減った依頼書
この国の魔獣退治の依頼方法はいろいろある。
退治できる実力のある人間に直接依頼することが望ましいが、そんな名の知れた実力の持ち主などそう多くはない。
どんな魔獣でも倒せるような人間はほとんどが貴族である。
つまり、一般人が頼み込むには少しばかりハードルが高いだろう。
だから、基本は掲示板となる。
但し、依頼書を掲示するのには金銭がかかり、それも場所によって金額が違うのだ。
外から魔獣退治に来るような人間が多く集まる場所……、宿泊施設や酒場にある掲示板はかなり高額だと聞いている。
鍛冶屋、道具屋、武器屋などの店頭にある掲示板も、決して安くはない。
この国は、金を稼ぐのに必死な人間が多いから。
城下には公共掲示板もあるが、それは、その都度、役所に申請しなければならず、手続きするのもかなり面倒らしい。
そして、公共掲示板に貼られているものは、割に合わないものが多かった。
だが、ここ最近、その城下で一番大きな公共掲示板からは、魔獣退治の依頼書そのものがなくなっていた。
「お~、ずっと貼ってあった大蛇の魔獣の依頼書も、ついになくなったみたいですね」
セヴェロの話によると、少し前、近くの村に30メートルほどの大蛇の魔獣が出没していたらしい。
その大蛇の魔獣は、家畜だけでなく、人間も丸呑みしていたために、早期退治を呼びかけられていたが、暫くは掲示されたままになるだろうと思っていたそうだ。
大蛇の魔獣は、水属性の魔法耐性が強く、この大陸出身の人間たちにとっては、かなり脅威となる魔獣で、俺とも相性は悪い。
その依頼がなくなっているらしい。
「そんなものがあったのか?」
「貼られたのは十日前でしたね。でも、この様子だと、割と早くに剥がれているような気がします」
そう言いながら、セヴェロが目を細める。
「それも、例の二人……、か?」
「その可能性は高いでしょう。一度、お二人の魔獣退治の現場を見てみたいな~」
シオリ嬢が俺の前に現れて暫く、ずっと俺宛に届いていた魔獣退治の依頼は全くなくなった。
そればかりか、セヴェロの話では、城下にあった魔獣退治の依頼もかなり減ったらしい。
いや、正しくは、誰もが躊躇するような面倒な魔獣退治の依頼が無くなっただけで、その辺りの一般市民でも倒せそうなものは残っているのだが。
「高額退治を狙っているわけでもなさそうですね。これだけ見ると、ただの善行? ……ですが、リスクに見合わない気がします」
ここに貼っていた魔獣退治依頼の対象が本当に大蛇の魔獣だったなら、確かに見合わないだろう。
「まあ、公共掲示板が駄目なら、酒場に行きましょうか。あそこまで淑女たちが立ち入っているとは思えませんから」
そうセヴェロが促したので、俺も酒場へと足を向ける。
俺には王族たちから、魔獣退治の依頼が直接来ていた。
恐らくは、王族たちへの嘆願がこちらに回されてきていたのだろう。
ほとんどは手強い魔獣ばかりで、その中には、無傷ではいられないものもあった。
そして、登城要請の拒否と引き替えだったために、報酬もなかった。
だが、ここ最近は、全くその依頼がなくなっていたのだ。
これまで黒い封書で届けられていた魔獣退治の依頼の代わりに、白い封書の登城要請が届いたのが本日の早朝。
王族は黒しか使わないと思っていたが、本日の封書は全て白で届いたのだ。
しかも、王家の紋章が封緘紙として使われている封書など、登城要請を含めても、初めてだった。
これまでの自分の扱いが分かると言うものである。
尤も、国の命令書とも言える最上の青の封書は、話に聞いたことがあるだけで、まだ見たことはない。
貴族子息に送るものではないからだろう。
王族から依頼が来なくなったと言うことは、公共掲示板に貼られている物も減ったのだろうと予測していた。
だが、ほとんどなくなっていたのは予想外のことである。
割に合わない依頼など受けたい者はない。
だから、対価が釣り合っていないと判断した人間は、面倒でも公共機関を通すしかなくなる。
公共機関は営利を度外視するから、多少、釣り合っていなくても、公共掲示板に依頼書は貼り出されるのだ。
