子息の話を聞いた後で
「栞様。内密に、面会要請が入りましたが、いかがされますか?」
そうルーフィスさんから確認されたので……。
「会いましょう」
わたしはすぐにそう答えた。
「まずは、相手と時間の確認をされてください」
ルーフィスさんが困ったように苦笑する。
「相手は、セヴェロさんでしょう? 時間は恐らく、夜」
ずっとアーキスフィーロさまの後ろで物言いたげな顔をしていた。
だけど、自分が関わった話以外はほとんど口を開かなかったのだ。
「多分、アーキスフィーロさまに聞かれたくない話があるんじゃないかなと思っていたのです」
もしくは、アーキスフィーロさまが耳にすると、魔力の暴走を引き起こしかねないようなナニか。
「御明察です」
わたしの答えに満足したのか、ルーフィスさんが微笑んだ。
「栞様の想像通り、お相手はセヴェロ様です。時間は、日付が替わる頃。アーキスフィーロ様には内密に栞様へお伝えしたいことがあるとのことです」
「日付が替わる頃……、ですか」
それは少し困った。
わたしは基本的に二十二刻には就寝する。
遅い時間はあまり起きていられないのだ。
その時間が近付くと、眠くなってしまう。
だからと言って、早起きというほど早く起きられるわけでもない。
起きる時間は、大体六刻半前後。
まあ、人間界でもこの世界も普通の起床時間である。
多分、身体が八刻、睡眠を取りたいんじゃないかな?
寝る子は育つと聞いて、できる限り早く寝ようとしたことも一因かもしれない。
だが、効果はなかった。
わたしの成長ホルモンは分泌が少なかったらしい。
その点についてはもう諦めた。
「アーキスフィーロさまと十九刻に夕食をご一緒する予定だから、そこから一刻。その後に寝れば、いけるかな?」
でも、身支度とか考えると、三刻しか眠れない。
勿論、話をした後に寝るつもりだけど、セヴェロさんと話している最中に寝てしまうのはやはり避けたいところである。
「栞様」
わたしが考えていると、ルーフィスさんから声を掛けられた。
「このお誘いは、お断りすることもできますよ?」
「え? なんで?」
驚きの余り、敬語が抜けてしまった。
ルーフィスさんが再び苦笑する。
「同性、異性に関わらず、面会希望時間が非常識だからです」
「おおう」
さらに素が出た。
でも、確かにそうだ。
真夜中に密会の申し出。
それは、男性、女性に関係なく、かなり常識から外れている時間帯である。
「しかも、その相手は主人の婚約者候補です。それなのに、深夜に密会の誘いなど、不義密通の疑いをかけられてもおかしくありません」
従僕の取る行動としては迂闊すぎる……と。
アーキスフィーロさまの話から、セヴェロさんは精霊族の血が濃いか、先祖返りの可能性が高いと思っている。
だけど、人間たちの常識を知らないわけではないのだ。
無視はするけど。
「それなら、ルーフィスさんは会わない方が良いと思われますか?」
「それは……」
ルーフィスさんが口籠る。
やはり、セヴェロさんの考えが読めないようだ。
ルーフィスさんが言うように、断ることはできるだろう。
だけど、それではセヴェロさんの考えは分からないままだ。
このタイミングで、何故、アーキスフィーロさまに内緒でわたしに接触しようとしているのか?
