子息への更なる問いかけ
結論から言うと、アーキスフィーロさまからマリアンヌ=ニタース=フェロニステさまにお会いする許可はもらえた。
だが、話はそこで終わらなかった。
いや、わたしが終わらせなかった。
何故なら……。
「アーキスフィーロさまの目から見て、マリアンヌ=ニタース=フェロニステさまはどんな女性ですか?」
そんな質問を投げつけたからである。
いや、結構大事だと思うよ?
わたしが知っているマリアンヌ=ニタース=フェロニステさまは、人間界の中学生としか知らない。
それ以前も、それ以後も知らないし、何より、彼女自身が周囲に見せていた部分しか知らないのだ。
変に事前情報を仕入れておくと先入観を持ってしまうことも否定できないけれど、何も知らない状態で会うのも失敗のものとである。
「わたしが知っているマリアンヌ=ニタース=フェロニステさまは、宰相閣下の第三令嬢で、アーキスフィーロさまの元婚約者と言うことしか知らないのです。それ以外では……、中学時代に演劇部だったとか、そんなことぐらいでしょうか」
明るく朗らかではあった。
天真爛漫で、人懐っこく、わたしのことを「シオちゃん」、ワカのことを「ケイちゃん」と呼んでいた。
そして、自分のことを「ボク」という少女。
わたしはそんな一人称を使うのは、リボンの付いた騎士とか、美人怪盗三姉妹の末っ子とか、落ち物パズルゲームの主人公ぐらいだと思っていたので初めて聞いた時はビックリした覚えがある。
男子生徒には人気があったが、女子生徒には敵が多かったと記憶している。
その理由は、多分、異性との距離感だっただろう。
もしくは、体型。
羨ましいと思うよりも、重そうだなと思うほど胸が大きかったのだ。
「マリアンヌ……嬢は、幼い頃、男として育てられていました」
「え?」
「フェロニステ家には、当時、男児がいなかったのです」
一人称の謎がこんな形で解けてしまいました。
小さい頃から、「ボク」って口にしていれば、誰だってそうなるかもしれない。
リボンを付けた騎士が出てくる、男しか王位が継げない国に生まれた王女が王子として育てられたのと同じようなものだろう。
「そうしなければ、マリアンヌ嬢は、5歳になる前に、義理の母親に殺されていたことでしょう」
「そんな……」
思いのほか、重い事情があったらしい。
そして、やはり、最低限、事前に話を聞こうと思って正解だった。
明らかに良くない事情が見え隠れしている。
『へ~、あの女にそんな事情があったんですね~』
その部分は、セヴェロさんも知らなかったらしい。
先ほど聞いた話からすると、セヴェロさんは、人間界から戻った後にアーキスフィーロさまと会っているのだ。
それ以前の話は知らなくてもおかしくはないのか。
「マリアンヌ嬢は、男児が欲しかったフェロニステ卿と側妻の間に生まれた庶子です。尤も、正妻が嫉妬深く、その母親は生まれる前から何度も薬を盛られたと聞いております」
次々出てくる衝撃的な言葉。
この場合の薬って、単純に命を狙ったものだったのだろうか?
それとも、堕胎薬というやつだろうか?
どちらにしても穏やかではない話だと思う。
『でも、いくら鈍感な人間でも男女の違いって分かるもんじゃないんですか? ボクみたいに性別変更できるならともかく、普通の人間って性別は変えられないですよね?』
それを聞いて複雑な気分になった。
わたしの背後にいる綺麗な姉妹は、実は美形兄弟なのだ。
だから、性別の誤魔化しは可能なのだと思う。
すぐ傍に実践者がいる。
そんなこと、この場で言えるはずがないのだけど。
「多くの従者たちに世話を焼かれていれば、すぐに露見したことでしょう。だが、マリアンヌ嬢は、庶子だ。男子として育てている以上、跡取りになる可能性を考えるはずですが、正妻の目があり、世話役は自身の母親しかいなかったそうです」
母親に育てられたと聞いて、少しだけ、自分と重なった。
父親に正妻がいるという点も似ている。
だが、同じではない。
それは分かっていても、やはり自分の境遇と重ねてしまうのは何故だろう?
「そのために、5歳になった時、第五王子殿下の友人候補として、城に上がることになりました」
ああ、男の子として扱われていたから、同じ年代である以上、王子殿下の友人候補になるのか。
「でも、それは王家を欺く行為になるのではありませんか?」
そのフェロニステ卿というのは確か、宰相閣下だよね?
国王陛下の政治の補佐をする役職だったはずだ。
日本で言うと、天皇の事務補佐だから宮内庁長官……、いや、政治だから、行政のトップ……内閣総理大臣になるのかな?
