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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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私情と立場

 兄貴(ルーフィス)から呼び出されて、オレは扉の前に立った。

 恐らく、今後の話をしたいのだろう。


 それにしても、オレの主人はどうして、ああもトラブルを呼び込む才に溢れているのか。

 この国でも、早々に王族に目を付けられるとは思わなかった。


 まあ、それだけ目立つ存在なのだとは思うが、それにしても、高位の人間に絡まれやすくないか?


 王族だけならともかく、その頂点、国王にまで目を付けられたのは、兄貴(ルーフィス)も予想外だったことだろう。


 本来、貴族子息の婚約者候補に過ぎない立場では、デビュタントボールの場で簡単な言葉を貰うぐらいしか会話などないだろうと思っていたのに、その推測は大きく外れてしまった。


 それだけ、主人の婚約者候補の男の影響が大きいことを意味している。


 ただ、周囲からの評判や印象と、主人が会って言葉を交わしたローダンセ国王陛下は、明らかに差がある。


 トルクスタン王子もその点が引っかかっていたようだ。

 デビュタントボールでの主人の扱いに首を捻っていた。


 これまでの印象が誤っていたのか、それ以外の理由があるのかは分からない。

 その差異が気になって、調べ始めたところだったのだが……。


 ―――― コンコンコン


 ノッカーを使って部屋の扉を叩く。

 そのまま、ノッカーから手を離さずに待つ。


「はい」


 ノッカーを通して、声が伝わってきた。


 小さいけれど、聞き間違えることはない声。

 入室の許可をされたと判断して、「失礼します」と一言だけかけて、部屋に入る。


 そこには、部屋の中央に置かれたテーブルに、だらしなく寝そべる主人の姿があった。


 そして、オレを呼び出したはずの兄貴(ルーフィス)の姿はない。

 どうやら、今は席を外しているらしい。


「お行儀が悪いです」


 オレがそう声をかけると……。


「少しの間だけ見逃してください」


 疲れたような返答があった。

 主人から、気を許されていることは分かる。


「駄目です」


 だけど、それを許してはいけない。


 今回、入ってきたのはオレだったが、別の人間だったらどうしていた?

 いくらなんでも、油断しすぎだろう。


 尤も、この主人は、オレの気配が分かるために、今更そんなヘマなどしないことも知っている。

 隙が大きいように見えて、意外とこの辺りはしっかりしている主人なのだ。


 主人が身体を起こして、オレを見る。

 やはりその顔には「疲労」の二文字が浮かんでいた。


 ―――― 大分、疲弊しているな


 この国に来てから、この主人は心安らげる時間がかなり少なくなったとは思っている。


 立場上、仕方がないとか、これまでがのんびりしすぎていたとも言えるが、それでも生活環境が一気に変化してしまったのだ。


 ストレスをかなり抱え込んでいても驚かない。

 なんとか解消してやりたいが、現状ではそれが難しい。


 絵を描けば少しは気分も変わるかもしれないが、この様子では、そんな気分でもなさそうだ。


 主人が言うには、絵を描きたくなる気分と言うものがあって、それが湧き起こらないと、あまり絵を描く気になれないらしい。


 まあ、なんとなく分からなくはない。

 趣味と言うのはそんなものだろう。


 それなら、どうしようか。


 どこかぼんやりしている主人。

 どうしたら、気分が向上する?


 少し考えて……。


「お前は頑張っている」


 そんなありふれた慰めしか出てこなかった。

 そのまま、頭を撫でてみたものの、それで何かが変わるとも思えない。


 それでも、急に触れたことに対して文句を言うこともなく、主人は目を閉じて、黙ってオレに撫でられている。


 本当は、立場上、こんなこともしてはいけないのだろう。


 だが、兄貴(ルーフィス)も、慰めるためにやっていた。

 だから、ギリギリ問題ないと判断する。


 柔らかく艶のある黒髪。

 それを撫でているオレの方が癒されている気がする。


 そろそろ撫でるのを止めないといけないと分かっていても、この髪から、頭から手を離すことができなかった。


 主人も目を閉じたまま、それを止めようとしない。

 それを良いことに、そのまま手を動かし続ける。


 もう少し気の利いたことを口にできれば良いが、生憎、オレはそこまで口が巧い男ではなかった。

 ただ無言で、作業のように主人の頭を撫でていた。


 どれくらい撫でていただろうか?


