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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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この国の事情

「また登城……、か」


 わたしは思わず、溜息を吐いた。


「栞様は随分、陛下に気に入られたようですね」


 ルーフィスさんは、朝食の片づけをしながら、わたしに向かって困ったように微笑んだ。


「なんで気に入られたのか、よく分からないんですよ」


 勿論、気に入られてしまった自覚はある。


 舞踏会での円舞曲(ワルツ)で気に入られたと思ったけれど、それ以前から名前を憶えられていた。


 アーキスフィーロさまの婚約者候補と言う肩書きが、あの王さまの興味を引いたとしか思えないけれど、それだけで、こんな状態になるだろうか?


「いずれにしても、登城となれば、(わたくし)も、ヴァルナもお供できません。そして、セヴェロ様も」

「そうですね」


 この国で登城できるのは、貴族以上だ。


 つまり、わたしの侍女という肩書きはあっても、ルーフィスさんとヴァルナさんは一緒に来ることができない。


「その代わり、トルクスタン王子殿下にお願いしました」

「え?」


 トルクスタン王子に?


「侍女の方は無理でしたが、従者を二人、お借りできるそうです」


 その言葉で、察する。


 水尾先輩と真央先輩が無理と言うのは分かる。

 立場的にも、能力的にも、彼女たちは侍女として王城に連れて行くことはできない。


 だけど、従者たちなら問題ない。


「そんなに喜ばれると……、複雑ですね」


 ルーフィスさんが困ったようにそう言った。


 どうやら、顔に思いっきり出てしまったらしい。


 でも、複雑?

 何故に?


「栞様に侍女を付けることができません。このロットベルク家から付けられた侍女たちも、登城できるような身分がないのです」

「それは、わたしが庶民だから仕方ないと思います」


 ロットベルク家から付けられたという侍女さんたちも、その存在を忘れてしまうほど、わたしと会っていない。


 最初の顔合わせぐらいだ。


「それは、女の園に連れ込まれた時、栞様に付き従う人間がいないことを意味します」

「女の園?」


 何だろう?

 その秘密の花園みたいなフレーズは。


「王城で後宮と呼ばれる場所です。そこでは正妃殿下を始めとし、下賜(かし)される前の側室やその候補たちが生活しております」

「ああ、後宮(ハレム)ですね」

「そこは、国王陛下以外、男子禁制となっているため、トルクスタン王子殿下の従者では付き添うことができません」


 まあ、後宮(ハレム)だからね。

 殿方が入ることができないのは分かる。


 万一でも疑われるようなことができるはずもない。


後宮(ハレム)ということは、宦官とかもいるのですか?」


 わたしは数少ない知識を引っ張り出す。

 後宮(ハレム)につきものの、宦官とは、去勢された男性のことである。


 そして、この世界ではストレリチアにもあると聞いていたがどうだろう?

 日本にはいなかったらしいけど、中国や西アジアや地中海地域にはあったという。


 因みに、わたしが知っているのは、古代文明を描いた少女漫画を読んだからだ。


 個人的には頭脳派で周囲に護られる黄金の姫君よりも、自ら剣を選び取り未来を切り開いていく少女の話の方が好きである。


 どちらも、わたしがこの世界に来る時には完結していなかったので、続きが気になっていた。

 まさか、どちらも、まだ続いてはいないよね?


「この国に、表向き、後宮には宦官はいません。去勢してもそういった行いはできますので」


 そうなのか。


 しかし、そういった行いってどういったことなのでしょうか?


 ここは、詳しく聞いても良いものか?

 いや、良くない。


「表向き?」


 だから、明らかに誘いと思われる言葉に乗っかる。


「後宮用に宦官はいませんが、貴族令嬢相手に性犯罪を行うような男には、腐刑(ふけい)……、去勢による刑があります」

「去勢……」


 まあ、性犯罪だからね。

 それは当然だと思う。


 寧ろ、それをしない理由が分からない。


「因みに、それは『発情期』を含めてでしょうか?」


 わたしがそう問うと、一瞬だけ、ルーフィスさんは言葉を詰まらせた後……。


「この世界では、『発情期』による行為は、犯罪となりません」


 そう言いながら、目を伏せた。


 前にもそんな話は聞いたことがある。

 「発情期」で男性が女性を婦女暴行したとしても、罪にはならないと。


 つまり、犯罪行為ではないらしい。


 おかしいね。

 女性の心と身体が傷つけられるのは同じはずなのに。


 でも、同時に、「発情期」でそういった行為に及んでしまった人の方にも罪悪感がないわけではないことを、わたしは知っている。


 その人が善人であるほどその人自身の傷になることも。


 だから、何が正しいかなんて誰にも分からないのだ。


「ぬ……?」


 そこでふと気付く。


 アーキスフィーロさまは、()()()()()()()()()()


 貴族令息として、女性に対する気遣いはできるけれど、明らかに慣れているわけではないご様子。

 そうなると、「発情期」になる可能性がある?


