謁見後
緊張の連続で胃の辺りに微かな痛みを覚えながらも、玉座の間から無事、退室した。
自分はあまり、繊細な質ではないと思っていたが、そうではなかったらしい。
扉を潜ると、そこには見慣れた……とは少し違うが、眼鏡をかけた黒髪の兄弟たちが待っていてくれた。
先ほどの王との対面はこの場で報告しない方が良いだろう。
こんな通路では、誰が聞いているかも分からないから。
「陛下より、案内を出すと伺っております。暫く、この場で待つようにとのことでした」
雄也さんがそう口を開いた。
既に陛下から伝達はされているらしい。
そして、わたしの方も既に彼らとの情報共有は済んでいた。
この兄弟は、この密室で行われた遣り取りの全てを把握しているのだ。
だから、突然の王からの命令にも動揺がないのだろう。
尤も、後で二人からお小言を頂戴する覚悟はしておこうとは思っている。
「シオリ嬢」
アーキスフィーロさまが申し訳なさそうな声を出す。
「貴女を巻き込むことになって……」
そう言いかけたので、わたしは自分の口元に右手の人差し指を立て、左の手のひらを上に向けてそのまま右から左へと流した。
それだけでアーキスフィーロさまも意味を察して口を紡いでくれた。
ここは王城の通路だ。
誰が何を見聞きしているか分からない場所である。
近くに人気がなくても、この世界には魔法も魔道具も存在する。
目の前にいる黒髪の兄弟ほど用意周到な人間がこの城にいるとも思えないが、いないとも限らない。
どんな手段を使ってわたしたちを観察、監視しているのかなんて分からないのだ。
「後で、お話します」
それに気付いてくれたようでそう言った。
「そうですね。その方が良いと思います。先ほどの、陛下とのお話は、屋敷に帰ってからもいっぱいできます。わたしたちには時間があるのですから」
だから、ここで急いで話す必要はないと念を押す。
さらに言えば、今から向かうことになる契約の間でも話す必要はないとも。
心配なのはアーキスフィーロさまが持つ魔石だが、それは今、この場では識別できない。
可能性があるとすれば、通信珠のような盗聴機能や、居場所を確認するための追尾機能だ。
考え過ぎだとは思うが、用心するに越したことはないだろう。
あの国王陛下から見れば、わたしは得体の知れない女だ。
アーキスフィーロさまを唆す悪女かどうかを見極めるために、何か仕掛けてくることは不思議でない。
わたしも随分、疑い深い人間になってしまったものだ。
これは、そこの兄弟の影響が大きいだろう。
だけど、それが悪いとは思わない。
警戒するのは悪いことではないのだ。
何もなければ、何もなくて良かったねと笑い飛ばせる程度の警戒だしね。
そして、待つこと……10分ぐらい?
ようやく、案内人っぽい人が来た。
「お待たせしました。ロットベルク家第二令息アーキスフィーロ様とそのお連れ様ですね?」
そう言ってその人は礼を取る。
「陛下の命により、参上しました。これより、ご案内いたします」
そう言って、地下へと案内される。
さて、このローダンセ城にある玉座の間は、三階の中央にどんとあった。
そして、今向かっている契約の間は、北の端の地下にあるらしい。
セントポーリア城でも、カルセオラリア城でも玉座の真下の地下だったと記憶している。
ストレリチア城の契約の間は使用したことはないけれど、やはり、玉座の間の真下だと聞いたことはあった。
ストレリチア城内にある大聖堂の契約の間は、会堂と呼ばれる祭壇や内陣のある場所の真下である。
因みに、ローダンセ城の北の端、二階にはホール……、例の舞踏会が行われた「青玉の間」があるのだ。
あの「青玉の間」は、舞踏会が行われた場所ではあるが、それ以外にも様々な催しものが開かれるらしい。
楽器の演奏会とか、女性たちのためのドレスの品評会とか、男性たちのために、武術の腕を競う場を設けられることもあるらしい。
演奏会やファンションショーまでは理解できるが、武術の腕を競う場をホールで行うのはどうかと思う。
なんでも同好の士の集いとして活動する場として貸し出すこともあるらしい。
サークル活動でお城を借りれるって凄いとは思うけど、人間界でも同人誌即売会と呼ばれるものが、国際的な会場で大規模に行われているということも知っている。
人の思いは国を動かすってことだろうか?
