辛口評価
「50点」
「ぐふっ!!」
辛口の評価が、主人を襲う。
主人に甘い兄貴にしては、容赦がない点数である。
いや、甘さを加点した上で、50点なのかもしれない。
オレが同じようなことをやっていたら、恐らく、赤点は免れなかったはずだ。
それに対する、主人はRPGの中ボスのような言葉を口にして、テーブルに頭を打ち付けた。
どうやら、これまでの淑女教育は全力逃走したようだ。
どこかの法力国家の王女殿下が特大な溜息を吐いた気がした。
「まず、これらの重要な話をその場で決める必要はありません。アーキスフィーロ様の登城に関しては、当事者間で平行線となっていても、口を挟まず、黙って見守るべきでした」
それに関してはオレもそう思っていた。
同じことを何年も続けてきた王と貴族子息だ。
ある程度のところで双方の落としどころを、互いに模索してもらった方が良かった。
その間、ずっと頭を下げた姿勢のままでいる主人は辛いだろうが、どこかの法力国家の王女が言うには、「高田は、体幹が鍛えているし、根性あるから、半日同じ姿勢でも余裕っしょ」とのことである。
いや、流石に半日同じ姿勢させる気はねえけどな?
「はい」
主人は、顔を伏せたままである。
とても、反省しているようには見えないが、本人は顔も上げられないぐらい反省をしているのは、オレたちも雰囲気から分かっていた。
淑女以前に人として褒められた行動ではないが、主人が疲れていることも分かっている。
何せ、着飾った上、ローダンセ国王から威圧を受けながらの謁見の後、さらに契約の間でトランプ三昧……、いや、結構、楽しんでいたか?
だが、疲労はあるだろうから、兄貴も何も言わないのだろう。
「他には、先にアーキスフィーロ様の城での仕事を聞いておくべきでしたね」
ああ、それもあったな。
候補とはいえ、実質、婚約者のようなものだ。
その相手の仕事を知らないのはマイナスだろう。
まあ、互いに無関心な婚約者もいるが、少なくとも、わざわざ王に確認するようなことではない。
「仕事場を契約の間とするのは、少なくとも、アーキスフィーロ様の話を伺ってからするべきでした。あのセヴェロ様があれほど感情を露わにするのだから、相応の理由があったとは思いませんか?」
「思います」
恐らくは、一石二鳥を狙ったのだとは思う。
この主人は、婚約者候補の男の扱いも気になったのだろうけど、同時に、この国の大気魔気の荒れようも見過ごせなかったのだろう。
だが、それは、その計画の根幹となる人間に伺いを立てるべきだとオレも思っている。
主人の婚約者候補の男は、あの部屋に良い思い出がないらしい。
そうなると、かなり深い精神的外傷を負っている可能性が高いだろう。
そんなところで仕事をさせるとか、ある意味、鬼畜の所業である。
当人のその自覚はないが。
それにしても、あの城の契約の間は、思った以上に酷い場所だった。
大気魔気だけの問題じゃない。
あの場所には、強すぎるほどの……、あ~、うん。
あんなところで幼少期を過ごしていれば、気が触れないのがおかしいだろう。
そう考えると、50点はやはりかなり甘い評価かもしれない。
「せめて、その理由を確認しておくべきでしたね」
「あうううっ……」
確認したところで、男の方も簡単に口にはできないだろう。
少なくとも、オレなら言わない。
小さくても、男の矜持があるからな。
だが、それを確認しようとした事実が大事だとは思う。
周囲の助けを借りないワンマンプレイは、時として取り返しの付かなくなるほどの不和を生み出すこともあるのだ。
抱え込み自爆は癖になるし、連鎖する。
自分だけの問題では終わらないことも多々あるのだ。
だから、オレたちは基本的に情報共有をする。
万一の時は、後を託す相手が必要だと、互いに知っているからな。
「そして、栞様が口を挟んでしまったために、アーキスフィーロ様に対して、栞様の身柄を交渉の材料として使われました。これが最悪です」
「ぐはっ!?」
ああ、アレは本当に最悪だった。
その言葉を聞いたオレたちを見て、見張っていた男がその顔色を変えたほどだから、剣呑な雰囲気を放ってしまったのだろう。
