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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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三年の重さ

「アーキスフィーロさまから?」

「はい。本日、面会の申し込みがありました」


 わたしの問いかけに対して、専属侍女であるルーフィスさんが、封筒を差し出す。


 お貴族さまってこんな時、面倒だ。

 婚約者候補に会うだけでもこんな風に先触れがいる。


 しかも、わたしたちは一つ屋根の下どころか、同じ場所にいるようなものなのに。


「書状は確認されました?」

「はい。先に中身を拝見しております」


 どうやら、中身は確認されているようだ。

 よく見ると、封筒の上部が切られていた。


 アーキスフィーロさまがわたしに対して何かすることはないだろうし、途中で、第三者の介入がないと分かっていても、形式的にこんなことをしなければならないらしい。


 まあ、情報共有という意味では良いかもしれないけどね。

 話もしやすくなる。


 そう思いながら、差し出された封筒から、中身を取り出して目を通す。


 内容としては話をしたいというものだった。


 珍しい。

 いや、話をすることは珍しくはないけれど、時間を作った上で改まって話をしたいと申し出されることが珍しいのだ。


 これまで、ずっと書類仕事をしていたが、お喋りをすることはあまりなかった。


 セヴェロさんは話題を振ってくれるけど、わたしもアーキスフィーロさまもそこまで仕事中に話をするタイプでもない。


 そして、ルーフィスさんもヴァルナさんも、仕事になれば集中する人だ。

 つまり、書斎はセヴェロさん以外静かだった。


 だから、婚約者候補だと言うのに、アーキスフィーロさまとお話する機会って、意外となかったわけである。


 多分、初日が一番、会話していたかもしれない。

 後は、ヴィーシニャのお花見や舞踏会かな。


 そう考えると、実は、セヴェロさんとの方が会話している気がする。


 アーキスフィーロさまは中学時代から無口だった。

 今の方がずっと話している。


 つまり、もともと会話が苦手な人なのだと思っている。


 そんな人から、改まって話をしたいってどういうことだろう?


「ルーフィスさんは、今回の話題の内容は分かりますか?」


 書面に書かれているのは、話をしたいということだけ。

 そうなると、登城の話だろうか?


「推測はできますが、確信はございません」


 つまり、なんとなく見当はついているけど、わたしに話すつもりはないということだろう。


 ぐぬう……。


「ただ、そうですね。()()()()()()()()()()()()()()()のではないでしょうか?」

「ぬ?」

「お二人はまだ出会って間もありません。そのために相互理解ができていないように見受けられます」


 相互理解……。

 お互いに理解していないってことだよね?


「そのため、対話による両者の溝を埋めたいとお考えなのでしょう」

「溝……」


 それだけ聞くと、仲が悪いような印象があるけれど、わたしはアーキスフィーロさまとそこまで仲が悪いとは思っていない。


 この場合は、お互いが引き合った線の話だろうか?


 確かに線はある。

 お互いに数歩後ろに下がっている。


 つまり、歩み寄るためのお話ってことなのかな?


「友人関係においても、相手のことを何も知らなければその距離を掴めません。勿論、全てを知る必要も伝える必要もありませんが、全く何も知らないままでは、お互いの考え方も理解できないでしょう」

「なるほど……」


 そう言われれば納得はできた。

 今のわたしとアーキスフィーロは「婚約者候補」の肩書きを取れば、友人とも言えない関係である。


 それでもあえて、当て嵌まる言葉を探すなら、契約相手……、いや、ビジネスパートナー?


「国王陛下との話で、アーキスフィーロ様も()()()()()()()()のだと愚考致します」

「うぐっ!!」


 ルーフィスさんの言葉に胸を押さえる。


 それが本当ならば、アーキスフィーロさまから見て、危機感を覚えるほど、わたしの行動は酷かったということになる。


 後から、ルーフィスさんに「50点」と評価されたが、その内容は、それでも甘い点数だったと言わざるを得ない。


 評価できた点は、同行者の話だけとか……。


「いずれにしても、アーキスフィーロ様がお話をしたいということなので、返答を致しましょうか」


 そう言って差し出される便箋。


 ううっ。

 ウォルダンテ大陸言語はある程度読めるようになったけれど、書くのは苦手なのに……。


 だけど、お手紙をもらった以上、すぐに返書しなければならないことも分かる。

 この様子だと、早い方が良いのだろう。


 頭を悩ませて、まず自分の言葉で書く。

 候補に挙げられている時間で、一番、早いものを選んで、短めの文章にまとめた。


 わたしはまだウォルダンテ大陸言語を勉強中だ。

 アーキスフィーロさまの書類仕事をお手伝いしたために、前より苦手意識はなくなっている。


 皮肉だけど、ヴィバルダスさまの訳が分からない長文解読によって、かなり勉強することができた。

 それでも、ヴィバルダスさまの文章はやはり理解しにくいままだったけれどね。


 そして、その後、ルーフィスさんに添削をしてもらう。

 文章は悪くなかったようだけど、綴りミスを二か所ほど指摘されて、書き直し。


 修正分の提出。

 綴りミスを()か所指摘される。


「増えた」


 同じ場所ではなく、別の場所ではあるが、倍増してしまった。


 いや! これも勉強だ。

 間違えたわたしが悪い。


(わたくし)が代筆しましょうか?」

「結構です!!」


 考えたのが自分でも、字で分かるだろう。

 ルーフィスさんならば、わたしの字体に似せた字も書けるだろうが、それは嫌だった。


 わたしに来た手紙だ。

 わたしが返書しなくてどうする?


