魔獣退治の理由
「今頃、アーキスフィーロさまは魔獣退治……かな」
ポツリと呟く。
今の時間は二十刻。
ここは地下だから外の様子は分からないが、月明り以外は真っ暗な時間帯だろう。
先ほど、部屋からアーキスフィーロさまの気配が消えたから、昼間言っていた魔獣退治に行ったのだと思う。
「恐らくはそうでしょう」
すぐ後ろに控えているルーフィスさんもわたしの言葉に同意する。
「この国では貴族子息が魔獣退治というのは普通なんですよね?」
そう考えると結構、過酷なのかなと思う。
「そうですね。15年前までは……」
「15年前まで……?」
わたしが問い返すと、ルーフィスさんは微笑む。
「近年、この国の貴族子息たちによる魔獣退治の数は減っているようです。我が師より15年ほど前はこの国でも嗜みと伺っていましたが、人間界に行くようになった近年では、城下に住んでいる貴族子息で魔獣退治をする方が珍しいと伺いました」
「珍しいのですか?」
「やはり、危険ではありますからね。城下から離れた地に住んでいる貴族たちは、自分の領地を護るために近隣の魔獣退治はしているようです」
そうなると、城下にいながらも、魔獣退治をするアーキスフィーロさまはどこか異質なのだろうか?
「尤も、魔獣退治をすることで多少なりとも金銭を得られるために、貧困に窮している貴族は今も魔獣退治を続けているとは伺っております。国に納める税は、高位の貴族ほど高額となりますからね」
稼ぐために魔獣退治をしている貴族もいるらしい。
アーキスフィーロさまはその中の一人ってことだろうけど……。
「このロットベルク家もそうなのですか?」
「長子さまのあの様子では魔獣退治は無理でしょう。魔獣に魔封石など、効きませんから」
魔獣には魔封石が効かないらしい。
人間にしか効かないってことだろうか?
わたし相手に迷わずそれを使っていることから、ヴィバルダスさまはあまり戦闘慣れしているようには見えなかった。
うん、無理だね。
武官より文官よりだ。
そして、あの文章構成力を見た限り、文官も無理だ。
そうなると、あの方は将来、何になるつもりなのだろうか?
ロットベルク家の子息という肩書きはいずれなくなってしまう。
ヴィバルダスさま、アーキスフィーロさまのどちらかが家督を継ぐことによって。
そうなると、ロットベルク家当主か、ロットベルク家当主の兄のいずれかしかない。
だが、あの文章で王家に奏上しようとしている時点で、当主としてはいかがなものかと思ってしまう。
さらに言うなれば、口や手を出す上、弟の婚約者候補に側室になれと迫った上、お断りをすると、力尽くで自分の命令に従わせようとする上司って最悪じゃないかな?
そうなると、ロットベルク家のためにはアーキスフィーロさまが後を継いだ方が良いだろう。
だけど、それがアーキスフィーロさまにとっても良いものかと問われたら、閉口してしまうのも事実だ。
それだけ、この国は居心地が悪い。
これまで何カ国かに滞在してきたが、本当に信じられないことばかりが短期間で多発している。
だから、この国で幸せになれるとは思えなかった。
「ルーフィスさんの目から見て、この大陸の魔獣は強いと思いますか?」
「そうですね~。この城下近隣に出てくる魔獣なら、そこまで強くはないと思います。ただ自分の視点なので、他者がどう感じるかは分かりません」
おおう。
それはそうだ。
ルーフィスさんは、実戦慣れしている人だった。
だから、基準が、人外!
うん、納得!!
「わたしでも倒せそうですか?」
「無理ですね」
「そうですよね~」
思ったよりもあっさりと否定された。
でも、わたしもそう思う。
これまで、魔獣なんてモノを見たこともない人間が、そんなものを見て、すぐに動けるとは思えない。
魔力とか魔法とか、そんなものが一瞬で頭から吹き飛んでしまうだろう。
わたしは確かに魔力が強いけど、それだけだ。
魔獣を相手にするような強い心臓を持って生きていない。
「栞様は、魔獣退治に興味がありますか?」
「興味があるというよりも、アーキスフィーロさまだけでなく、ヴァルナさんやルカさんに危険がないかが心配なのです」
できれば、そんな怖いことは止めて欲しい。
でも、それぞれに理由があるのだろう。
あの様子だと、アーキスフィーロさまも魔獣退治は思い付きなどではなく、何度かされているのだと思う。
水尾先輩は国でもやっていたと聞いている。
しかも、年齢一桁時代からだ。
そして、九十九は、水尾先輩を護るために同行していると聞いた。
「ルカ様や、ヴァルナについては心配するだけ無駄ですよ。特にルカ様は嬉々として、魔獣を狩っているご様子ですし」
模擬戦闘の水尾先輩を思い出す。
あんな感じなのだろうか?
でも、模擬戦闘ではなく、一応、命の遣り取りですよね?