オレがローダンセ国王の首の取り方を数種類考えた間に、兄貴も考えたはずだ。
あの主人を交渉ごとに巻き込むなと。
「その時点で、アーキスフィーロ様は大人しくローダンセ国王陛下に従う以外の道を選べなくなりました。そればかりか、今後、同じように、栞様の身柄を使って脅すことが増えるでしょう」
「ふぐっ!!」
大事な物を質とした上で脅すのは、かなり安易な考えだが、一番、楽だからな。
まあ、それにも穴がある。
その質が大事な間しか効果がないことと、相手が破れかぶれになれば交渉そのものが決裂する。
もともと、婚約者候補の男にとっては有利な話だったのだ。
全てを見捨てても、男は困らない。
自分の身を護るためと名分があれば、国を捨てて別の地へと亡命することだってできる。
どうせ、ここにいたって、使い潰される以外の未来を望めないのだ。
今のフレイミアム大陸ならば、魔力の暴走をするような魔力の強さを持つ男は大歓迎だろう。
親族を頼って、カルセオラリアへ行くという方法もある。
トルクスタン王子は、あの男を気に掛けているからな。
だけど、栞がいることで、それを選ぶのも容易ではなくなった。
それならば、首輪を付けられた状態で藻掻くしかなくなるだろう。
「この国を救おうと模索した貴女の考え方は立派だと思います。それでも、アーキスフィーロ様がそれを望んでいたかは分かりませんよね?」
「ううっ!!」
もう何度目か分からない、うめき声。
状況が状況だけに、兄貴の言葉には珍しく容赦がなかった。
オレたちのいないところで決められた話だ。
その気持ちも分からなくはない。
全てを救うなど、無理なのだ。
それでも、この主人は、できるだけ手を伸ばそうとしてしまう。
この国のことは、この国に任せれば良いのに。
それができないのは、その身に流れる王族の血か。
それとも、その心を形成している聖女の魂か。
「ただその中で、随行者の許可をもぎ取った点については、よく頑張ったと思います」
そう言って、兄貴は主人の頭を撫でる。
甘い!!
それは確かによくやったと褒めたいが、甘いことに変わりはない。
「お情けでした」
主人は顔を上げないまま、そう呟いた。
「その交渉は、ローダンセ国王陛下の気まぐれによるものでした。本来なら、ありえない譲歩です」
主人はそう言った。
確かに、ローダンセ国王陛下の甘さだとも言えるが、完全に締め付けては反発することも考えられたからこその妥協案の提示だったとも思う。
「普通なら引き出すことができませんでした」
テーブルの上に置かれた主人の手が震えている。
悔しいのだろう。
だが、交渉なんてそんなものだ。
どんなにシミュレートしたところで、相手が予想通りの言動を取ってくれるはずがない。
だからこそ、より詳細な事前情報が多く必要となる。
そして、それらを上手く使う頭も。
これまで、そういったことは、オレや兄貴がやってきた。
あるいは、側で見守っていたのだ。
だが、今回は、オレたちの手が届かない場所で行われている。
主人にとっては、ある意味、王族としての初舞台だ。
その初戦としては、相手が悪かったとも言えるが、こればかりは場数を踏むしかない。
「確かに今回は、相手からの情けはありました。でも、それを生かしたのは栞様です」
兄貴は、主人の頭を撫でながら言う。
「ローダンセ国王陛下の意表を突いた上で、こちらにとって、プラスとなる条件を呑ませた。これについては栞様の成果ですよ」
さらに、胡散臭い笑み。
顔を伏せている主人には見えていないだろうが、この表情は標準装備なのだろうか?
どうやら、今回の兄貴は、とことん下げて叩きつけた上で、持ち上げる方向にしたらしい。
散々、鞭をくれてやった後の飴はさぞかし、甘いことだろう。
その優しさを弟にも分けてください、おに~さま。
オレもたまには飴が食いたいです。
尤も、兄貴から飴を渡されても罠か毒を疑うだろう。
捻くれた兄の弟は、やはり捻くれているから。
だから、真っすぐな主人に惹かれるんだろうな。
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