子息の婚約事情
「マリアンヌ嬢と私との婚約は、政略の意味もあり、身を護る意味もあり、そして、口止めと償いの意味がありました」
「償い……ですか?」
アーキスフィーロさまの言葉に首を傾げた。
政略は分かる。
この世界の貴族の子女たちの婚姻は家同士の結びつきと、魔力の保持のためだ。
庶民でも魔力が強いことはあり、それは遺伝する可能性が高いため、単純に次世代に魔力を引き継ぎたいだけなら身分差には拘らないアリッサムの例もあるけれど、この国は家同士の繋がりも重視されるらしい。
それに、貴族の子女たちの方が、庶民よりも教養があることが多いため、嫁いでからの教育の手間を考えると、それらも分からなくはない。
わたしがアーキスフィーロさまの婚約者候補に納まることができたのも、魔力の強さだけでなく、カルセオラリアの王族たちと繋がりがあるからだ。
トルクスタン王子が気を配り、さらに、様子を見るために一年もの長い期間の滞在を口にしている。
それだけ、わたしという人間を気に掛けていることに他ならない。
血族ではないが、それなりの価値があると思われたのだと思う。
身を護ると言うのは、アーキスフィーロさまは第二王女殿下に付きまとわれていたし、マリアンヌさまは、フェロニステ卿の正妻から命を狙われる可能性があったためだろう。
口止めは、マリアンヌさまが男装していた件だと思う。
男装していたことを公表したのか。
それとも、先ほど話したように、嫡子は亡くなったこととし、私生児を認知したように見せかけたのかは分からないが、いずれにしても、世間に秘密を作ってしまったことに変わりないのだ。
だけど、償い?
それはどちらの?
「怪我が治ったからと言って、私が魔力の暴走を引き起こしたことによって、第五王子殿下だけでなく、マリアンヌ嬢も傷つけてしまった事実は消えません」
ああ、なるほど。
身体は癒すことができても、心までは治せない。
魔法で傷つけられた傷、恐怖心ってやつは、簡単にはなくならないことをわたし自身も知っている。
それも幼い頃の話だ。
しっかりと覚えていなくても、心のどこかに心的外傷が残った可能性はある。
そのために、マリアンヌさまの心と身体を傷つけた責任をとって、結婚をしろって話になったのか。
そうなると、始めに婚約者の話を持ちかけたのは、フェロニステ卿だったのだろう。
第二王女殿下に追われて困っているアーキスフィーロさまを囲い込んで、利用したのだ。
「一つずつ、説明させてください。まず、政略について。これは分かりやすいかと思われます。フェロニステ卿はロットベルク家と繋がりを持ちたかったようです。祖母がカルセオラリア国王陛下の妹であることが大きいと聞き及んでおります」
他国の王族……、アリトルナ=リーゼ=ロットベルクさまは、カルセオラリア国王陛下の妹である。
つまり、傍系血族にはなるが、その血はかなり近いのだ。
スカルウォーク大陸から離れはしたが、一度受けた大陸神の加護が無くなってしまうわけではない。
それに、アリトルナ=リーゼ=ロットベルクさまが今もカルセオラリア国王陛下と連絡を取り合っているかは分からないが、トルクスタン王子殿下が交流を持ち続けているということは、縁は浅くないと思われる。
「次に身を護る。これは先ほど説明したように私は第二王女殿下から執着され、マリアンヌ嬢は正妻から、命を狙われる状況にありました。ですが、貴族と縁付けば、簡単に切り捨てることはできなくなります。含むものはあっても、それを飲み込むのが貴族夫人の務めでもありますからね」
それは理解できる。
だから、貴族夫人は、一夫多妻制、一夫一妻制に関わらず、自分の夫が側妻を持つことを容認するのだ。
それを知った時、わたしは、貴族夫人になれないと思った。
それでも、今、貴族子息の婚約者候補に納まっているのだから不思議である。
いや、既にその相手からは「妻として愛することはできない」と言ってくれているから、その辺、気楽なのだけど。
始めから愛される予定がないと分かっていれば、何も相手に求めることもない。
いろいろと諦めもつくからね。
ある意味、立派な契約だと思う。
それに、アーキスフィーロさまはわたしのことを愛することはできないと言っているけど、十分すぎるぐらいの気遣いはされている。
それだけで十分だ。
それ以上の期待はしない。
まあ、年単位になると分からないとも思っている。
アーキスフィーロさまがわたしを側に置くことを嫌になっていることもあるのだ。
寧ろ、その可能性の方が高いだろう。
護衛曰く、わたしはトラブルメーカーらしい。
そんな人間が傍にいるなんて、平穏で静かな生活を求めている人には酷だと思う。
現に、ここに来て、まだ間もないのに、既にいろいろやらかしているわけだし。
それを差し引いて余りあるほどの女性の魅力があれば問題なかったのだろうけど、自分で言うのもなんだが、わたしにそんなものは存在しない。
しかも、アーキスフィーロさまの元婚約者さまは、はちきれんばかりの母性の塊をお持ちであった。
それを見慣れていた方に、わたしのささやかな母性程度では物足りないと思う。
いや、女性の魅力ってそれだけじゃないんだよ?
