いざ、謁見!
「今日、呼び出したのは他でもない」
互いの挨拶が終わった後、玉座にゆったり腰を下ろしながら、壮年の国王は切り出した。
「アーキスフィーロ。そろそろ、城に来い」
それは命令し慣れている人間の言葉。
それも、この国の最上位だ。
「その件に関しては、何度もお断りをさせていただいております」
だが、黒髪の青年はそれを拒絶する。
それは本来、許されざることだろう。
「ほう?」
空気がピリつく。
明らかな威圧の気配。
体内魔気を意識的に放出して相手を威嚇する、王族たちがよく使う手法だ。
王族の体内魔気の放出は、それだけでも相手の中の何かを揺さぶる。
だけど、それは無意味だろう。
水属性魔法に耐性が強い黒髪の青年には効果がないから。
そのため、黒髪の青年は身動ぐことも、怖気づくこともなく、真っすぐ陛下を見ていた。
「理由を聞かせてもらおうか?」
今度は周囲の大気魔気に干渉する威圧。
これも黒髪の青年には意味を為さない。
それだけ、この青年は王族の体内魔気や、この国の大気魔気に馴染み過ぎているのだ。
そして、そのように育てたのは皮肉にもこの国の、高貴なる方々である。
尤も、それを知る者は少ないが。
「畏れながら、申し上げます。私は、ご承知のように家から長い時間、離れることが許されない身でございます」
暗に、家から出ることを許されないと青年は言った。
自分の体質が理由ではなく、家の方針だと。
「それは解決したはずだ。シオリ嬢が来てから、ロットベルク家の仕事が早くなった」
王と呼ばれる存在は、青年の傍らで目を伏せ、跪いている女性を一瞥する。
そこまで知られているわけか。
だから、二人の仲をこの国の王家が反対しなかった?
双方を結んだ方が王家の利となると判断して?
いや、そんなに単純な話ではないのか。
周囲が退くほど魔力の強い国内の貴族子息を、他国の庶民にくれてやるなど、普通はあり得ない。
国内に相応しい相手がいないとは言っても、王命を使えばなんとでもなるはずだ。
自国の貴族令嬢、あるいは貴族自身との縁ならば、外に出る懸念はなくなる。
だが、他国の根無し草ならば、いつでも、外に連れ出されてしまう可能性があるのだ。
この国に対する想いが薄ければ、跡継ぎではない貴族子息に過ぎない身柄など、容易に捨て去ることもできる。
まだこの国の全てを掴み切っていないために浅慮はできないが、一つの判断材料として頭に残しておこうか。
「もう、ロットベルク家にはほとんど残っていないのだろう?」
「それでも、私の体質的には無理だと陛下も分かっているはずです。これ以上、犠牲を増やしたくもございません」
その言葉は青年の本心からだろう。
だが、そんな言葉で揺らぐぐらいなら、この人間は王と呼ばれる場所にはいない。
互いに平行線のまま、暫く、似たような遣り取りが続く。
そこへ……。
「わたくしにも、発言をお許し願えますか? 聡明なる国王陛下」
新たな声が割り入った。
「構わん」
「陛下は具体的に、どんな役目をアーキスフィーロさまに願われているのでしょうか?」
その声は何も知らないごく普通の少女の純粋なる疑問。
少なくとも、この王はそう受け取ったらしい。
そんなことも知らないのかという雰囲気を出しつつも、その声に応じる。
「臣下の役割は、勿論、王族の補助だ。アーキスフィーロは幼少期より、第五王子の補佐として養育されてきた。ならば、第五王子の仕事を手伝うことが筋と言うものだ」
予想通りの答えが返ってきた。
だから、黒髪の可憐な少女はこう答える。
「それは、文官としての勤めでしょうか? 武官としての勤めでしょうか?」
「文官だな。王女はともかく、王子たちに武官は付けん」
それは、万一のことを考えてだろう。
王は簡単に害せないが、方法がないわけでもない。
そして、王が倒れれば、自動的にその子供たち……、王子たちにその椅子に座る権利ができる。
しかも、嫡子は決まっていないのだ。
椅子に座る権利は均等にあることになる。
だから、王は息子たちに必要以上に、武の人間を付けない。
勿論、戦える文官もいるだろうが、それを使おうとすれば、その動きも分かりやすくなる。
かつて、蠱毒を勝ち残ってその座に就いた王は、そう言った意味では油断が少ないとも言えた。
「そうなると、書類仕事が主となりますか?」
文官にも種類がある。
だが、少女は無知を装って、尤も分かりやすい仕事を口にした。
「王城の書類は当然ながら、不出だ。ロットベルク家に持ち帰るという案なら、疾うに却下している」
そんなことは勿論、黒髪の少女だって知っていることだ。
伊達に、自国で書類仕事をさせられていない。
自国では、書類を城外どころか、室外に出すことだって王の許可を必要としていた。
「城外に出さなければ良いのですね?」
それは、この国の情報管理の甘さとも言えるし、事務の効率化ともとれる。
そこを突けると判断したらしい。
「勿論だ。城内ならば、書類の往復も珍しくはない」
往復ってことはやり直しだろうか?
