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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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子息の帰還

「ここからは三年前、人間界から戻った後のこととなります」


 アーキスフィーロさまはそう言ってその端正な顔に陰を落とした。

 ここまでも十分、盛り沢山だったが、まだ何かあったらしい。


 そう考えると、人間界は比較的平和な話だった気がする。


 いや、単純に、わたしが知っていることが中心だったために、内容を知っていたということもあったのだろうけど。


****


 人間界からローダンセに戻った直後、一部の側近候補たちは体調を崩したらしい。


 その体調を崩した者たちのほとんどは、他国滞在期に一度も国に還らなかった者たちだった。

 大気魔気が薄い人間界から、大気魔気が濃いローダンセに戻ったためだろうと言われている。


 だが、その体調を崩した者たちの中に、何度もローダンセに戻っていたはずの子息の姿もあった。


 もともと、三ヶ月に一度、戻るたびに体調を崩してはいたのだが、その時が一番、酷かったように思える。


 意識が遠のき、身体に力が入らない。


 その間に、他の者たちから離れて、子息だけ別の場所……、「契約の間(懲罰の間)」と呼ばれる地下の部屋へと運ばれ、いつものように転がされたらしい。


 子息が気付いた時には、いつもの場所にいた。


 地下にある人気(ひとけ)も何もない場所の入り口の床。

 いつも、子息が転がされていた場所。


 それが分かっていても、子息の意識がすぐに戻るわけではなかった。


 人間界から戻った直後、転移門のある部屋で意識が朦朧とした後、何者かに「契約の間(懲罰の間)」へと運ばれると、別の感覚に襲われる。


 自分の身体からナニかが勢いよく出て空になった後、今度は逆に無理矢理詰め込まれるような圧迫感。


 これ以上、肉体(うつわ)に入らないと藻掻いても、容赦なく潜り込んでくる感覚は何年経っても慣れることはなかったが、特にこの時が、一番、酷かっただろう。


 直後、自分の中からナニかが破裂し、夥しいほどの血に塗れたことだけは覚えている。


 それだけ衝撃的な出来事だった。


 これまで、意識を失ったことはあったけれど、物理的な肉体の破損などは一度もなかったのだ。


 自分に治癒魔法の適性がなければ、あのまま死んでいてもおかしくはなかったと思っている。


 だが、それを知る者はいない。

 この部屋に立ち寄る人間も立ち入る人間もいないからだ。


 ここである程度の時間を過ごした後、外からの合図で子息自身が部屋を出て行くのが、習慣だった。


 だが、今回はその合図も聞こえなかったことだろう。


 どれぐらい時間が経過していたのかも分からないが、いつもよりも長くこの部屋にいることだけは分かる。


 それでも、この部屋の扉が開かれることはない。

 唯一開くのは、子息をこの部屋に連れてくる時だけなのだ。


 それも一瞬。


 子息の身体がこの部屋に吸い込まれるように消えた後は、子息自身が中から開ける以外の方法で、部屋の扉が開くことはなかった。


 子供の頃からの習慣だったのだ。

 だから、それが異常なことだとも思わなかった。


 だが、他の世界を知った後、そして、自分の血まみれの身体を見た後では、これが普通だとは思えなくなった。


 恐らくは何度も、魔力の暴走をさせたのだと思う。

 何度も夢と現の間をうろついた。


 それでも、救いはない。

 子息が救われることなどない。


 誰も、何も知らないのだから。


 どれぐらい長い間、そうしていたのか?


