子息の幼少期
「この国では、王族が5歳になる時、その生誕の儀を祝うための招待状が同年代の貴族子女へと出されます。その王族の友人候補ですね。気に入られれば、10歳になる前日まで王族の友人候補として保護者連れではありますが、登城が許されます」
アーキスフィーロさまの幼少期の話はまだ続くようだ。
三歳までの時点でいろいろ有り過ぎなんじゃないかな?
ちょっと気の毒すぎるよね。
そう思いながら、わたしは話の続きを聞くのだった。
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ローダンセの第五王子であるジュニファス=マセバツ=ローダンセ殿下の五歳の生誕日を祝う日に、子息は父親である当主に連れられて、登城することになった。
その時、子息は初めて家の外に出ることになったのだが、転移門を使って直接城内へ向かうために、外出という印象はなかったと記憶している。
子息自身の五歳の生誕日はもう少し先であったが、第五王子殿下との生誕日の前後一年以内ではあるため同年代であることには変わりない。
それに王子が四人、王女が一人、先に生まれている時点で、それまでに生まれている五歳以上の貴族子女は、ほとんどが上の王族たちの友人候補となっていた。
そのために、もう友人候補として残っている貴族子息の方が少なかったのである。
特に、第五王子殿下に年齢の近い第四王子殿下は正妃殿下の御子であった。
そして、その年齢差は二歳とあまり離れてもいない。
子息と年齢の近いほとんどの貴族子息は、その第四王子殿下の友人候補として既に登城していたらしい。
そのため、第五王子殿下の友人候補として集まったのは、庶子や養子、そして、訳アリと呼ばれる人選だったそうだ。
言葉は悪いが、余りモノと呼ばれていたほどだ。
尤も、第五王子殿下は幼い頃よりおっとりとしていて、そこまで他者に多くを求める方でもなかった。
それぞれ事情を抱えていた集まった全ての子供たちを受け入れたらしい。
子息もその中の一人として、当主が登城する日に合わせて、第三王子殿下に気に入られた兄と共に城へ向かい、王子殿下たちと交遊することになる。
始めは第五王子殿下との交遊も問題なかった。
三歳より貴族としての教育をされていた子息は、王族の友人としても、及第点にあったらしい。
だが、子息が五歳を迎えて間もない頃、些細な子供同士の喧嘩に巻き込まれ、子息が魔力を暴走させてしまい、同じ部屋にいた第五王子殿下に怪我を負わせてしまったのだ。
幸い、王城で起こったことであり、治癒魔法を使える人間がいたために、第五王子殿下は命に別条はなかった。
だが、王族を害したという事実に変わりはない。
事実を知って怒り狂った父親は、城の地下にある「懲罰の間」に自分の子息を閉じ込めることを提案した。
城内で魔力の暴走を引き起こした人間は、その部屋で一昼夜抑留させるという法があるためだ。
だが、未成年の子が王族に怪我を負わせたなら、その非はその親にある。
しかも、その子息はまだ五歳だ。
その年代であれば、王家や貴族の役割を学ぶか否かの時期である。
それでも、その父親は自分が責任を取らず、魔力の暴走をさせた子息自身にその咎があるとしたのだ。
流石に周囲は呆れたらしいが、その父親は何も言わずに「懲罰の間」に、魔力の暴走を引き起こして意識を失っていた子息を放り込んだという。
未成年の子は親の庇護下にあり、同時に支配下にもある。
そのため、他家の教育方針に指図することは王家であってもできない。
だが、流石に王家も、難色を示したらしい。
いくら何でも、十にも満たない子に対してやりすぎだと。
それでも、当主は頑として聞き入れなかった。
子息に罰を与えねば、自分が責を負うことになると分かっていたからだと思う。
そして、子息は城の地下にある「懲罰の間」に閉じ込められた。
いや、正しくは、「懲罰の間」から暫く出てこなかったのだ。
その部屋の濃密な大気魔気によって、意識を失っていた子息はすぐに回復することはなかったらしい。
後で聞いた話だが、子息がその部屋から出てくるまでに三日かかったそうだ。
