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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~

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【第13章― 国境を越えた先に ―】魔界の薬と口直し

この話から第13章となります。

「ふむ……、この辺で良いか」


 わたしたちは、涙目になっていたアリッサムの人たちに見送られながら、グロッティ村を発った。


 そして、数十分ほど歩いた頃、先導していた雄也先輩がふと足を止めたのだ。


「まだ村がぼんやりと見える距離だぞ」


 後方にいた九十九が、後ろを振り返りながらそう口にする。


「確かに村はまだ見えるが、普通の魔界人が望遠鏡などの道具を使わずにこの距離を歩く人間の目視は難しいだろう。物見として訓練されている人間や遠見魔法を使っていたりしないことが前提条件ではあるがな」

「遠見魔法は理解できるが、『物見』ってなんだ? 遊山か?」


 水尾先輩は疑問符がいっぱい浮かんだ顔をしている。


「簡単に言えば、見張りみたいなものだな」


 う~ん。

 雄也先輩はなかなかマニアックな知識をお持ちのようだ。


 恐らくこの人の言う「物見」とは、戦時の敵情を探ったり見張りをしたりする人たちのことだと思う。


 戦国時代でも使われていた言葉で「忍者」とか「忍び」と呼ばれた人たちもその任務に就いていたと聞く。


「……で、何がこの辺で良いんだ? メシか?」


 水尾先輩がお約束なことを言う。


 朝食を食べてそんなに時間は経っていない気がするんだけど気のせいかな。


「食事というより飲み物だな」


 そう言いながら雄也先輩が取り出したのは……、どこかで見たことがある小瓶だった。


 その瓶の中で、カフェオレっぽい色した液体が揺れている。


 一ヶ月ほど前に見た覚えがあるソレは、喜んで飲みたいとは思えない種類のものだったはずだ。


「……なんか嫌な予感がする」


 何かを察したのか、水尾先輩は伸ばしかけた手を引っ込める。


「毒ではないが、服用した者たちの話では、口直しが必須らしい」


 ああ、確かに水を呑んでも、舌にヒリヒリ感が残った。


「そこで、和菓子っぽいものをご用意致しました」


 そう言いながら、スッと九十九が出したのは可愛らしい葉っぱ型の小皿の紙の上に載せられた練り切りのようなお菓子。


 花や和菓子には詳しくないけれど、桜の花をかたどっている気がする。


 九十九は本当に器用だ。

 でも、当人が「和菓子っぽい」と言っている以上、和菓子とはちょっと違うのだろう。


 まあ、魔界では人間界と使える材料が違うから、その辺りは仕方がないとは思うのだけど。


「くっ! それだけ不味いということか。少年、薬の効果、効能は!?」


 薬を差し出した雄也先輩より、お菓子を持っている九十九に聞く辺り、水尾先輩らしい。


「その薬の効果は、姿と魔気を含んだ気配を完全に消します。匂いは特に感じられませんが、味は、口に含んだ直後は薬草のバーグル、後味は調味料のクジェタに似ています。舌に残る感覚はマボラ……かな?」

「バーグルとマボラって毒草じゃねえか!! そんな味まで知らん! それにクジェタって調味料って言うより、匂い消しの方が有名なヤツだろ!?」


 いや、それよりなんでその()()の味を九十九が知っているのか?