いや、お金を払えば会場が使えるなら、そこまで大袈裟なものでもないのか。
お金の力って凄いわ~。
でも、なんとなく思う。
もしかしたら、あの「青玉の間」って、昔は、玉座があった場所なのではないか、と。
確かに先ほどいた玉座の間はもっと広かったと思う。
そしてゴージャスだった。
でも、同時に、どことなく雰囲気があの青玉の間に似ていたのだ。
壇上とそこに置かれた椅子とか、正面の大きな扉とか、周囲の柱の感じとかが似ている気がした。
後で、その辺りも含めて確認するべきかもしれない。
確認するなら、アーキスフィーロさまよりも、雄也さんか。
彼なら他国の歴史にも明るい気がする。
それでも分からなければ、この国の史書を手に入れてもらうか。
どれだけ史書が史実に即しているかは分からないけれど、城の改装とかはある意味、歴史の転換となる。
何冊か読み漁れば、一冊ぐらいはそのことに触れているだろう。
わたしは、あまり外出できないけれど、雄也さんや九十九なら出入りは自由である。
あるいは、トルクスタン王子に頼むのも良いかもしれない。
勿論、その時は、雄也さんと九十九に相談した上での話となるけどね。
「こちらです」
そう案内されたのは、ごく普通の木の扉でできた入り口。
だけど、なんだろう?
少しだけ、ひんやりとした空気が漂ってくる気配があった。
どの国も、契約の間は魔法の気配が漏れないように作られている。
少なくとも、これまで使用してきたものはそうだった。
一般家庭にある契約の間さえ、中で魔法を使っても、外にはその気配が分からないと聞いている。
一般家庭と貴族用の契約の間の違いは。その魔法に耐えられる強度と広さ。
平民用に作られた契約の間と貴族用の契約の間の魔法耐性が同じはずがない。
実際、リプテラのアックォリィエさまが準備してくれた別邸にあった契約の間は。ちょっとばかり結界を強化した上で、水尾先輩は使っていたらしい。
そうしなければ、魔法国家の王女の魔法に耐えられないから。
これまで水尾先輩が使った契約の間で、彼女の魔法に耐えられそうだと思ったのは、アリッサムは当然ながら、ストレリチア城内の大聖堂にあるものと、カルセオラリア城内のモノしかないそうだ。
それ以外はどうしても、結界を強化しなければ、全力は出せない。
尤も、リヒトと出会った迷いの森や、「ゆめの郷」にあった不思議な広場のような自然結界の例もある。
恐らくは、セントポーリア城下の森も大丈夫だろう。
わたしや九十九の魔力どころか、情報国家イースターカクタスの王兄殿下の魔力すら隠して切っていたようだからね。
それだけに、この部屋の入り口はちょっと不思議な感じがする。
中の空気が伝わるってことは、魔法の気配も漏れてしまうのではないだろうか?
そうなると、魔法を使えない。
本来の目的である魔法契約も難しくなるだろう。
魔法は契約する際、かなりの大気魔気と体内魔気が変動するらしいから。
何度か魔法契約したことはあるけれど、自分では契約に集中していて気付けないのだ。
そして、契約後に魔法が使えなかったことまでセットの思い出である。
だけど、この部屋はその気配が外に漏れてしまうという。
契約を内緒にしたい人には忌避されるだろうし、何より、それが気になる時点で、ここで魔法契約をすることが難しいと思う。
いや、単純にわたしの気のせいって可能性もある。
穿った見方をしているから、余計にそう感じてしまうのだと。
実際、中に入ってみれば外に漏れないかもしれない。
「ご使者殿」
わたしが考えていると、背後から声を掛けられた。
「なんでしょう?」
案内してくれた人は訝し気に、声を掛けた人を見る。
「貴方は、この部屋が何であるかを聞いていますか?」
そんな問いかけに対して、案内をしてくれた人は……。
「『契約の間』と呼ばれる部屋だと伺っております」
そんなごく普通の返答をした上で……。
「誠に申し訳ございませんが、私はこれより先はお付き合いできません。どうぞ、ご自由にお入りください」
そう恭しく一礼をした。
だけど、わたしには分からない。
国王陛下がわたしたちを契約の間へと案内することは先に分かっていたはずだ。
それなのに、なんで、雄也さんはわざわざ確認をしたのだろう?
そして、どうして、わたしの護衛たちは二人とも落ち着かない気配を放っているのだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




