とんでもない未来予想図
思った以上にとんでもない未来予想図もあったものだ。
そして、この世界の人権って……本当にないんだなとも思う。
「非礼を理由に、国王の権限でロットベルク家に命じ、アーキスフィーロ様と栞様の契約を破棄させた上で、栞様を国王陛下の新たな側室として、召し上げるか、王族男子の妃か側室候補として、王城に拉致監禁して、次世代を身籠らせるまで酷使する……。でしょうか?」
わたしがローダンセ国王陛下からのお誘いをお断りしただけで、そんな話になるらしい。
訳が分からない。
「勿論、考えられる中での最悪な未来を予測しただけで、本当にそうなるとは限りません。それでも、それだけの権限を国の頂点は持っていることを自覚してください」
「承知しました」
それは、この世界の常識。
でも、この世界で育ってこなかった自分には、随分とぶっ飛んだ話だと思う。
「殺されるとかそういったことは考えられないのでしょうか?」
「皆無です」
皆無とな?
「栞様は、この家の長子であるヴィバルダス様だけでなく、あのアーキスフィーロ様を押さえるほどの女性です。そんな女性は今、この国にはほぼいないでしょう」
なるほど、利用価値的な話ということですね。
「勿論、現在この国にいるトルクスタン王子殿下の侍女二人を除いて……の話ですが、それだけの高魔力所持者を意味なく殺そうとすれば、国王陛下の求心力は間違いなく下がります。そして、カルセオラリアが敵に回り、アーキスフィーロ様も二度と従わなくなるでしょうね」
わたしもあの二人の侍女には勝てる気がしない。
下手すれば、目の前の御仁、いや、専属侍女相手でも、実戦となれば負けてしまうだろう。
「つまり、わたしを殺すよりも、他の王族と子作りさせた方が、利用できるってことですね?」
「言葉は悪いですが、そうなります」
まあ、次世代に賭けるのは、セントポーリアの王子殿下の狙いとも一致するものだ。
そうなると、この世界の基本的な考え方なのだろう。
「国王陛下以外でしたら、どなたに引き渡されますか?」
「15歳以上の王子殿下たちは全員可能性があります。考えられる最悪というのなら、全員のお相手……、となるでしょうね」
「へ……?」
全……、員……?
「どの王子殿下が当たっても、確実に王族となるでしょうから」
えっと、それは……?
全員の王子殿下とそういうことをして、その結果、身籠っても、誰が父親でも問題はないよねって言う……。
「総当たり戦?」
「まあ、年齢、好み、権力、体力などによって挑戦回数は異なるでしょうが、そういった形になれば、確実に一人一回はお相手……、ああ、もしかしたら、それが譲位の条件になる可能性もありますね」
「うわあ……」
それが最悪の未来。
確かに最悪だ。
特に、異性経験のないわたしにとっては、身の毛が弥立つものがある。
しかし、年齢とか、好みとかはともかく、権力や体力ってどういうことだろう?
「そこまで倫理観がないのですか?」
一人の女性に対して、多対一ってわけじゃないだろうから、代わる代わるってことだよね?
それって江戸時代の遊女みたいな扱い?
確か、一人の遊女が一晩で何人もの男性のお相手をしていたとかいう話もあったはずだ。
でも、気持ちが悪いとは思う。
「倫理は国によって異なるのでなんとも言えない所ですね」
ルーフィスさんはそう言って困ったように笑う。
「この国は、その表面上はともかく、実質、一夫多妻です。そして、歴史上、この国では、先ほど私が言ったように、一妻多夫にさせられ、王族の子を11人産まされた女性もいるのですよ」
まさかの史実!?
一人でサッカーチームが作れるほどって、酷くない?
いや、戦国時代にもいた。
織田信長の家臣前田利家の正室である芳春院……、前田まつ様も確か11人だったはずだ。
そのおまつさまは、数えで13歳、実年齢11歳と11カ月ぐらいで最初の子を出産していたと記憶している。
だが、そのおまつさまは、お相手は一人であった。
一妻多夫で産まされたこの国の女性とは全く事情が違う!!