「魔獣の退治依頼は、何の害もなく出されるわけではありません。大小、様々な理由があり、自分たちだけではどうしようもない状況になってから出すことも少なくありません。相応の褒賞……、対価が要りますからね」
自分たちでどうにもできないから、外部に依頼するしかない。
その考え方は納得できるものだった。
そして、人間、無料で動いてくれるような人は少ない。
自分たちの行動に、対価を求めてはならない神官ぐらいだ。
だから、その危険に見合った報酬を準備することになる。
「ルーフィスさんが初めて、魔獣を退治したのはいつですか?」
なんとなく、聞いてみたくなった。
水尾先輩が年齢一桁なら、雄也さんはどうだったのだろう?
「初めて、魔獣を見たのは5歳でした。師が召喚した魔獣によって、弟と共に半殺しの目に遭ったことは今も忘れられません。走馬灯は見ていませんが、死とはこういうものかと実感したものです」
ミヤドリードさ~~~~~ん?!
自分の幼い甥っ子たちになんてことやっていたのですか?!
「そ、その時、わたしは……?」
雄也さんが5歳なら、その弟である九十九は3歳。
そして、同級生であるわたしも当然、3歳の頃だ。
「あれは、主人が城内で怪我をしたことが理由でした。そのため、主人がその間、城内で何をしていたかまでは覚えていません」
ルーフィスさんが苦笑する。
どうやら、わたしは巻き込まれていなかったらしい。
だが、やり過ぎだろう。
いくら主人が怪我をしたとしても、それを咎めて半死半生となるのは違うと思う。
躾を通り越して、体罰、折檻の域にある。
でも、それが許されてしまうのが、この世界。
その結果、強く逞しく育ったのがこの兄弟。
「その後、別の世界で暮らすようになり、何度かその地域の生き物を捕殺しておりました」
「へ?」
何か、今、妙なことを聞いた気がするのですが……?
「この世界では野生動物を殺して食すことは普通ですが、あの世界では様々な法律によって、野生動物すら捕まえて殺すことが罪になることを知らなかったんですよね。まあ、人目は避けていたのでバレてはいないと思いますが」
当時、7歳と5歳の少年たちの闇を見た気がする。
いや、思ったより、人間界でもサバイバルしていた?
あの地域の野生動物……。
ウサギはいたと思う。
小学校の運動場に偶にフンが落ちているのを見た。
サルも出没したと聞いたことがある。
イノシシも稀に出てきたらしい。
鳥は種類が分からないけれど、鳩や雀って確か、食べれるよね?
「意外でしたか?」
「物凄く」
そんな暮らしをしていたことも。
あれ?
でも、そこまで常識が違った世界で、彼らはどうやって、生活基盤を整えてきたのだろう?
「ちょっとした知識は主人の母君から伺っていたのです。まさか、あの世界に私たちが行くとも思っていなかったのですが、相手が子供だったからでしょう。あの世界の話をしやすかったようです」
その話の中に、野生動物狩猟禁止令はなかった、と。
まあ、確かにそこまでの話はしないか。
母も彼らがあの世界に行くなんて想定していなかっただろう。
「金銭は、始め、この世界の貴金属を、買い取り業者に持って行って、換金しておりました。今にして思えば、小学生が宝石や貴金属を持ち込むなんて怪しいと疑われるような行為ではありますが、あの地域が、この世界の人間たちによって作られたなら、納得ですよね」
あ~、買取屋は確かにあった気がする。
「なんでも買います! 宝石、貴金属持ち込み大歓迎!! 」という幟を見た覚えがあった。
わたしの家からは遠かったけれど、位置的に、九十九たちの家からなら多分、そこまで離れていない。
確かに子供が貴金属を持ち込むなんて、怪しさ満点だし、その出所を疑われてもおかしくないだろう。
だけど、それがこの世界の人間たちによる施設で、しかも、10歳から15歳の子供のために作られていたなら、疑うことなく、換金してくれたかもしれない。
「少し、あの世界の常識を身に着けた後は、雇い主に報酬を金にしてもらうように願いました。その方が、買い取る方も楽だったようです」
「金? 金ってあの金?」
「はい。元素記号Au。原子番号なら79のあの金です」
やはり、あの金か。
換金は確かにしやすそうだ。
「話は逸れましたが、私は、それ以降に魔獣と出会いました。あれも、年齢一桁ぐらいでしょうか。城内で、悲鳴が聞こえて、何も考えずにその場に飛び込んで、死に掛けました」
ゾクリとしたものが背中を伝った。
その話に聞き覚え、いや、視覚えがあったからだ。
この場合の城内なんて、たった一つしかない。
その頃の雄也さんが出入りしていた城はセントポーリア城だ。
そこに現れた魔獣なんて……。
「私は、『翼が生えた大蛇』が、初の召喚獣ではない魔獣との出会いでした」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