夜であることは予想していた。
アーキスフィーロさまに内緒であることも。
セヴェロさんはアーキスフィーロさまの唯一の従僕だ。
だから、あの人から離れられる時間は限られていると思う。
だけど、それは表情から判断しただけの話で、セヴェロさんがなんで、わたしと話をしたいのかは分からない。
「私か、ヴァルナを名代とすることもできます」
「それだと、セヴェロさんは本当に話したいこと話してくれないと思うんですよね」
セヴェロさんはアーキスフィーロさまの話を聞いている時から、意味深な表情をわたしに見せていた。
あれは誘いだったのだと思う。
それほど、わたしと話をしたいのだろう。
それならば、名代……、代理の人間相手では駄目な気がする。
「二人きりというわけでもないのでしょう? それならば問題ないと思います」
幸いにして、わたしには専属侍女が二人もいる。
二人とも、あるいは、どちらか一人でも付き添ってくれたら、異性と謂えども、夜に会っても問題はなくなるだろう。
まあ、セヴェロさんの場合、性別を変えることもできるっぽいから、単純に見た目通り、異性と考えるのは微妙な気もするけど。
それに、アーキスフィーロさまの話を聞いた後、改めて、セヴェロさんの姿を見ると、いろいろと引っかかるものがあるのだ。
見た目は10歳ぐらいの少年。
黒くさらさらの短い髪、蒼くて丸い瞳は必要以上に童顔に見せていた。
契約相手の理想の姿にも変えられる水鏡族。
水がありのままの物の姿を映し出すように、相手に触れることで、その心を映し出すことができる水鏡のような精霊族だと、楓夜兄ちゃんから聞いたことがある。
だから、セヴェロさんのその姿について、話をされるのかな~と漠然と思った。
いや、なんとなく、気付いていたんだ。
アーキスフィーロさまの話を聞いて、それを確信してしまっただけの話。
「それに、セヴェロさんなら、誰に見られることなく、この部屋に移動することも可能でしょう?」
この部屋には特殊な結界が張られている。
カルセオラリアの王子自らが魔石を使った結界魔法を張ってくれたのと、有能な護衛たち……失礼、有能な専属侍女たちの手による法具……いや、神具級の道具を使って構築された結界という隙を生じぬ二段構え、もとい、多重結界。
二重ではなく多重である。
わたしの専属侍女たちが一種類の結界だけで満足するはずがなかった。
万一、襲撃があっても、その相手によっては、その跡形も残らないらしい。
せめて、跡形ぐらいは残した方が良いんじゃないかとも思うけれど、中途半端に残されても困るのは確かだ。
朝、起きたら、人だったモノの足とか手が部屋にあるとか、ホラーだよね?
いや、密室に残されたモノだからサスペンスかな?
「それは許可できません。立ち入りを許せるのは、遊戯室までです」
遊戯室……、別名、弓道場は、アーキスフィーロさまの部屋の一部である。
わたしが間借りしている部屋を出てすぐの場所だから、まあ、誰かに見つかることはないだろう。
そこが妥当だとわたしも思った。
尤も、この家の地下には誰も下りて来ない。
ロットベルク家からわたしに付けられたはずの侍女たちも、まだ一度もここまで来たことがなかった。
まあ、いなくても不自由を覚えないから問題ないのだけど。
改めて、トルクスタン王子には感謝である。
わたしに専属侍女を貸してくれなければ……、まず、でびゅたんとぼーるの衣装と化粧に困ったことだろう。
そして、登城する時も。
お貴族さまが、侍女を必要とする理由がよく分かる。
ボールガウンというドレスもアフタヌーンドレスも、一人で着替えられる気がしなかったから。
わたしも更衣魔法を使えれば良いのだろうけど、変身のイメージはできても、着替えのイメージが上手くできないようなのだ。
いや、チャレンジしたことはあるのだ。
だが、身体に服が張り付いて……、床に落ちてしまった。
着替えというよりも、装着……、いや、服を身体に当てただけの状態止まりだったのである。
同時に脱衣のイメージがなかったために、もともと着ていた服はそのままだったことが幸いである。
雄也さんの前で、みっともない姿を晒すところだった。
「いずれにしても、面会場所にこの部屋は好ましくありません」
「それならば、どこが良いでしょうか?」
この家では、この部屋ぐらいしかわたしの場所と呼べる区画がない。
アーキスフィーロさまがいれば、書斎や控えの間も使えるが、今回は内密との申し出である。
アーキスフィーロさまの影響がある場所は避けた方が良い気がした。
「セヴェロ様より、ご提案された場所があるにはあるのですが……」
ルーフィスさんが言い淀む。
「ああ、セヴェロさんからの希望があるのですね。それならば、そこで良いのでは?」
わたしは深く考えずにそう返答したのだった。
まさか、セヴェロさんが提案した場所が、あんな場所だなんて、思わなかったから。
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