 ―――― コツコツコツ


 そんな音で、オレたちの時間は元に戻る。


「はい」


 主人は顔を上げて、扉に向かって声をかけた。

 オレもその場所から離れて、主人の後ろに立つ。


「失礼します」


 兄貴(ルーフィス)が一礼して、部屋に入ってくる。


 この家に来てからは、オレよりも兄貴(ルーフィス)の方が主人に付き従っている。

 女装の出来が兄貴(ルーフィス)の方が上というのもあるが、それだけが理由ではない。


 まあ、いろいろあって、兄貴(ルーフィス)が専属侍女、オレはそのサポートとなっていた。

 オレとしても、主人から距離を離せたことは幸いだ。


 だが、先ほどのような時、つい、近付いてしまう。


 少しは助けになったのだろうか?

 兄貴(ルーフィス)に応えた主人は、もう先ほどのように疲れた顔はしていなかった。


「アーキスフィーロ様が、今から栞様にお会いになるそうです」


 随分、急な話だな。

 いや、その方が面倒はない。


 兄貴(ルーフィス)がいなかったのは、その取次ぎのためだったらしい。

 オレを呼びよせたのは、その間の、主人の護衛のためか?


 主人とその婚約者候補の私室は離れていない。

 だが、それでも、その僅かな間に何もないとは誰も言い切れないのだ。


 特にこの主人は、何故かトラブルに巻き込まれやすい。

 備えるのは、当然の判断だった。


「分かりました。手配、ありがとうございます」


 主人は、そう言いながら、席を立つ。

 どうやら、主人の方から面会依頼をしたようだ。


 オレたちの感覚なら、通信珠でやり取りをするだけで済むのに、いちいちお伺いを立てなければいけないのは面倒だし、時間もかかる。


 まあ、それだけ緊急の話ではないと言うことでもあるが。


「それでは、参りましょうか」

「あの……、服とかはこのままで大丈夫でしょうか?」


 珍しく、主人が自分の装いを気にした。


 これまではゆったりとした部屋着で化粧をせずに過ごすことが多かった主人は、この国に来て、周囲から浮かない程度の服装と化粧をするようになっている。


「問題ありません」


 今の主人の姿を確認した後、兄貴(ルーフィス)は頷きながらそう言った。

 貴族は家の中でも最低限の有事に備えた装いをしている。


 万が一外に飛び出さねばならない事態になっても、すぐに対応できるように準備しているのだ。


 この世界には魔法はあるが、誰でも着替えるための魔法を契約しているわけではない。

 そのため、他人に会う時に抵抗があるような恰好など、寝る時ぐらいだろう。


 ここに来て、パンツルックを好んでいた主人は、ほぼスカート……、ワンピースばかりになっている。


 それはオレや兄貴(ルーフィス)にも言えることではあるが、自分でも着ているから、ロング丈、マキシ丈のスカートの裾捌きが面倒なのは理解しているつもりだ。


 まあ、今のところ大立ち回りをする予定もないし、意外と、暗器が隠しやすいとは思っている。


 収納魔法、召喚魔法が使える人間には関係ないような話だが、この世界には魔法を封じる術があるのだ。


 そのために対策をしておくのは当然だろう。

 念のため、主人にもその対策を授けておくべきか?


 いや、半端な反撃はさせない方が良いか。

 相手が激昂するだけだ。


 そして、頭に血が上った野郎(下種)は何をしでかすか分からない怖さがある。


 それを思えば、万一、魔法封じをされたなら、逃げる一択の方が良い。

 あの主人の脚力なら、かなりの時間は稼げるだろう。


 尤も、そんな事態にならないように努めるのが、侍女(護衛)としての役目ではあるのだが。


 まあ、例の神足絆(かんそくはん)もある。


 オレの忠告を聞き入れ、常に穿くようになったようだから、余程のことがない限り、大丈夫だとは思っているが、油断はできない。


「それと、ルーフィスさんとヴァルナさんも、話には立ち会っていただけるのでしょうか?」


 主人は、不安そうな眼差しをオレたちに向ける。


「はい」

「勿論」


 兄貴(ルーフィス)が答えた後、オレも同じように答える。

 こんな心細そうな顔をした主人を一人にはできない。


 そう思ったのはオレだけではなかったらしい。


 だが、こういった時に、オレはまだ瞬時に判断できない。

 瞬間的に、私情と立場を秤にかけてしまうからだろう。


 そこが、情けなかった。

この話で118章が終わります。

次話から第119章「クラクラの生活」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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