 そのことに気付いて、思わず身震いした。


 だが、分かる。


 これを本人に直接確認するのは、かなりのセクハラだ。

 誰の目にも分かるアウト行為だ。


 でも、確認しておかなければ問題だよね?


 わたしはアーキスフィーロさまと一緒に過ごす時間は、短くはないのだ。

 しかも、誰も立ち入らないような密室に等しい地下である。


 わたしの私室となった部屋には内鍵はあるけれど、この部屋を作ったぐらいだ。

 逆に壊すことも容易だろう。


 わたしは「発情期」となった人に、論が通じないことはもう知っている。

 いつもの様子からは想像もできないような行為に及ぶことも。


 そして、そんな場面となれば、セヴェロさんはアーキスフィーロさまの肩を持つだろうし、わたしの侍女たちは、多分、全力で止める側に回ってくれるだろう。


 だけど、犯罪行為ではないなら、主人を護るためとはいえ、貴族子息を止めるのは、この国では問題行為となる気がする。


 ただでさえ、女性が見下されている国……、あれ?


 その割に第二王女殿下は男性のアーキスフィーロさま相手に高慢に振舞っていたのは気のせい?

 王女だから?


 わたしが混乱していると……。


「栞様、(わたくし)は今から()()()を呟きます」


 不意に、ルーフィスさんがそんなことを口にした。


「へ?」

「独り言です」


 そう言って、さらに微笑む。

 これは、何かを伝えようとしてくれるのだろうか?


「一般的にこのローダンセの貴族子息、貴族子女は、15歳までに婚約者を見つけ、17歳になるまでに、その相手とともに閨教育を受けます。その際、男性側の『発情期』を防止するために、経験されることが多いと伺いました」

「ほげっ!?」

「独り言です」


 突然の、この国の事情。

 だけど、それをルーフィスさんは独り言と言う。


 いや、鈍いわたしにも分かっている。

 これは、その事情を教えてくれるのだと。


「勿論、閨教育は家によってやり方は異なります。そのため、男性は家のやり方を覚え、女性は嫁ぎ先の教育を受けるそうです」

「はあ……」


 つまり、わたしもここで、それを受けなければならないってことだろうか?


 え?

 ちょっとヤダ。


「栞様は18歳なので、既に閨教育を受けたものとして扱われているかと」

「はぎょっ!?」


 それはそれで嫌だ。


 閨教育ってアレですよね?

 子供の作り方とかなんとか。


 え?

 わたし、そんな教育を受けているっぽい?


 学校の保健体育の授業及び、小学校時代の学年雑誌からしか知識はありませんよ!?


「閨教育については、(わたくし)が教えしてもよろしいのですが……」

「結構です!!」


 揶揄われているのが分かったので、思いっきりそう言い返す。


 ああ、でも、多分、顔は真っ赤だ。

 恥ずかしい。


「冗談です。一人の知識では偏るため、(わたくし)では閨教育に向きません」


 クスクスと笑いながらルーフィスさんは言った。

 うん、もう既に独り言ではないね。


「一番良いのは、アーキスフィーロさまから学ぶことですね」

「それって、痴女扱いされません?」


 婚約者候補に過ぎない身で、この家の閨教育を教えてくださいとか経験の有無を聞く以上にセクハラが過ぎると思うのだけど。


「いえ、喜ばれるかと」

「ふえ?」


 なんか、今、変なことを聞いた気がする。


「変に外からの知識もなく、自分が好きなように教えることができるのは、ある意味、男の浪漫ですからね。まるで、日本の平安時代に書かれた物語のようです」


 日本の平安時代……、多分、源氏物語かな。


 え? 10歳になるかどうかの若紫扱いってこと?

 いやいや、そこまで幼くはないですよ?


 思わず人攫いをしたくなるほど美しさが溢れているわけでもないしね。


「この世界には『発情期』と呼ばれているものがあるため、どうしても、男性の経験年齢は人間界よりも早くなります。そこだけはご承知おきください」

「はい」


 それが悪いってわけじゃない。

 この世界ではそれが普通というだけの話。


 でも、どこかで、やっぱり嫌だなと思ってしまうわたしの心は狭いのだろうか?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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