子息の知らない所で
「ぬう……」
セヴェロさんの言葉を思い出す。
―――― あの女の中に、そんな願望がないと、どうして言えましょうか?
その問いかけになんと答えるのが正解だっただろうか?
勿論、想像したからと言って、それが必ずしも、自身の願望、希望と一致しているとは限らない。
わたしの一言魔法がそうだ。
自分では細部まで考えているつもりなのだけど、創造された状態は、時々、見当違いの効果を発揮することがある。
だが、一致しないとも限らないのだ。
それは本人も分かっていない奥底の話ということだろう。
でも、無から有が生まれないことは納得ができる。
知らないものを想像するにしても、そのきっかけとなるものが、ヒントが、ひらめきが必要なのだ。
単純にわたしの想像力が貧困なだけかもしれないけれど、引き出しに入っていないモノを外に取り出すことができないのと同じで、何もない状態から思いつくってかなり難しいだっていうのは分かる。
「栞様」
記憶にあるよりも高い声で呼びかけられる。
「そろそろ、寝た方が良いですよ」
濃藍の髪、翡翠の瞳の専属侍女が気遣うように声を掛けてくる。
「それは分かっているのだけど……」
なんとなく、眠れなかった。
先ほどのことが頭を廻り巡っていて、止まらないのだ。
本当なら別のことも聞きたかったのに、それをして良いような雰囲気でもなかったし。
「せめて、寝台で休んでください」
そんな風に迷っているわたしを寝台へ行くように促す専属侍女。
久しぶりに、世話焼きが発動しているようだ。
そう言えば、こんな時間にこの部屋にいるのは珍しい。
「寝るまで付いていてくれるの?」
「そんなわけないでしょう? 栞様が寝台へ行ったら、とっとと退室します」
微妙に素が出ている気がする。
疲れているのかな?
「ヴァルナさん、お疲れですか?」
わたしがそう尋ねると……。
「何も問題はありません」
そう素っ気ない返答をされた。
つまり、それが答えだ。
わたしの問いかけに対して、ちゃんと返事をしていない。
どこか曖昧で、誤魔化すような言葉。
嘘が吐けない人らしくて思わず笑ってしまう。
「わたしはもう休みますから、ヴァルナさんもゆっくり休んでください」
この部屋は無駄に防衛機能が整っている。
一市民には過剰なほどの護り。
その上で、彼らはわたしの周囲に対する警戒を怠らない。
ゆっくり休めと言っても休んでくれないことは知っているけれど、それでも、できれば少しでも疲れを取って欲しいと思う。
「ああ、でも、その前に、聞いておきたいことがあります」
今のうちに、誰も周囲にいない時に、ヴァルナさんに聞いておきたかった。
「聞いておきたいこと……ですか?」
見当がつかないのか、ヴァルナさんは可愛く小首を傾げる。
これが本当は男性だなんて誰も分からないだろう。
雄也さんほど女装が板についているわけではないが、十分、可愛らしい。
「例の『バラとひなげしの会』について、どう思いますか?」
わたしとしては、人間界で言うサークル活動、以前、カルセオラリアで結成された「お絵描き同盟」のように、同じ趣味を持つ人たちの集まりといった印象しかない。
だが、昔から、この世界を知る人たちにとっては別の意味を持っている可能性もある。
ルーフィスさんの意見を聞く前に、まず、わたしと同じように、直接、話を聞いていたヴァルナさんに、まだ誰の意見にも左右されていない状態で聞いておきたかった。
「そうですね……。危険な思想を植え付ける集団だと思います」
少し考えて、そう結論付ける。
どうやら、人間界を知るヴァルナさんも危険だと判断したらしい。
「それは……、何故?」
「これが趣味の範疇なら何も問題はありません。ですが、その『バラとひなげしの会』は、強引な勧誘、思考の誘導、悪質なデマを流すような集団だと聞き及んでおります」
「ええっ!?」
何、それ!?