運が良ければ、物好きや、命知らず、力試しなどの理由から、依頼を受けてくれるものも現れる可能性がある。
それでも、どうしようもなければ、公共機関から王城へと上げられる。
王城へ直接、物を申せるのは貴族ぐらいだ。
あるいは、緊急性の高いものか。
放っておけば、城下まで脅威が届きそうな魔獣などは、公共機関に届けられても、優先的に報告されると聞いている。
命を含めた魔獣からの被害に優劣をつけるのはどうかと思うが、それでも全てに手が差し伸べられない以上、ある程度、誰かの手による取捨選択となってしまうのは仕方がないだろう。
「おお? ここのも減ってる?」
妙な賑わいを見せる酒場に入り、迷うことなく掲示板に近付いたセヴェロが、なんとも言えない顔でそう呟いた。
確かに、ここまで魔獣退治の依頼がなくなっているとは思わなかったが、それは悪いことではない。
この国から、それだけ魔獣の脅威が減ったということなのだ。
それについては喜んで良いだろう。
だが、ほんの短期間でここまで魔獣が減ったことに対して、それはそれで恐ろしさを覚えなくもない。
ヴァルナ嬢と、トルクスタン王子殿下の侍女の一人。
トルクスタン王子殿下の侍女は小柄だが、貴族だったらしい。
昨夜の舞踏会にも参加をしていたことからも、それが分かる。
シオリ嬢もその侍女のことを知っていたようだから、面識はあったのだろう。
何より、シオリ嬢が合唱の申し出をした時に、動揺していた俺と違って、すぐに状況を理解したのだ。
その時の会話までは聞いていなかったが、シオリ嬢よりも声が低かったあの侍女は、歌い慣れているかのように、「Hallelujah」の女声低音を最後まで歌い切ったのだ。
俺の記憶にはないが、近い年代の同じ中学校に通っていたということになる。
「なんだ? 坊主。魔獣退治か? 止めとけ、止めとけ」
気付くと、セヴェロが周囲に絡まれていた。
表面上しか見なければ、今のセヴェロの容姿は、15歳未満の少年だ。
危険な冒険に憧れる少年にしか見えないだろう。
「二カ月ぐらいまでは結構、あったよね? なんで依頼がなくなったのか、おっちゃんたち知っている?」
初対面で「おっちゃん」呼ばわりされたのは、どう見ても、二十代後半の男たちだった。
だが、子供相手に怒るのも大人気ないと判断したのか、普通に会話を続けている。
「最近、えらく強い別嬪二人組の魔法使いがいてな。そいつらが軒並み攫って行くんだよ」
「あ? 二人とも魔法使いだったのか? その割に、後処理は、かなり綺麗なもんだったぞ。魔法使いにアレはできんだろ? ヤツらは全部の組織をふっとばしやがる」
「少なくとも、緑髪は魔法使いだ。俺が仲間に来ないか? と誘っただけで問答無用でパナされた」
「そりゃ、そんな下心溢れたエロい顔してたらな~。大半の若い娘は話しかける前にトンズラするぜ」
豪快な笑い声が響く。
気分を害しているわけではないようで、なんとなくホッとする。
いや、深い意味はない。
単に、顔見知りの女性たちの話だからだ。
「あれは緑髪が貴族。濃藍が侍女だろうな~。お忍びにしては派手だが、歩き方が対等じゃない」
「勝気な緑髪も美人なんだけど、妙に印象に残らないんだよな~。どこにでもいる美人だからか? 俺は濃藍髪の方が好みなんだ。クールビューティー、最っ高っ!!」
先ほどから話題に出ている緑髪というのがトルクスタン王子殿下の侍女のことだろう。
勝気? ……かは分からないが、確かに気が強そうではあった。
印象に残らないという点でも間違いないだろう。
濃藍の髪は間違いなくヴァルナ嬢だ。
だが、クールビューティー?
シオリ嬢との会話もルーフィス嬢ほど多くはないが、それでも、主人に対する気遣いの細かさを見ていると、彼女はクールとは違う気がする。
「印象に残らない……、ねえ……」
だが、何故か。
セヴェロの独り言が、妙に耳に残ったのだった。
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