それとも決裁前後の話か?
だが、人間界のように決裁済みの書類を元の部署にすぐ戻すことはない。
決定後は、関係各所に通達されるための調整を別の担当者がするだろう。
いずれにしても、やり直し以外で往復することはあまり考えられないということだ。
「それならば、お仕事の書類を城の地下へ運ぶことは可能でしょうか?」
「地下……、だと?」
「シオリ嬢、それは……」
王は少女の言葉の真意を掴みかね、黒髪の青年は正しく理解する。
どの国にも王城の地下にある施設など、そう多くはない。
それは罪人を捉えるための牢の一つであったり、移動するための転移門であったり、そして……。
「この国では誰も立ち入らないという『契約の間』で、お仕事をさせていただくことは可能でしょうか?」
「ほうっ!!」
「シオリ嬢!?」
少女の言葉に、王は明らかな喜色の声を上げ、青年は驚愕の声を上げる。
「アーキスフィーロさま。働かざる者、食うべからず……です。ロットベルク家の御仕事は当主さまたちにお返ししましょう。アーキスフィーロさまは、第五王子殿下の側近であるならば、どこかで主君のための仕事をする必要があります」
少女は正論を叩き込む。
確かに貴族の働きを見せない人間をいつまでも貴族として扱うのは難しい。
今はまだ子息だが、いずれはそう言ってられなくなる。
そこを少女は説いた。
尤も、その青年は、表立って仕事をしていないだけで、裏ではかなりの仕事量だ。
幼少期には大気魔気の調整を。
そして、年を重ねた今では、貴族が集団で掛かるべき魔獣を退治するという、他者が忌避するような危険を伴う仕事すら、たった一人でこなしている。
「シオリ嬢、答えよ。何故、『契約の間』なのだ?」
王の声色が変わった。
先ほどまでの威圧するようなものから、明らかに楽しさを含んだものとなっている。
王からすれば、かなり喜ばしい申し出だろう。
王族の仕事だけでなく、ずっと逃げられていた大気魔気の調整を同時に押し付けることができるのだ。
それも、王の命令ではなく、相手からの請願である。
数いる王子の仕事の補佐などよりも、余程、王の利となるだろう。
露骨にそれを悟らせるわけにはいかないために、問いかけと言う体を取っただけだ。
その時点で、目の前の少女に転がされていることになるのだが、果たして、その事実に気付いているだろうか?
「アーキスフィーロさまの魔眼防止と、万一、魔力が暴走をしても、外に漏れないから……ですね。アーキスフィーロさまのお部屋と一緒です」
「何? アーキスフィーロの部屋……だと?」
王が訝し気な顔をする。
「アーキスフィーロさまは地下の『契約の間』と同じ効果のある部屋にてお仕事をされていました。それと同じことが城でもできるならば、それが良いかと思ったのですが、難しいでしょうか?」
暗に妥協点はこちらから出したぞと言う少女。
口調こそ迷っているように思えるが、その瞳には迷いがない。
当事者の意向を完全に無視している点はいただけないとは思うが、王の前でそのような相談ができるはずもない。
まあ、本来は青年自身が交渉すべきところなのだ。
我を通し続けることを許されるのは子供のうちだけで、貴族の子息として生まれた以上、納得がいかない自分自身を説得してどこかで折り合いをつけるしかない。
青年自身がどれだけ気付いているかも分からないが、これは彼にとっても救済の意味がある。
先ほど彼女も言ったではないか。
働かざる者食うべからずだと。
裏の仕事しかしなければ、表で評価されることもない。
傍から見れば、理由を付けて登城要請を断り続けるなど、愚の骨頂だ。
出てきたら出てきたで文句を言うくせに、出てこなければ内外で槍玉に挙げようとする。
集団というものは、不確かで、曖昧で、その割に暗黙の了解を強制する。
さて、この王は、これらをどう判断するだろうか?
そして、青年は、彼女の意図に気付くだろうか?
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