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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~

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薬の効果

『これからジギタリス国内へ向かうルートを説明するが……』


 雄也先輩がそう言いながら地図を広げた。


 ファンタジー世界の地図といえば、羊皮紙みたいなどこか古めかしいイメージがあったけど、薄くて丈夫そうで、人間界よりも紙の質は良いんじゃないかって思える。


 個人的にこの紙を使わせて欲しい。


 ツルツルしすぎていると、絵も描きにくいし、字も書きにくいことを製作者がよく分かっている感じ。


 いや、そもそもこの紙が動植物から作っているのかどうかも分からないのだけど。


 地図そのものは、街道や森、近くの位置図を書いているだけの簡素化されているものだった。

 この辺りはファンタジーっぽい。


 でも、凄く疑問に思うことがある。


 セントポーリア王城も、城下の町も描かれている。

 そして、昨日まで滞在していたグロッティ村もしっかりあるのだ。


 でも、これから目指すジギタリスという国だけど、その城と思われるものは見当たらなかった。


 ジギタリス国内の村は点在しているが、その先には森しかなく、さらに先の海岸線には港町っぽいものはある。


 もしかして、城のない国なのだろうか。


『今はこの辺り。国境がこの薄い青で書いている線だよ』


 指示棒のようなもので一部を丸く囲む。

 街道から外れた森の中だというのによく場所が分かるものだ。


『ところで、先輩』


 水尾先輩がどこかイライラしたような声を出す。


『この状態はいつ治るんだ?』


 そうなのだ。

 まだわたしたちは姿が消えたままの状況だった。


 先ほどまで食事をしていたのだが、この状態で四人が囲む食卓はなんとも言えぬ不気味さがあり、流石の水尾先輩も食が進まなかったようだ。


 幸い、口に入れた物までは見えず、噛んだ瞬間に食べ物も消えていくのだが、事情を知らない人間がそれを目撃してしまったらただの怪奇現象にしか見えないだろう。


 ファンタジーとオカルトが両立するかは分からないが、どちらも通常ではありえない不思議な光景という意味では大差がない気もする。


『もう少しかな。個人差があるからはっきりと断言はできないけれど……』


 確かに個人差はあった気がするけど……、大体、同じぐらいの時間には戻った。


『自分の魔気がずっと感じられないってのはこんなにも不安なんだな。自分で自分を信じられないような変な感覚がする』

『人間界でもある程度魔気を抑えていたんじゃないか? 貴女の魔気を僅かでも漏らすと一部の敏感な人間が大混乱する可能性もあったと思うが』

『私も薬で制限していただけで完全に無にしていたわけじゃない。ほんの僅かも感じない状態なんて初めての感覚なんだよ』


 どうやら、水尾先輩のイライラの原因は姿が見えないよりも魔気ってやつを感じられない現状にあったようだ。


『高田はよく平気だな』

『わたしは魔気を感じられない状態が普通なので、違和感がないんだと思います。逆に魔気を感じるようになったなら、落ち着かなくなりそうですね』


 どんな感じに視えるのかはまだ分からないけど。


『あ~、情報量が変わるからそれはあるかもな。オレは魔気を感じない状態が薬のせいだって分かっているから水尾さんほど気にはならないが。魔法も使えるし』

『魔気を感じられない状態で魔法が使える少年も結構、驚きだよ。私は怖くて魔法を使う気もおきない』

『薬に対する感情もそれぞれだな。なかなか興味深い』

『魔気を完全に消すってのは本当にすげーって思うよ。でも、不味いし、姿見えないし、気配感じられないし、魔気が分からないし、不味いし。不安しかねえ』


 あ、不味いって二回言った。

 でも、そう言いたくなる気持ちは分かる。


 それだけあの薬は美味しくないのだ。

 必要がなければ自分から進んで飲みたくはない。


 そんなことを言っていた時だった。

 まず、水尾先輩の姿が現れた。


「お? 手が見える」

『戻りましたね』

「あ~、自分の魔気を感じるってこんなに幸せなことだったんだな~。凄く生きてることを実感するよ。新感覚だ!」

『オレたちはまだ姿、出てないんスけど』

「嫌味で言ったわけじゃねえぞ。でも、ホントに不思議な薬だな。魔法封印とも違うみたいだ。魔法を封印されても魔力を封印されても自分の気配も魔気の流れも分かるらしいからな。それすらないってど~ゆ~ことなんだ?」


