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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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人として

『はあ……』


 これ見よがしに大きな息を吐く従僕。

 そのわざとらしい態度に、こちらこそ大きな息を吐きたくなる。


『当主の無理難題。アーキスフィーロ様は、アレに、救われていたってことですね~』


 少し前まで、この机から崩れ落ちるほどの書類の量があった。

 それがほとんどなくなった今では、この部屋にいる理由すらも少ない。


 そして、そのことは国王陛下も気付いておられた。


 だが、あの様子では、もう少し断り続けていても、いずれは、勅命という形で強制的に召喚されたことだろう。


 そう考えれば、登城要請に応えたこと自体は悪くないのだと思っている。


 全ては、結果論ではあるが……。


『それで、どうするんですか? アーキスフィーロ様。今回のことで、シオリ様があのクソ陛下に、完全に目を付けられましたよ?』


 そこで心配するのは、俺ではなくシオリ嬢の方だというのが少々、不可解である。


 そして、陛下に対して不敬すぎるだろう。

 この従僕は、この国の王族に対して、嫌悪感を隠さない。


 それは、精霊族の血を引いているからなのだろうか?


「お前は誰の従僕だ?」

『それは勿論、アーキスフィーロ様ですよ。だからこそ、シオリ様を気に掛けるのは当然でしょう? 尤も、いろいろな意味であんなに危なっかしい令嬢を放っておくことなんてボクにはできませんけどね』


 それは同感だ。


 シオリ嬢は聡い。


 同時に無防備で、酷く、危なっかしく見える。

 周囲に対する視野が広すぎる時と、酷く狭くなる時があるのだ。


 不安定で、一人にできない女性。


 そして、周囲に対する気遣いが度を越している。

 自分のことを考えるべき場面でも、他者のことを気にしてしまう。


 俗に言うお人好しというヤツだろう。


 個人的に、平民にしておくには惜しい感覚だとも思っている。

 彼女のような人が上に立てば、仕える者は生きやすいだろう。


 甘いわけではない。

 時として、かなり厳しい。


 責務から逃げることは決して許さない。

 その点において、自分にも他者にも厳しい女性だ。


 それにしても、この従僕が、随分、気に入ったものだとも思う。


 主人である俺のことはぞんざいな扱いを平気でしているのに、彼女に対しては、上位者として尽くすような印象があるのだ。


『いずれにしても、城に行くことが決まったなら仕方ありません。けど、城、城か~。面倒だな~』


 俺もそう思うが仕方ない。

 もう決まってしまったことだ。


 あの場にいた人間以外は知らない取引である。


 口約束程度のものでしかないのだが、下手に逃げようとすれば、今度は改めて、公式的な文書で要請差てしまうだろう。


 そこまでされては、今後、完全に逃げ場がなくなってしまう。


 王族たちからすれば、俺の意思で城に来てくれた方が良いだろうし、公文書として後々までその記録を残したくもないとは思うけれど。


 この辺りで妥協しておくしかない。

 今回のことはお互いにとって、悪くはないのだ。


 個々の感情が絡まなければ、の話ではあるが。


『それで? 本当に大丈夫ですか?』

「今回、拒否反応はでなかったようだ」


 部屋の前に立った時は、確かに震えがあった。


 その時点で、難しいと思ったが、先にトルクスタン王子殿下の従者たちが部屋に入ってくれたのだ。


 その時、ホッとしたことを覚えている。

 だが、同時に不安もあった。


 トルクスタン王子殿下の従者たちの身に何かあれば、それは外交問題となる。


 だけど、中に入ろうとした俺を止めたのは、シオリ嬢だった。

 彼女は、あの二人を信じたのだ。


 いや、信じたのは、あの従者たちを遣わしたトルクスタン王子殿下のことだろうか?


『トルクスタン王子殿下の従者たち……。本当に何をしたんだ?』


 それは俺も思った。

 掃除と称して待たされた時間は一時間(1刻)となかったはずだ。


 だが、空気そのものが変わっていた。

 あの部屋が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに。


 その間に、彼らが何をしていたかは俺も分からない。

 あの二人は、俺の従者でもなく、シオリ嬢の従者でもないのだ。


 容易にそれを確認することはできなかった。


 その場にこの精霊族がいれば、少しぐらいは流れ込んできたかもしれない。


『でも、そのやり方ぐらいは聞いておいた方が良いんじゃないですか? 今回は良くても、次に行った時、元通りになっていたら意味がないでしょう? シオリ様の身まで危険に晒すおつもりですか?』

