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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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子息と朝食

「明日の準備はもうできましたか?」

「はい」


 アーキスフィーロさまからそう確認されたので、わたしは返答する。


 尤もわたしが準備するのは心ぐらいだ。

 全ては有能すぎる二人の専属侍女たちにお任せしている。


 明日の付き添いはルーフィスさんなので、心配もしていない。


 ヴァルナさんは今日、わたしに付き合ってくれることになっている。

 こちらも心強い。


 わたしの護衛(ごえ)……、専属侍女はどちらも素晴らしいね。


「嫌なら、今からでも断れますよ?」

「陛下からのお言葉です。それは無理でしょう」


 アーキスフィーロさまはどこまでもわたしに気遣ってくれる。


 だけど、不思議だ。

 明日の登城よりも、今日、これからのことが話題になるかと思ったのに、違うらしい。


 現在、わたしはアーキスフィーロさまと朝食をともにしている。


 夕食に関しては、交流の意味もあって、割と毎日一緒に取るようにしているけど、朝食や昼食は、アーキスフィーロさまから申し出があった時だけである。


 わたしの方は、時間が有り余っているけれど、アーキスフィーロさまはそうではない。


 あの大量の書類仕事はなくなっても、全ての仕事がなくなったわけではないのだ。


「本日はお仕事のお手伝いができなくて、申し訳ございません」

「それは気にされないでください。これぐらいの量ならば、私、()()()()()()ですから」


 わたしは今日、初めてアーキスフィーロさまがいない状況で、外に出ることになっている。


 それはこの家に来てからは初めてのことだった。


 それだけこの国ではほとんど外に出ていないと言うことでもあるのだけど、ちょっとドキドキしている。


 本日、わたしはアーキスフィーロさまの元婚約者であるマリアンヌさまにお会いするのだ。


 そして、連れて行く侍女はヴァルナさん。

 ルーフィスさんは顔が知られている可能性があるから……、らしい。


 まあ、既にマリアンヌさまが所属している同好会(同好の士の集い)……、「バラとひなげしの会」に潜入しているらしいからね。


 尤も、ルーフィスさんのことだから、ちゃんと変装しているだろうし、いつもの存在を希薄にする眼鏡もかけているとは思っている。


 あの人がその辺に抜かりがあるはずがない。


「お一人……、ですか?」


 背後から声がした。

 本日、別行動予定のルーフィスさんだった。


 朝と、お出かけの支度はルーフィスさんがやってくれることになっている。

 他者に「更衣魔法」が使えるからね。


 ヴァルナさんは自分自身の御着替えしかできないらしい。


 そして、わたしはどちらもできない。

 違う姿に変身することはできるのに不思議である。


「はい。一人です」


 あれ?

 ルーフィスさんが問いかけるまで気付かなかったけれど、一人ってどういうことだろう?


「シオリ嬢、本日の外出には、このセヴェロもお連れください」

「え?」


 アーキスフィーロさまの申し出に首を捻った。


 セヴェロさんも?

 いやいや、この国では女性のお供に男性というのはあまり好ましくないと聞いている。


 護衛すら女性である必要があるらしい。

 だから、わたしは専属侍女兼護衛を連れて行くのだけど。


「セヴェロは、性別を変えることができます。貴女の護衛として、是非、お連れください」

「それでは、その間、アーキスフィーロさまの護衛兼従僕がいなくなってしまいます」


 お世話係がいなくなってしまうのだ。

 それはそれで問題だろう。


「今日一日ぐらい、大丈夫ですよ」

「わたくしには、ヴァルナさんが付いてきてくれます。それで、十分です」


 わたしは庶民だ。

 本来なら、侍女など連れず、単独行動をしていても、不思議ではない。


 一般市民に、護衛や侍女を付ける余裕なんてないのだ。


 だが、それを許さないのが、わたしの護衛……、専属侍女たちである。

 ありがたい話だ。


「ヴァルナ嬢がお強いのは重々承知です。それでも、外では何が起こるか分かりません。シオリ嬢がご存じの通り、精霊族の血が流れているヤツは、他者の心が読めます。あんな男でも、いないよりはマシでしょう」


 なかなかに酷いことを言っている気がする。


 従僕であるはずのセヴェロさんの口も悪いけど、主人となったアーキスフィーロさまも結構、負けてないよね?


 もしかして、これが素なのかな?