 水尾先輩は首を捻る。


『さあ? この薬については、原理はさっぱり分からない』

「先輩ともあろう男がそんな不確かなものを使うとは……」

『人体に悪影響もなく、ちゃんとした効果が見込まれるなら難しい理論などは必要ないだろう?』

「……先輩って意外と大雑把?」


 確かにちょっと意外な気がする。

 雄也先輩ってもっと、いろいろ理論を構築した上で、結論付けるイメージがあったから。


『そもそも、この薬の製作者がそんな小難しいことを考えるようなヤツじゃないからね。この薬も元は「魔力増幅」の予定だったらしい』

「真逆じゃねえか! なんで魔力を増幅させようとして人間の存在を魔気ごと消す薬になってんだよ」

『それだけ聞くとかなり物騒な薬に聞こえるな』

「薬を作るってそれだけ難しいんですね」

『魔界では状態変化の法則が人間界とは違うからな。だから薬も料理も難しい』


 わたしの言葉を聞いて九十九がそう答える。


「料理と薬……。それなら、少年は薬の調合もイケるんじゃねえか? 腕の立つ調理師だけじゃなく、薬師も魔界では貴重だぞ」

『薬まではオレもできませんよ。一般的に知られている薬品はともかく、独自に作るとなると料理以上に繊細ですから』


 加えて作ろうとすると何故か調味料や香辛料になりやすい……と、どこまでも料理人気質な言葉も後に続く。


 本人としてはその辺りは不本意なのだろう。


「薬品加工はできても、自分で調合となるとやっぱり少年でも難しいのか」

『……水尾先輩は薬品加工ができるんですか?』


 ふと気になって聞いてみた。


「ああ、ちょっとした疲労回復とか簡単なものぐらいなら」

『そう考えると料理とは違うってことですね?』

「なかなかいい度胸だな、後輩」


 でも言われてみれば九十九から渡された薬草を細かく刻んだり、貼り付けたりするぐらいならわたしにだってできていた。


 でも、魔界の料理となると、そんな単純なことすらさせてくれない。


 切り方によってはすぐ変化してしまうし、異なる食材を近くに置くだけで変質してしまう物だってある。


 考えてみると魔界で食材を流通されるというのは、実はものすごく難しいことなのではないだろうか。


 あのセントポーリア城下にあった店だって、さりげなく食材に気を使っていたのかもしれない。


 そんなことに思い至った時だった。


「あ……」


 今度はわたしの指が見えるようになった。


 どうやら、わたしも薬の効果が切れたようだ。


『後は、オレと兄貴か……』

「別に飲んだ順番ってわけでもないんだな。やっぱり個人差があるのか」


 飲んだ順番ならば、最初に飲んだ九十九が真っ先に姿を見せたことだろう。

 瓶ごと渡されたのを口にしたのだから、飲んだ量に差はないはず。


 そうなると体質とかだろうか?


 そして、雄也先輩、九十九の順に姿が現れた。


「でも、この薬のせいで随分、ロスしたんじゃないか?」


 水尾先輩が両手を上に伸ばしながら言う。


 よほど、元に戻ったことが嬉しいのか、あちこち身体を動かしてはほのかな笑みを浮かべていた。


「ここまで来たら、そう急ぐ必要もない。国境を越えたら、すぐに街道を使うつもりだからな」

「そんだけ、追っ手の可能性がなくなるってことか?」

「ジギタリス国内をセントポーリアの兵が走り回ることはできないからな。捜し人ならば他国に対しては民衆に布告を出してもらうよう願うしかないが、内容的に陛下の名を使うことができない。そうなると、王妃殿下や王子殿下には顔見知りの王侯貴族に手紙を出すのが関の山だろう」


 顔見知りの王侯貴族の規模によっては……、まだまだ安心できないと言うことか。


「国を出た時点で勝利確定ってことか?」

「勝利とは言えないな。こちらは追われる身だ」


 そんな状況に水尾先輩を巻き込んで、申し訳なく思う。


「……先輩の中では十分、勝利だろう。あの国に高田を置いておきたい理由がないだろうから」

「いや、できるならあの国の留まらせたかったよ。仲の良い母娘を引き離したくはなかったからね」

「……ああ、そうか」


 それでも、わたしは逃げると決めて、母は残ると決めた。


 そこには、セントポーリアと言う国に対する思い入れとかそう言ったものの違いは少なからずあっただろう。


 今のわたしは魔法を使うことができない。

 あの国に残ったところで皆の足手まといになることは目に見えていた。


 だから、どちらにしても国を出るしかなかったと思う。


「とりあえず、国を出ようぜ。薬の効果が切れた以上、ここで話し込む理由もないだろ?」


 そんな九十九の提案で、国境に移動することになった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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