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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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望み

 ぐるぐる回る。

 気持ちが悪い。


 彼女が誰かに向かって、満面の笑みで「大好き」と口にするのを、現実で聞かされるとは思っていなかった。


 それは、彼女にとって、本当に深い意味はなかったのだろう。

 状況的にも、仲の良い友人に対して言うような感じだった。


 ゲーム中に、自分を手助けしてくれた相手に対して、感謝のような意味合いを持つだけの言葉。


 だが、何故、このタイミングで言うのか?

 幸いだったのは言われた相手も本気で受け取らなかったことだった。


 幸い?

 婚約者候補なのに?


 それでも、オレにとっては幸いだと思ってしまうのだから仕方がない。


 だけど、それ以後は、あまり考えられなかった。


 何も考えずにできる「七並べ」はともかく、「大富豪」や「ダウト」は誤魔化すことができない。

 「ダウト」は嘘を見抜くゲームだから割と得意のはずだったが、結果はボロボロだった。


 たった一言で、しかも、他意の無い言葉でここまで揺らぐとか。

 オレはどれだけ弱い(彼女を好きな)のだろうか?


 兄貴から未熟者と言われるのも道理だ。

 隠せないなら、見守ることができないなら、距離をおけと言われるのも。


 これから先も、少しずつ、距離を詰めていく二人を見続けることになる。

 今は良い。


 互いにあるのは友情に近い親愛だから。

 だけど、少しずつその形を変えていくだろう。


 それほどまでに彼女は相手を気に掛けて、その相手も、彼女を気に掛けている。


 それは、護り護られる理想の姿。


 今は、まだ彼女の方が強い。

 乗り越えてきたものが違う。


 だから、弱い男ほど縋りたくなるだろう。

 だが、男に足りないのは知識と場数、そして、自信だ。


 それらが身に付けば、彼女を支える側に十分なれるとは思っている。


 それだけのモノは持っているはずだ。


 あんな部屋を、知識も経験もないまま、ガキの頃からたった一人で耐えてきたのだ。

 それだけで、十分、普通の男ではないことが分かる。


 オレたちは事前に情報があった。

 だから、それに備えることもできた。


 だが、この男は違う。

 何も知らないまま、押し付けられ、閉じ込められたのだ。


 そう考えると、オレはかなり恵まれた環境にいたのだろう。


 両親はいなかったが、それに変わる人たちがいた。

 学ぶ場も、経験の場も与えられた。


 周囲から蔑まれることもなく、好き勝手に生きることができた。


 だから、オレは幸せなのだと思う。


 ―――― 優等生な言葉だな


 うるせえよ。

 今、お前の声を思い出したくねえ。


 ―――― シオリが他の男に抱かれながら嬌声を上げるのを聞いた後でも言えるのか?


 うるせえって、言ってるだろ?

 人の思考にまで割り込んでくるな。


 自分が落ち込んだ時、マイナス思考に陥った時、昔、聞こえていたのはミヤドリードの声だけだった。


 気付けば兄貴の声が増え、大神官の声が加わり、最近では、紅い髪の野郎の声が追加されるようになってきたのだ。


 さらに、「ゆめの郷(トラオメルベ)」以降では、赤いキツネ顔まで混ざってくるようになったから、より腹立たしい。


 どうせ思い出すなら、可愛い声の方が良い。


「アーキスフィーロさまは、ダウトが苦手ですか?」


 それが、他の男の名前を呼ぶ声でも。


「どうやら、他者を疑うことに慣れていないようです」

「人を疑ってばかりよりも良いと思います」


 悪かったな、疑ってばかりで。

 主人の危機感が足りなければ、必然的に護衛が警戒心を上げるしかねえんだよ。


「次は何をしましょうか?」


 七並べ、大富豪、ダウトをやり終わった後、栞がトランプを切りながら楽しそうにそう言った。


 それ以外のトランプゲームを四人でやるなら、豚のしっぽ、神経衰弱、ババ抜き辺りか?