セヴェロさんもそんなことは言っていなかったのに……。
「それがどこまで本当かは分かりません。市井にはそれが真実として面白おかしく口に上っていることは確かです」
ああ、そんな噂が城下で流れているって話か。
その真偽はともかく、お貴族さまの変わった御趣味は、市民から見れば話のタネでしかないのだろう。
「熱狂的な思想は時として、妄信的な狂気を生み出します。似たようなものに『偶像崇拝』という言葉がありますが、どちらかというと、その『バラとひなげしの会』は、『宗教的崇拝』と呼ばれる種類の信仰に近いかと存じます」
「あ~」
その言葉だけでなんとなく理解できてしまう。
増えない掛け算は時として、宗教論争、派閥闘争にも似たものを引き起こすと聞いたことがある。
つまりはそれと似たような意味なのだろう。
宗教なら、その信じる神、流派、教えの解釈などの宗旨が論争になるが、非生産的な同性の掛け合いとなると、どちらが「男役」、「女役」になるかで激しい争いが繰り広げられるらしい。
そして、登場人物たちの性格の解釈が違うことは仕方なくても、「逆カップリングは相容れない」とか、「交互は許せない」とか、かの少女より中学時代に熱く語られた覚えがある。
どうでも良いが、「攻め」の対義語が「守り」でないことに疑問を持ってしまったのは、わたしがソフトボールをやっていたからだろうか?
でも、それって誰が考えた言葉なんだろうね?
「つまりは、危険な集団だと?」
「現段階ではなんとも言えないところですね。熱狂的ではありますが、確かに、栞様の言う通り、特定個人を攻撃するような存在ではないのです」
「でも、アーキスフィーロさまと第五王子殿下は毒牙にかかっている……とか?」
セヴェロさんの話ではそんな感じだった。
「知っている人が読めば、そう取れるというだけで、実際、本名も出ていませんし、立場も違うようです。それにマリアンヌ様自身が話しているわけでもないとのことでした」
「ぬ?」
あれ?
今の発言は……。
「言っとくけど、オレはソレを読んでねえぞ。兄貴からの情報だからな」
「ほげっ!?」
突然の男口調。
でも、声は高いという不思議。
不意打ちすぎて、心臓が落ち着かなくなる。
いや、わたしが気にすべき点はそこじゃない!!
「そんな書物が存在するって二人は知ってたの!?」
「書物というよりも……、それぞれの妄想メモの回し読みをしているらしいですよ。流石に製本化する度胸は、今はまだ、ないようですね」
「おおう」
なるほど、同人誌ではなく、まだ簡素な構想の段階。
でも、好きなものって、少しの素材だけでも存分に熱く語れるよね~。
その気持ちは分かってしまう。
自分もゲームや漫画が大好きだったから。
「そうなると、ルーフィスさんは既に、その現場に入り込んでいるってこと?」
わたしの専属侍女をやりつつ、そんな所に潜入捜査までしているなんて……。
「ルーフィスだけではなく、リア様も御一緒だと聞いております」
「ぬ?」
何故に真央先輩?
「女性がいた方が良い、と」
「き、危険では?」
先ほどの話では熱狂的で妄信的な宗教を思わせるような口ぶりではなかった?
そんな所に雄也さんだけならともかく、真央先輩まで?
「ノリノリらしいぞ」
「へ?」
またも聞こえた男口調。
「失礼、リア様はかなり馴染んでいらっしゃるようです」
「そ、それは……」
良かった……のかな?
真央先輩、そっちもおっけ~な人だったのか~。
それは知らなかった。
「男女に置き換えて考えると、かなり面白いそうだ」
「……それは……」
その「バラとひなげしの会」本来の目的から外れちゃっているような気がするのはわたしの気のせいでしょうか?
いや、その人たちにそれと気付かせなければ問題はないのか。
そう言えば、真央先輩は恋バナが好きな人だった。
なるほど、ノリノリになるわけだ。
異性同士も同性同士も、お互いが好き合っていることに、変わりはないのだからね。
でも、そっか~。
この国に来てからは、九十九は水尾先輩と魔獣退治に行っていると聞いている。
そして、雄也さんは真央先輩と行動することが多いってことになるのかな。
立場上、それは仕方のないことなのだけど、ちょっと寂しく思えてしまうのは、どうしてだろうね?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