 慎重に、慎重に。

 見られているからといって慌てて書くから、間違えるのだ。


 文章の誤りはなかった。

 そして。一度目は間違えていないのだから、記憶違いでもない。


 大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせながら、文章を綴っていく。


「書けました!!」

「失礼いたします」


 ルーフィスさんが便箋を受け取り、一文字一文字丁寧に確認してくれている。


 この瞬間はドキドキが止まらない。

 自分の文章に自信がないから余計にそう思ってしまうのだろう。


 それでも、日本語で書くわけにはいかない。


 相手が読めることを知っていても、アーキスフィーロさまからの手紙がウォルダンテ大陸言語で書かれている以上、同じ大陸言語で返答するべきだろう。


「はい、結構です」


 そう言ってルーフィスさんが微笑んでくれた。


 そして、用意されている封筒に先ほど書いた便箋を入れて、ルーフィスさんに届けてもらうことにする。


 ルーフィスさんが部屋から出たその間に、わたしは手足を伸ばした。

 できれば、寝台に身を沈めたい。


 だけど、それはできなかった。

 何故ならば……。


 ―――― コンコンコン


 部屋の扉を叩く音が耳に届いたからだ。


 タイミング的にルーフィスさんではないと思う。

 いくらなんでも、戻りが早過ぎる。


 それならば、もう一人の専属侍女だろう。


「はい」


 わたしがそう声をかけると、「失礼します」という声とともに、扉が開かれた。


 思った通り、濃藍の髪の侍女がその姿を見せる。


「……お行儀が悪いです」


 最初に言うのが、今のわたしの状態というのが、いかにもこの侍女らしいと思う。


 手足を伸ばしてテーブル伏せている状態は、貴族令嬢ではなくても、行儀が悪い。


「少しの間だけ見逃してください」


 先ほどから何度も文書を書き直して疲れたのだ。

 絵の描き直しはそんなに疲れないけれど、文章だと疲れてしまうのは何故だろうね?


 それに、他に見る人がいるわけでもない。


「駄目です」


 それでも、駄目らしい。

 仕方なく、身体を起こすと、濃藍の髪の侍女は少しだけ笑ってくれた。


 九十九はヴァルナさんになると極端に口数が減る。

 当人曰く「兄貴(ルーフィス)ほど、慣れていないから」らしい。


 まあ、確かに女装慣れしているというのもおかしな話だ。

 それも、口調ではなく仕草の問題らしい。


 丁寧な言葉遣いに男女の差はあまりない。

 だが、それに伴う表情と身振り手振りはどうしても、男女で違いが出てしまう。


 それを意識すると、あまり話せなくなるそうな。


 女装は奥深い。

 だから、わたしの男装は中度半端になるのだろう。


 外見だけ取り繕っても。そこから滲み出る……、女性っぽさは隠せないということか。


 しかし、それは言い換えれば、雄也(ルーフィス)さんは女装に慣れているってことになるのだろうけど、それはそれで、一体、何のために磨いた技術なのだろうか?


 あの人は本当に謎が多すぎる。


 そんなことを考えていた時だった。

 ふわりと、自分の頭に何か乗せられた。


 覚えのある重さに思わず目を閉じる。


「お前は頑張っている」


 そんな一言で、いろいろ救われてしまう気がするのは何故だろうか?


 いつもよりもずっと高い声。

 だけど、記憶の中に朧気に残っている声よりは少しだけ低い声。


 わたしは13歳の頃の彼を知らない。

 12歳から15歳の間、会わなかったのだから。


 久しぶりに会った時、本当に彼のことが分からなかった。

 三年の重みをひしひしと感じたものだ。


 それから、同じように三年が経過した。


 会わなかった三年。

 会い続けた三年。


 見ることもなかった三年。

 ずっと見ていた三年。


 薄れた三年は、濃すぎる三年によって塗り替えられてしまった。


 手放したいとは思えないほどに。

 忘れたいとは言えないほどに。


 これからまた三年経った後、わたしはどう変わっているのだろうか?

 そして、今、わたしの頭を撫でてくれている青年も、どう変わっているのだろうね?


 そんな風に、考えても仕方のないことを考えてしまうのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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