そんな立場にあるような人が、堂々と庶子とはいえ、自分の実子の性別を偽るなんて真似をするだろうか?
「そうですね。それでも、フェロニステ卿はその危険な橋を渡ることにしたようです。いつか、性別を戻す時は、その男子は亡くなったことにして、女子を新たに認知したとするところだったのでしょう」
おおう。
これは、裏工作と言うやつだろうか?
それとも、出自偽装?
どちらにしても、そのために、人が一人いなくなったことにされてしまうのはどうかと思ってしまう。
これって、戸籍っていうのがないからできることなのかな?
セントポーリアは確か、王族の系図だけでなく、貴族図鑑みたいなのもあったはずだ。
この国にはそれがないのだろうか?
そんなわたしの疑問に気が付いたのか……。
「私生児は父親から認知されていないため、当然ながら貴族名鑑に名前が載りません。フェロニステ卿の庶子が一人亡くなった後に、同じ年齢の私生児を一人認知したことにすれば、辻褄を合わせることはできてしまいます」
アーキスフィーロさまは困ったようにそう微笑んだ。
この世界には魔法がある。
だから、ある程度の偽装は可能となってしまうのかもしれない。
しかし、思ったよりも突っ込んだ話をしてくれる。
先ほどまでは、アーキスフィーロさまは自分の元婚約者について話すことは、かなりの抵抗がありそうだったのに。
彼女と面識があったことをわたしがちゃんと理解していたから?
いや、もしかしたら、婚約解消の経緯を根掘り葉掘り聞かれると思っていた?
流石にそんなことはしませんよ。
いろいろな事情があるのだと思うし、そんな趣味もないのだ。
「尤も、マリアンヌ嬢が女性であることは、割と、すぐに露見しました。王子殿下の友人候補として登城したその日のうちに、別の貴族子息から言いがかりを付けられ、喧嘩となってしまったのです」
「喧嘩……ですか?」
登城したその日ってことは、マリアンヌさまは多分、5歳になって間もない頃だと思う。
まあ、その時期なら、普通に周囲と喧嘩することはあるらしいよね。
他者と自分の区別がつき、少しずつ想像力も育ってくるため、幼児期は些細なことでも言い合いや取っ組み合いに発展するって元保育士の母も言っていた。
この世界の人間は心と知能の成長が大変早いらしいが、それでも、5歳児がまだ子供であることに変わりはないと思う。
でも、それぐらいで男装をしていた女の子の正体って分かるかな?
5歳ならまだ上半身を脱いだぐらいでは、男女の差なんて分からないと思う。
わたしは、過去に護衛兄の幼い頃の裸体を写真で拝見したことがあったが、下半身以外は特に大きな差はなかったと記憶している。
つまり、この世界の人たちも第二次性徴に入らならなければ、そんなにはっきりと区別できるほどの違いはないのではないだろうか?
「当時、フェロニステ卿はまだ宰相ではなく、宰相補佐でした。マリアンヌ嬢に絡んだ子息は、そのフェロニステ卿の部下である父親からいろいろ悪意ある言葉を吹き込まれていたようです」
うわあ。
子供の喧嘩に親が出るって言葉があるけど、その逆で親の喧嘩……、いや、親の人間関係に我が子を巻き込んだ形ってことか。
「その子息は、かなり悪しざまにマリアンヌ嬢を罵りました。その結果、マリアンヌ嬢が激昂、第五王子殿下の前で魔法の撃ち合いになり、近くにいたある貴族子息が魔力の暴走を起こすきっかけとなってしまったのです」
「……」
思わず言葉を失った。
そういえば、先ほど5歳の時に喧嘩に巻き込まれて魔力暴走を起こし、その結果、第五王子に怪我をさせてしまい、地下の部屋に連れて行かれたと聞いていた覚えがある。
つまり、始めはアーキスフィーロさまも完全に被害者だったのではないだろうか?
でも、5歳児の喧嘩で魔法の撃ち合いになるのか。
この世界って、本当に怖い。
いや、わたしの魔法の撃ち合いのイメージが魔法国家の第三王女殿下だったり、有能な護衛だったりするから、余計にそう思ってしまうのだろうけど。
「そして、魔力が暴走した子息がいなくなった後、意識を失っていたマリアンヌ嬢と喧嘩相手のきっかけとなった子息の治療中に、性別の偽装が発覚したようです。尤も、マリアンヌ嬢自身は自分の性別が女性であることを知らなかったようですが……」
「それはどういうことでしょうか?」
わたしがそう問うと、アーキスフィーロさまは困ったように眉を下げて……。
「マリアンヌ嬢は、男性と女性という性別に違いがあることを知らなかったのです」
そんな衝撃的なことを口にしたのだった。
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