 何かの気配を覚えた。

 だが、子息の瞳は開かない。


 分かるのは、同じ空間に()()()()()()ことだけ。


『死にたいかい? 生きたいかい?』


 その気配は問う。

 そんな単純なことを。


 ―――― 生きたい


 多分、そう答えた。

 それが、声になっていたかは分からないが。


『そうかい。それなら、その黒い瞳を開けな。そして、城の裏に行けば、坊やは救われるよ』


 そんなつっけんどんな言葉だけを残して気配は消えた。


 薄っすらと瞳を開けても、そこには何もないままだった。

 先ほどの気配も何も感じない。


 そもそもこんな所にヒトなど、来ないのだが。


 身体を起こしてみる。

 あちこち酷い有様だったから、治癒魔法と修復魔法、洗浄魔法を使って見た目だけでも整えた。


 あの気配が何者だったかなんて分からない。

 もしかしたら、死ぬ前に見た幻覚、幻影だったのかもしれない。


 だが、身体が赤く染まり、折れかけていた子息の心を留めたのは、あの声だった。


 だから、怪しいと思いつつも、声が言っていた方向へ足を向ける気になったのだ。


 だが、城の裏と思われる場所は何ヶ所もある。

 それでも、なんとなく、心の向くままに一度も行ったことがない場所へ向かってみた。


 木々に囲まれた(ひら)けた場所。

 不自然なぐらい、自然しかないその場所に……、ナニかが倒れていた。


 いや、倒れていたというのは正しくない。

 そこにあったのは小さく薄い光だった。


 だが、子息は「倒れている」と思ったのだ。


 広場の中央に。

 まるで、見つけて欲しいと願うかのように。


 淡い水色の光にしか見えないそれは、まるで、いつか人間界で見た弱った精霊族のようで、思わず警戒した。


 だが、暫く経っても何も起こらない。


 ―――― これが、救いか?


 分からない。

 子息の眼には光しか視えないから。


 第五王子殿下のようにやってみるか?

 人工呼吸、応急処置と思えばできなくもないだろう。


 だが、これが精霊族ではなく、魔獣だった時はどうしようか?


 そもそも、あの声が本当に子息を助けようとしたのかなんて分からないのだ。

 救いの手を差し伸べて突き落とすなんて、この世界でも珍しくはない。


 子息は少し考えて、その場に座ることにした。


 考えてみれば、ずっと食べていなかったのだ。

 身体が空腹を訴えていたことに今更ながら気付く。


 人間界で買っておいたブロック状になったバランス栄養食を口にする。


 幸い、この世界に戻っても、その味は変わらなかった。

 口内の水分は奪われるが、不味くはない。


 栄養が手軽に取れるという点が気に入って、箱を大量に買っているから、暫く、食事抜きになっても、大丈夫だろう。


 そんなことをぼんやり考えていた。


 何もせず、景色だけ見て過ごす時間など、人間界にいた間だけの自由だと思っていた。


 だが、この世界に戻ってきた以上、貴族の子としての責務を果たす日々がまた始まるのだろう。


 既に、その一部を体感した。


 自分はもう逃げられない。

 この手も足も身体も、流れる血の一滴まで、国に捧げられるべきもの。


『アホじゃないの?』


 そんな声がした。


『単なる(にえ)じゃん、そんなの』


 周囲を見渡しても、何もいない。

 その声がどこから発されたものなのか分からなかった。


『なんで、そんなに力があるのに、力がないヤツらに従ってんの? 馬鹿なの? マゾなの?』


 口は悪いと思う。

 でも、汚さは感じない。


 当主である父親や兄はもっと酷いから、逆に新鮮だと思えた。


『うわ。マゾの方かよ』

「どちらかといえば、バカだと自覚している」


 どこから聞こえてくるか分からない声に言葉を返してみる。


『いやいや、あんたはマゾだろう。魔力枯渇直後に魔力泥酔を起こすほど詰め込まれて、魔力の暴走。まあ、理にかなっているといえばそうだけど、普通の人間の肉体では……、ああ、ちょっと混ざってんのか』


 何故か納得された。

 声の言っている意味はなんとなくしか分からない。


 恐らく、転移門を使用した後、契約の間(懲罰の間)に放り込まれたことを言っているのだとは思う。


 だが、混ざってるとは一体……?


「ああ、頭でごちゃごちゃ考えるタイプか。口に出せ、()()


 その言葉で、自分に話しかけてきているのは人間ではない存在だとようやく、子息は気付いた。


 そうなると、この光だろうか?


『光? ああ、視えるのか。完全に気配を消していたつもりだったんだけどな』


 少し間をおいて……。


『……ああ、なんだ。あんた、魔眼持ちか』


 つまらなそうにそう言った。


『それにしても、中途半端な魔眼だな。魅了……、幻惑……? 神の加護が薄い人間には効果が覿面(てきめん)でも、自分の意のままに操れないんじゃ意味がないな』


 どうやら、この光は、子息の魔眼の効果まで分かってしまうらしい。


 そして、恐らく、心も読まれているのだろう。

 先ほどの言動からも、それが分かっていた。


『まあ、いいや。せっかく会えたのだ、人間』


 その声はどこか楽しそうに……。


『怪しげな光と契約する気はないかい?』


 そんな不思議なことを口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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