「つまり、可能性としてはないわけではない……、と考えます」
そうですね。
基本的に王家って前例踏襲が多いですものね。
だけど、正直、受け入れられる気がしない。
「そうなったら、迷いもなく逃走したいのですが、それは可能でしょうか?」
始めから逃亡計画というのもどうかと思うけれど、そんな未来は素直に嫌だと思う。
「セントポーリア王子殿下から逃げるのと、訳が違いますよ?」
「そうですね。でも、可能でしょうか?」
「はい、勿論」
そこで、そう返答してくれるから、この人は信用できるのだ。
わたしもかなり無理を言っていると思う。
だけど、そんな我が儘を叶えてくれるというのだから。
「但し、そうなると、栞様は全ての人間と縁を切る必要が出てきます」
「え?」
「どこから漏れるか分かりませんからね。カルセオラリアとも、ストレリチアとも、アリッサムのお二人とも、セントポーリアとも、絶縁する覚悟を持ってください」
うわあ……。
それはかなりの大ごとだ。
だけど、王子から逃げるのと、国王陛下から逃げるのは、それだけ規模が違うってことだろう。
カルセオラリアは、一番に迷惑がかかるから当然だろう。
ストレリチアは、まあ、トルクスタン王子に、そこの王族や大神官とも仲が良いことを知られているからね。
アリッサムの二人は、やはりカルセオラリア繋がりだと思う。
以前と違って、あの二人は、カルセオラリアに守られる。
だから、わたしとこのままいる理由はなくなっているのだ。
セントポーリアは……、まあ、ね。
出身国だし、母もいる。
今のように連絡を取っていれば、確実に迷惑がかかるだろう。
「雄也さんと九十九は……、わたしの護衛たちはそんな状況でも、付いてきてくれるでしょうか?」
わたしがそう呟くと、ルーフィスさんは目を丸くする。
「それは勿論、付いていくことでしょう。寧ろ、栞様だけではすぐに捉えられますよ」
そうだよね。
でも、そんな逃走劇にまで付き合わせたくはない。
「つまり、そんな未来が来ないように、この申し出は受けるしかないってことですね?」
「受けるのですか?」
「受けなければ、最悪の未来がある可能性も否定できないのに、受けない理由はないでしょう?」
だから、そんな意外そうな顔をされる方が不思議である。
「そうですね。ですが……」
ルーフィスさんが軽く咳ばらいをした後、顔を近づけると……。
「俺たちとしては、栞ちゃんが全てを捨てて逃げるを選択してくれた方が良いんだよ?」
耳元でそう囁かれた。
「ふぐあっ!?」
不意打ちすぎる。
いつもより高い声ではあるが、顔が見えなかった分、雄也さんっぽくはあった。
わたしが思わず、その場から飛び退ると……。
「それぐらいの覚悟を持って、私もヴァルナも栞様も常にお仕えしております。ですから、私どものことを気にせず、好きな道をお選びくださいませ」
ルーフィスさんはその場で優雅に一礼する。
そうは言われても、わたしがその道を選ばないことは知っているだろう。
わたしは、わたしに関わったせいで、九十九と雄也さんが不幸になる未来は望まない。
全てを捨てて逃げても、彼らは付いてきてくれることは理解したが、それは、彼らにも同じように全てを捨てさせると言うことだ。
そんなことができるはずもない。
それが分かっていて、雄也さんは意地悪を言ったし、意地悪なことをしたのだ。
わざわざ顔を近づけて耳元で囁くなんて……。
多少いつもよりも声が高くたって、好きな声ではあるし、脳内でいつもの声で再生された上、何度もリピートすらされている気もするけど!!
ああ、もう!!
本当にわたしの護衛たちはどちらも、わたしを揶揄うことに全力を尽くしてくれるから質が悪い!!
「いずれにしても、一人では決めかねます。アーキスフィーロさまに相談しようと思いますが、どうでしょうか?」
国王陛下からの登城要請なので、無視しない方が良いことは分かった。
その結果、国王陛下が王命という強制手段を使って、わたしに何かすることが可能だと言うことも。
だけど、何の御用かも書いていないし、日付指定もないのだ。
早めに連絡して、日程調整した方が良いとは思うけれど、まずは、アーキスフィーロさまに相談すべきだろうとは思う。
わたしたちは婚約者候補なのだから、片方が勝手に決めてはいけないだろう。
「良いお考えかと」
ルーフィスさんはそう言って笑ってくれる。
わたしの考えはそこまで外れてはいないらしい。
そんなわけで、わたしはアーキスフィーロさまに会いに行くのだった。
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