 そっちの方がわたしには気になるんだけど……。


「大体、魔界の薬は信用できねえ! 碌な結果がでたこともないし、碌な目にも遭ってねえ!!」

「まあ、ソレについては個人的に同意見だが……」


 水尾先輩の言葉に、雄也先輩もどこか遠い目をしている。


 何かあったのだろうね。


 この世界では、薬を作るのに資格はいらないという。


 怪我や疲労回復の薬はそんなに難しくはないけれど、治癒魔法や回復魔法という奇跡が存在するためか、あまり薬の需要がないらしい。


 何しろ、料理ほどではないが、薬を作る時にも状態変化が少なからず起きるため、同じ品質のものを安定供給するのは難しいという話だった。


 そして、そんな環境にあるためか、病気に対する治療薬というものは存在しない。


 毎回同じ効果が望めるか分からないものを、病気で抵抗力も弱まっている人間に投与することはできないからだろう。


 だから、薬を作るのはほとんど個人の趣味の領域となるらしい。


 ……よくよく考えなくても、それって死人が出てもおかしくないのではないだろうか?。


「この和菓子っぽいものは、この薬の味に合わせて作りました」

「なっ!?」


 九十九の言葉に、驚愕する水尾先輩。


「単独でも勿論、食えます。しかし、この薬を飲んだ直後に口にするのが一番美味いと思いますが」

「うぐっ!」


 あ……。

 水尾先輩の心の揺れが目に見えて分かる。


「まだ押しが少し足りないようだな。九十九、お前が食って証明しろ」

「分かった」


 そう言いながら、九十九は小さなテーブルをどこからか出して、お皿とお菓子と重箱を並べていく。


「お、お重が何故?」


 わたしの言葉に九十九はキョトンとした顔をした後に……。


「水尾さんがこれ一個で足りると思うか?」


 と、真顔で言葉を返してきた。


「無理だな」


 水尾先輩も真顔で応える。

 

 もうどこに突っ込めば良いのか分からない。


「準備ができたら早く食え。時間が惜しい」


 雄也先輩が九十九に小瓶を手渡す。


「分かってるよ」


 右手に小瓶、左手にお菓子。

 見た目はカフェオレと和菓子というどこか不思議な取り合わせ。


 九十九は薬を呷るように飲み、そのまますぐにお菓子を口に持っていったところまでは見えた。


 それ以降は、姿が完全に消えてしまったので分からない。


『あ~、思ったより甘さが控えめになってんな~。和菓子のまろやかな甘さには今一歩届いていない。作ってから少し時間が経っていることも原因か』


 しかし、その直後。

 お菓子の品評を自ら始めたので、そこにいることは間違いなさそうだ。


「マジか……。確かに完全に気配がない。体内魔気も封印されている状態と変わらん。少年が声を出さなければ、そこにいることなんて私でも分からんぞ」


 水尾先輩が目を丸くする。


 わたしには姿が見えないだけで十分驚愕する事態なんだけど、水尾先輩はそれ以外の部分でも驚いていることが分かる。


「じゃあ、次はわたしがいただきますね」


 未知なる物に対する抵抗はあって当然だと思う。

 しかも、事前情報で不味いと分かっているものなら、尚更のことだ。


 それなら、一度でも服用経験がある人間が先に飲んだ方が良い気がする。


 雄也先輩から薬を受け取って、勢い良く飲む。

 久し振りに口に入れたこの薬はやはり美味しくなかった。


 ……はっきり言ってすごく不味い!

 この喉の奥からせり上がってくる泡も邪魔すぎる!


 雄也先輩が無言で和菓子のような物を差し出してくれたので、一つ摘んで口に入れた。


 見た目、食感、味も和菓子。

 これはもう、和菓子認定しても良いんじゃないだろうか?


 美味しいし。


『うん、美味しい』


 わたしが素直にそう呟いた時だった。


「先輩、それ、よこせ」

「皿を? 薬を?」

「皿も薬も! 後で重箱も!」

「欲張りだね」


 そう笑いながら薬と皿を差し出す。

 水尾先輩はそれらを受け取ると、一気に薬を呷った。


「……がはっ!?」


 そんな声を出し、すぐにお菓子を口にする。


 姿は既に見えない。

 だが、なんとなく食べている姿が見える気がした。


 重箱もすぐに蓋が開き、その中のお菓子が空中に浮いては消えていくというある種のホラーな光景。


「そんなに焦って食べると喉に詰まってしまわないかい?」

「いや、兄貴。焦っているわけじゃなくて、これがこの人のいつものペースだ」


 そう言う九十九は姿が見えないけれど、恐らくお皿とテーブルを片付けていると思われる。

 瞬く間に、その場に何もなくなっていくから。


「それは凄い」


 そう言いながら、雄也先輩も薬を手にしていた。


 うん。

 わたしも凄いと思っている。


 水尾先輩は早食いな人なのだ。

 よく噛んでいないわけではないらしいので、人より噛むスピードが早いのだろう。


 そんな感想を抱いていた時だった。


『ふえ!?』


 不意に何かに引っ張られた。


 そして同時に視界が歪み、移動系の魔法独特の気配がする。


 どうやら、どこかに連れて行かれるようだ……けど、毎度のことながら、そういうのは先に言って欲しいとわたしは心の底からそう思ったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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