分かっているんだよ?
でも、分かりやすいのは、やっぱり胸だよね?
あの大きさは、女のわたしでも目が行きそうになるのだ。
男性なんて、もっと見てしまうだろう。
―――― 顔や体型で選んでどうするんだよ?
彼女を見て、そう言った護衛もいるけど、多分、特殊な事例だ。
―――― 大きいに越したことはないけど
わたしに好意を持っているストーカーはそう言っていた。
そして、それが男性の一般論だと思っている。
そうじゃなければ、本屋であんなに胸が大きいおね~さんたちが表紙を飾る週刊誌や写真集が並ぶことはないだろう。
「そして、口止めは、マリアンヌ嬢の方は、性別の偽りについてが一番の理由です。そして、登城した時に別の貴族子息と揉め事を起こしたことについてもあります。後は、私の魔力の暴走によって、第五王子殿下を怪我させてしまったことに対しても、ですね」
思ったより、いろいろあった。
もしかしたら、それ以外のこともあったのかもしれない。
あれ?
でも……。
「それをわたしに話しても大丈夫なのですか?」
口止め……、されていたのでは?
「大丈夫でしょう。もう既に婚約は解消されていますから」
アーキスフィーロさまはさらっとそんなことを言った。
確かに婚約の前提に含まれていた以上、解消された後は話しても良いと解釈できなくはない。
だけど、あまり、触れ回ると良くないことだとは思う。
「それに、シオリ嬢は、話さないでしょう?」
「はい」
もともと誰かに話す気はないが、話すような相手もいないという悲しい事実がある。
話すならば、専属侍女と情報共有するぐらいだ。
でも、その二人は今、背後にいる。
だから、わざわざ改めて話す必要はない。
それに、彼らはもっと詳細を調べている気がする。
関わった人間が複数である以上、その全ての口を塞ぐことなんてできないだろうから。
「そして、そんな経緯で結ばれ、公表された婚約ではありましたが、人間界に戻ってきて間もなく、解消されました。その詳細な理由についてはご容赦ください」
やはり、そこは話してくれる気はないらしい。
そうなると、単純に性格の不一致とかでもないのだろう。
貴族子息、息女との間に結ばれた婚約なのに、そんな個人的な理由で解消することなんてできないだろうし。
そうなると、フェロニステ卿とロットベルク家の当主さまとの間に何らかの不和が生じたのだろうか?
でも、その理由を話してもらえないなら、仕方ない。
尤も、ちゃんと知っておかないと、わたしに不利益がありそうな気配はあるんだよね。
ルーフィスさんだけでなく、セヴェロさんすら気にするぐらいだから。
この辺は、当初の予定通り、アーキスフィーロさまではない当事者に聞くしかないか。
「他に何か確認しておきたいことはありますか?」
アーキスフィーロさまは再度、確認してくれる。
「それでは遠慮なく伺います」
だから、わたしが一番、気になっていたことを聞いてみようか。
「アーキスフィーロさま自身は、マリアンヌ=ニタース=フェロニステさまのことをどう思っていらっしゃいましたか?」
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