「それは……」


 シオリ嬢が危険な目に遭うのは嫌だった。


 あれだけ、他者のことに心を砕く女性だ。

 あの部屋に何の気構えも無しに入って、落ち着いていられるとは思えない。


 確かに、トルクスタン王子殿下の従者たちに教えを乞うことが正しいのだろう。


 その見返りに何を要求されるかは分からないが、俺が差し出させるものなど、高が知れている。


『まあ、その辺りも踏まえて、ルーフィス嬢とヴァルナ嬢と話し合っておきますか。もともと彼女たちもトルクスタン王子殿下からの紹介でしたしね。まあ、それでも、協力がどれぐらい得られるかは分かりませんが』


 彼女たちはシオリ嬢の専属侍女ではあるが、同時にトルクスタン王子殿下からの人員でもある。

 俺たちの行動は、彼女たちによって、トルクスタン王子殿下に報告されていると考えるべきだろう。


 尤も、報告された所で特に思うものはない。


 もともと、トルクスタン王子殿下も自分の手の者を入れると言っていた。

 だから、彼女たちが、シオリ嬢に害を成さなければ、何をしていても構わない。


『シオリ様と出会って、まだそんなに経っていないというのに、随分、変わりましたね、アーキスフィーロ様』


 従僕が肩を竦める。


「変わった?」


 そうだろうか?

 もともと、自分はこんなものだと思う。


 そんなに簡単に人は変われない。

 ただ、これまでそんな感情を向ける相手がいなかっただけだ。


 いや、昔はいた。

 だが、いなくなった。


 それだけのことだ。


『変わりましたよ。貴方が気付いていないだけです』


 呆れたように従僕は言った。


『まあ、人として悪くない変化だと思いますよ』


 精霊族の血を引く人間に、「人として」と言われるのは少し複雑である。


『ところで、アーキスフィーロ様。シオリ様にご事情を話される予定はありませんか?』

「事情?」


 何の話だ?


『シオリ様はどうやら、突っ走ってしまう面がおありのご様子。ですが、同時に人の事情を考慮することができる方です。今回のことも、貴方が先に事情の説明をしていれば、もう少し別の形もあったのではないでしょうか?』

「それは……」


 この従僕の言っている意味は分かる。

 こちらの事情を話しておけば、シオリ嬢はあんなことを言い出さなかっただろう。


 だが、頭の中にある過去(記憶)が次々と切り替わり、押し寄せてくる。

 それらをあの綺麗な女性(シオリ嬢)に?


「まだ……、無理だ……」

『そうでしょうね』


 俺の答えが分かっていたように、セヴェロは溜息を吐いた。


『まあ、直に悪意ある第三者の口からシオリ様に誇張付きで伝わるとは思っています』

「は?」

『城に行くようになるのです。何らかの形で接触はあると思ってください。そして、シオリ様に善意の仮面を被って近付き、少しの猜疑心を植え付ける。人間ならそれぐらいはやりかねないでしょう?』


 セヴェロの薄い笑いにゾッとした。


 第三者から、シオリ嬢に?

 それも、猜疑心を植え付けるために誇張した話を吹き込むと言うことか?


 そんな可能性など、全く、考えたこともなかった。


『これまで、他者と交流を持つことが少なかったアーキスフィーロ様。だから、貴方が人間たちの悪意に疎いことは重々承知してます。ですが、()()それに慣れている。そうでしょう?』


 少しずつ、自分の脳に沁み込んでくる言葉(囁き)

 その言葉の意味が耳から脳に伝わり、自分の意識を揺らしていく。


 目の前にいる精霊族はいつものように笑った。


『まあ、多少の悪意を跳ね除ける強さはお持ちのようですが、人間の邪心には不慣れなご様子。これまでは強烈な庇護者が多くあったようですが、この国においては、その威光も届かない。バカしかいませんからね、この国』


 もはや、不敬と言う気すら起きない。


 この場合の強烈な庇護者というのはカルセオラリアか?

 だが、強烈?


 俺が無知なだけで、カルセオラリアはそんなにも権威(ちから)がある国なのか?


『アーキスフィーロ様は確かに無知ですけど、違いますよ』

「人の心を読むな」

『読まれるほど強い思いを(いだ)かないでくださいよ。ボクだって好き好んで、他人の気持ち悪い心の声を聞いているわけではないんですから』


 勝手に聞きたくもない他者の心の声が流れてきてしまう点は同情するが、この場合の「気持ち悪い」はもしかしなくても、俺も含んでいないか?


『そんなわけで、ボクとしては、他者の口から、あることないことを吹き込まれる前に、とっとと()()した方が良いと思っていますけどね』


 人の心が読める精霊族は、俺の心の声を聞いた上で、無情にもそんなことを言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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