 51は四人だとあまり混ざらないからつまらない。


 ポーカーは種類がいろいろあるため、ルールが割と面倒だ。


 人間界で主流だったのは、テキサスホールデムポーカーだが、カジノのない日本でそれを知るのは本当にカードゲームが好きな人間ぐらいだろう。


 どこかの国民的RPGに出てくるカジノのポーカーのようなファイブカードドローポーカーなら分かりやすいだろうけどな。


「坊主捲りなんていかがでしょうか?」


 不意に兄貴がそんなことを言った。


 ?

 そんなトランプゲームあったか?


「良いですね!!」


 栞が食いついた!?

 しかも、かなり嬉しそうに。


「坊主捲り……とはなんでしょうか?」


 栞の婚約者候補の男も知らなかったようで、栞に確認する。


「トランプではなく、百人一首の読み札……、絵札でやるゲームです」


 知らねえよ!!

 寧ろ、兄貴はなんで知ってんだよ!?


 栞は、人間界で百人一首を友人たちとやっていたって話は聞いたけど、兄貴が百人一首を持っていたことも、オレはさっき、初めて知ったぐらいだ。


「いろいろ、ローカルルールはありますが、シンプルにいきましょうか」


 そうして、説明されたのは札を裏返して、山札と呼ばれる場所から、一枚ずつ取り、手持ちの札とする。


 最終的に手持ちの札が一番多いやつの勝ちという本当にシンプルなものだった。


 但し、坊主が出たら手持ち札を全部、捨てなければならないらしい。

 そして、姫が出たら、誰かが捨てた札を全部引き取ることになる。


 姫が出た時にその捨てられた札が一枚もなければ、山札からもう一回札を取るということになるそうだ。


 まあ、分かりやすいし、覚えやすい。

 しかし、坊主捲りと言っているのに、坊主を捲ってはいけないとか、酷い扱いだ。


「因みに、蝉丸さんはどのような絵でしょうか?」

「頭巾をかぶっているタイプだよ」

「それは素敵ですね」


 栞が何やら、兄貴と話している。


 そして、兄貴は栞の言いたいことを理解している感があって、実に腹立たしい。

 普通の顔なのだろうけど、どことなく得意げに見えるのは、オレの気のせいだと思いたい。


「シオリ嬢は、百人一首も知っているのですか?」

「友人たちの影響でやっていました。でも、なかなか勝てなくて……。今となっては、懐かしい思い出です」


 友人と聞いて、心当たりが二人ばかり出てくる。


 そう言えば、百首全て覚えても、奴らには勝てなかったとか言っていたな。

 そんな会話も遠い昔のことのように思える。


 その話をしたのは、確かリプテラでのことだから、まだ一年と経っていないはずなのに。

 少しずつ積み重ねてきたものが、少しずつナニかによって上書きされていく。


 オレだけが知っていたことが、同じように、別のダレかにも伝わって、次々と塗り替えられていく。


 それが、時が経つということなのだろうか?


「シオリ嬢は、人間界が好きだったのですね」

「はい。とても好きです」


 今日一番の良い笑顔だと思った。


 朝は、この国の国王陛下に呼び出され、緊張した面持ちだった。

 この部屋に来る前もあれこれ思い悩んでいたことは知っている。


 そして、この部屋で人間界を思い出すようなカードゲームを楽しんで……、ようやく、彼女は笑えたのだ。


 そのことに少しだけ安堵した。

 ……先ほどの言葉も、笑顔もオレに向けられたものではないのに。


 それでも、オレは彼女が笑っていてくれた方がずっと嬉しくなってしまうらしい。


 ―――― 一日に一度、栞さんのことを思って笑ってください


 大神官に言われた日から、ずっとそれは続けていた。


 本人がいなくても、一日一回、栞のことを思い出している。

 思い出すだけで、顔が自然にニヤける。


 オレにとって、あの言葉は本当に救いとなった。


 栞がいない場でも笑えるようになったから、

 栞がいなくても、彼女の笑顔を思い出せるようになったから。


 それでも、本物には敵わない。


 栞が笑うと、それだけで、この世界が色付く。

 何もない無味乾燥な空気が、澄んで心地よいモノに変わっていく。


 渇望が、欲望が、希望が、願望が、信望が、待望が、懇望が、羨望が、熱望が、本望が、次々とオレの中で形を変えて混ざり合って――――。




 何一つとして叶わないことに絶望するのだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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