明かりもなく、飲料水も食料もない部屋である。
その間、ずっと意識を失っていたのだろうと推測された。
出てきた時の子息は衰弱とまではいかないまでも、身体が弱っていたことは確かだ。
尤も、その頃には基本的な水魔法は使えたために、意識を取り戻した時に、水ぐらいは口に含んでいたが。
そして、部屋から出た後、子息は王族を害したとして、暫くの間、罰を受けることになったと告げられる。
曰く、五年間、「懲罰の間」で半日のみ抑留されるというものだった。
半日と限定されていたのは、まだ子息が幼少の身であること。
被害を受けた第五王子殿下がそれほど気にしていなかったこと。
何より、これらを表沙汰にしたくない王家の事情もあると聞いている。
幸いにして、魔力の暴走を起こした後、第五王子殿下は自分が傷付いたはずなのに、「気にしないで欲しい」と言ってくれた。
そして、「これからも長く付き合って欲しい」とも言われた。
そんな経緯があり、毎日のように城へ向かうことになった。
第五王子殿下と半日過ごした後、残り半日は、その「懲罰の間」へ連行されて、その部屋に留まる。
最初は意識を失った状態だったから知らなかったが、何度もそこを訪れるうちに、その部屋の異常さに気付く。
初日を除いて、入室後に意識を失ったのは三度。
そこまでに至らなくても、その部屋に入れば吐き気や頭痛、眩暈に襲われる。
気を紛らわせるために本を持ち込んだが、それに集中できるようになるまで、二年はかかった。
そして、夜になれば、家で貴族の教育を受けるようになる。
ほぼ王城にいるのだから、早朝と夜しか時間がなかったのだ。
今にして思えば、その状況はこの国の貴族としてもおかしいとは思う。
だが、そのおかしさを子息は知らなった。
何より、自分が無意識とはいえ、王族を害した事実には変わりはないのだ。
あの部屋が罰なのだと、子供心に納得していた。
それに、あの部屋にいる間は、父親である当主とも兄とも会うことはない。
それが、あの頃の子息にとって、数少ない救いだったのだろう。
会えば罵倒しかしない兄。
蔑む視線しか寄越さない父親。
もはや、家族としては崩壊していたのだと思う。
だから、子息は「家族」や「家庭」を知らない。
そんな「家族」にも転換期が訪れる。
子息が七歳になった頃、離れて暮らしていた前当主と前当主夫人が戻ってきたのだ。
その詳しい経緯と理由は知らないが、漏れ聞いた所によると、王命だったらしい。
それだけ、その家が危うかったのだろう。
当主には家を護る才も、盛り立てる才もなく、長子である兄の勉強嫌いも変わらないままだった。
それなのに二人して気位だけは高い。
そうなると、他家は付き合いを遠慮したいだろう。
そして、子息も教育こそ受けているが、その時点で、魔力の暴走をして王族を巻き込み、内々の処分ではあるが、罪に問われている。
そのために、前当主夫妻が戻ることで、何かが変わればと思ったらしい。
実際、効果はあった。
当主も兄も、前当主夫妻の前では多少、大人しくなってくれたのだ。
武名が高い前当主は、そこにいるだけで抑止力になっていたのだろう。
だが、前当主夫妻もそこまで、家のことに対して積極的に関わりを持とうとはしなかった。
既に二人は隠居の身である。
そのために、別邸で余生を過ごすと言っていたのに王命で呼び戻されたのだ。
いろいろと思うところがあったのだろう。
それでも、その前当主夫妻は、次子である子息に何かを見出したのか、本邸の地下にある「契約の間」にて、弓術と剣術、魔法などの手解きをしてくれた。
身を護る術は多い方が良いと言って。
前当主が教えてくれた弓術や剣術は、この家の貴族教育には含まれていなかった。
そして、前当主夫人が教えてくれた魔法は、この国の貴族教育とは少し違っていたらしい。
結果として、子息は、この国の貴族とは少し違った方向に突き進みだしていた。
そして、その子息が八歳になった頃。
婚約者候補との顔合わせが予定されることになったのだった。
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