、シオリ様は、前々から思っていた通り、アーキスフィーロ様に全く、見合っていないと確信することができたと思います』
「それはそうでしょう」
アーキスフィーロさまは不遇な幼少期を過ごしてきたが、わたしはかなり恵まれていた。
苦労知らずと言っても良いだろう。
だから、無警戒、無防備と言われることが多いのだと思う。
そんなわたしがアーキスフィーロさまに釣り合うなんて思ってはいない。
だが、わたしたちは、互いの身を護り合うための契約関係でしかないのだ。
それならば、性格とか、相性とか些細なことだろう。
アーキスフィーロさまはわたしを尊重してくれるし、わたしもそのつもりでいる。
だから、周囲がなんと言おうと、この関係を当分、続けることができればと思っているのだ。
『いえ、絶対、シオリ様はご理解していないと思います』
「え?」
『あまり時間もないことですから、手短に言いますけど、シオリ様が自分を犠牲にしてまで、無関係なアーキスフィーロ様を護る必要なんてないんですよ?』
セヴェロさんは先ほどまでと打って変わって、そんなことを口にしてきた。
これは、下手に出て、考えを変えさせようとしているのかな?
そうじゃないと、この変貌はちょっとおかしいよね?
「自分を犠牲にしているつもりはありませんが……」
『でも、アーキスフィーロ様の境遇に同情している部分はあるでしょう?』
「そこは否定しませんね」
苦労人だしね。
いろいろ大変だったと思う。
味方が少なすぎる点も気にかかる。
自分ぐらいは味方になりたいと思う程度には、わたしは、アーキスフィーロさまに同情心を寄せているのだろう。
『同情だけの関係なら止めていた方が、お互いのためですよ?』
「でも、情のない関係よりはずっと良いと思いませんか?」
お互いに打算に基づく関係である。
そこに当然ながら愛はない。
その辺は、アーキスフィーロさまも始めからそう言っていたので、わたしも特に気にしていないことだ。
だけど、互いに利害関係だけで全く無関心でいるよりはマシだと思う。
変に恋人関係になるよりも、友人関係の方が長続きもしそうだしね。
そんな風に考えていたのだが……。
『でも、シオリ様には……』
そこで、セヴェロさんがとんでもないことを言ってくれた。
『恋人がいらっしゃるのでしょう?』
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