 中学時代はほとんど会話らしい会話をしていなかった。

 友人というよりも、級友、知人といった存在。

 周囲からも口数が少なく、感情表現もあまりないと認識されていた同級生。


 でも、昔の話を聞いた今なら分かる。


 アーキスフィーロさまは、他者と接することに慣れていないだけだったのだ。

 あんな過去を背負っていたなら、それも当然だろう。


「私は、今日、一日、部屋にいます。ですから、セヴェロをお連れください」


 寧ろ、押しかけて婚約者候補に納まったも同然のわたしに対して、ここまでの気遣いをしてくれる方が驚くべきことだと思う。


 でも、アーキスフィーロさまにとって、セヴェロさんは唯一の従僕だ。

 彼がいなくては食事とかの支度もどうするのだろうか?


 いや、そんな遅くなるつもりはないのだけど。


『あ~、シオリ様。こうなったら、アーキスフィーロ様は曲げませんよ~。見た目通り頑固な人なんで』


 そこでセヴェロさんが口を挟んできた。


『少しの時間、申し訳ありませんが、()()させてください。シオリ様にとって、悪いようにはしませんので』

「セヴェロ」


 セヴェロさんの言葉にアーキスフィーロさまが顔を顰める。


『事実でしょう? あの女が何を考えてシオリ様に接近しようとしたのか、分かりませんから』

「ああ、わたしの監視じゃないんですね」


 セヴェロさんが「監視」という言葉を使った時点で、てっきり、そっちが本当の目的かと思った。

 アーキスフィーロさまから離れた場所で、わたしが、何を企むか……その見張りという意味だと。


「そんなはずはないでしょう。私は貴女を信用しています」

『それもありますね。シオリ様は目を離すと、何をしでかすか分かりませんから』


 ほぼ同時に、真逆のことを言われた。


「セヴェロ」

『これも事実です。ああ、ですがこの場合は監視ではなく、お()……、失礼、見守りになりますね』


 セヴェロさんが苦笑する。


 今、「お()り」と言いかけたのは分かった。

 いや、ほとんど言っていた。


 でも、それだけ、セヴェロさん視点からは、わたしが信用できないってことだろう。

 まあ、登城することになったのも、わたしのせいだからね。


 寧ろ、「信用している」って言い切ってしまうアーキスフィーロさまの方が心配だ。

 そんなに簡単に、会って間もない人間に気を許してしまって良いのか。


 それでも、今のわたしに言える言葉はこれだけだ。


「お気遣いいただき、感謝します。申し訳ありませんが、少しの間、セヴェロさんに付き合っていただきますね」


 わたしを信用してくれているのだ。

 そんなアーキスフィーロさまの心を無碍にするわけにはいかない。


 それに、アーキスフィーロさまだけでなく、セヴェロさん自身にも、わたしに同行する目的があるということは分かった。


 それならば、変に嫌がる必要もないだろう。


 心を読めるセヴェロさんが近くにいてくれるなら、心強いことも確かだ。

 わたしは他者の心の機微に疎い部分があるからね。


『良かったです。シオリ様にフラれたら、ヴァルナ嬢と一緒にいる機会が減ってしまいます』


 セヴェロさんが不思議なことを言った。


「お前……」

「ヴァルナさん?」

『今日の護衛(ごえ)……、いえ、シオリ様の付き添いはヴァルナ嬢でしょう? 意外と少ないんですよね~。ヴァルナ嬢とご一緒できる機会って』


 セヴェロさんが嬉しそうに言った。


 これって、セヴェロさんは本当にヴァルナさんのことが好きってことだろうか?


「目的以外の不純な動機があるなら、お前をシオリ嬢に付き添わせるわけにはいかない」

『不純? これは、この上なく純粋な好意です』


 セヴェロさんは悪びれることなく、言い切った。


『嫌いな女の前に行くんですよ? 少しぐらい、ご褒美があっても良いじゃありませんか。シオリ様もそう思いません?』

「わたしからはなんとも……」


 コメントに困る。

 本来の性別的な問題はあるかもしれないけど、セヴェロさんは性別を変えられるらしい。


 それなら、問題はない?

 いや、凄く大きな問題がある。


 ここにはいない、当人(ヴァルナさん)自身の気持ちだ。


 これを無視して話を進めることはできない。


「何度か言ったが、()の従僕とシオリ嬢の侍女なら、立場的に認められない。いい加減、諦めろ」


 もう既に何度も言われているらしい。

 そして、アーキスフィーロさまは、立場上、認めることができないのか。


 その辺の関係というのがよく分からない。


 それって、互いが想い合っていれば良いと言う話ではないってことだよね?


『なるほど。そうなると、アーキスフィーロ様とシオリ様が無関係になるまで待ちますか』


 セヴェロさんはそんな冗談なのか本気なのか分からないことを言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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