【第118章― ジタバタな生活 ―】招待状
この話から118章です。
よろしくお願いいたします。
「これは一体……」
わたしの目の前には、封筒が束になって置かれていた。
それも、アーキスフィーロさまの机ではなく、わたしの部屋の机の上にあった。
朝食を食べ終わった後、ルーフィスさんが置いてくれたのだ。
「朝方、ロットベルク家に届いたシオリ様個人宛のお手紙です」
後ろに控えているルーフィスさんが澄ました声で答える。
「何故に?」
「昨夜の夜会でしょうね」
……だよね?
それ以外に心当たりはない。
いや、わたし宛の手紙がロットベルク家に送られてきたことも不思議だし、夜会も昨日の今日の話だ。
しかも、朝方ってことは、まだ半日と経っていない。
どれだけ早く手紙を書いたのだ?
そして、その封書は全て開封済みである点も気になる。
ロットベルク家の検閲が入ったかな?
「中身については、セヴェロ様が確認した上で、さらに私も中身を改めております」
二重審査を突破した強者がこの封筒らしい。
それでも、束だ。
「わたしの手に届かなかった分もありますか?」
「そちらの方が多いですね。セヴェロ様が危険物質を排除し、私が、不適切なモノを処分させていただいております」
そちらの方が多いのか。
そして、不適切な内容はともかく、危険物質ってなんだろう?
だが、この世界の封書は何が仕掛けられているか分からないってことは理解した。
「つまり、これは読まなければならないものと言うことでよろしいでしょうか?」
「優先順位が高いモノを上に置いております」
「ありがとう」
つまり、一番上にある封書が最優先ということは分かった。
「もう読んだ方が良いですか?」
「そうですね。特に最初の封筒は目を通すべきだと思います」
どうやら、最初の封筒は、断れないものらしい。
何気なく手に取って……。
「うげ」
思わず、女性としてどうかと思うような言葉が口から漏れ出てしまった。
この場にいたのがルーフィスさんだけで良かったと思う。
いや、本当は良くないけれど、一番マシだろう。
「る、ルーフィスさん、これって……」
「ローダンセの王家の紋章ですね」
そうですよね。
この封筒を止めている部分に貼られているシールみたいなのにくっきり押されている印章。
人間界なら「×」マークが書かれているような場所に、それがあったのだ。
つまり、この封筒は王族のどなたさまかが、わたしに宛てたものとなる。
「見なければ、駄目でしょうか?」
分かっていても、そう確認したくなる。
ルーフィスさんは無言で頷いた。
封筒にはそれ以外の手掛かりはなく、宛名だけ、ウォルダンテ大陸言語で「Мисс Сиори」と書かれている。
ライファス大陸言語では、「Miss Shiori」と書く。
日本語では……、「しおりさん」とか、「しおり嬢」?
認めたくはないが、間違いなく、わたしに宛てられたものということは分かってしまった。
仕方なく、封書から取り出して、中を読む。
時候の挨拶から始まり、昨日の舞踏会の話に触れ……、用件としては「近いうちに、城に来い」ということらしい。
アーキスフィーロさまのことには触れていないため、わたし一人で……ということになるのかな?
だが、差出人が問題だ。
最後の署名は、どこをどう見てもローダンセ国王陛下の御名前としか思えなかった。
……嫌だ。
あの国王陛下はイースターカクタス国王陛下よりも、もっと苦手だ。
「断れませんよね?」
先に読んだであろう、ルーフィスさんに確認してみる。
「国王陛下、直々の御招待です。この国の人間はまず、断ることができませんね。セヴェロ様にも確認しましたが、畏れ多くも御本人の筆跡のようです」
国王陛下、直々のお誘い。
しかも、代筆ではなく直筆。
「何故!?」
わたしとしてはそう叫ぶしかない。
「単純に考えれば、国王陛下が栞様のことをお気に召した……のだと思います」
ルーフィスさんが気まずそうに答えてくれる。
因みに、ルーフィスさんにもヴァルナさんにも、わたしがあの国王陛下にでびゅたんとぼーるでご指名された円舞曲で、身体をぶん回されたことは余すことなく伝えてある。
図解でその状況を説明した時は、流石にルーフィスさんも驚いていた。
ヴァルナさんは事前に伝えていたためか、そこまで驚いていなかったようだけどね。
「それでは、複雑に考えれば?」
「登城されないアーキスフィーロ様の身代わり、もしくは交渉相手でしょうか。いずれにしても、栞様が城へ向かえば、アーキスフィーロ様も動かざるを得なくなりますから」
これまで、再三の登城要請にも応じなかったアーキスフィーロさまは、わたしのために、でびゅたんとぼーるに参加することを決意してくれた。
あんなにもあの人に好意的ではない場所だったのに。
それでも、夜にヴィーシニャの花が散るところを見たいというわたしの我儘のために、頑張ってくれたのだ。
「これは、断るとどうなりますか?」
「国王陛下を始めとする王族に疎まれた上、社交界であることないこと、囁かれることでしょう。アーキスフィーロ様と共に」
まあ、それは想定内だ。
「具体的な罰なんかは?」
「社交界で爪弾きにされるのは、十分すぎるほどの罰ですよ」
そう言われても、わたしはこれまでそういったものに関わったことがなかった。
ピンと来ないのは仕方がないと思う。
「栞様はともかく、アーキスフィーロ様の今後に響きます。登城するたび、昨夜のような心無い扱いを受けることになるでしょう」
「うぬう……」
確かに、昨日の扱いは酷かった、
ルーフィスさんは直接見ていなかったかもしれないけれど、一応、その部分も報告している。
城の人から怪訝な顔と声。
さらには「黒公子」の異名。
「これまでアーキスフィーロ様自身が蔑ろにしていた部分でもありますが、今後は栞様の動向にも響きます。汚名を雪ぐ意味では良いかもしれませんが……」
ルーフィスさんがそう言って考え込む。
判断に困っているらしい。
まあ、この国はいろいろとわたしたちの考え方が通じない部分はある。
「この申し出を受けて、考えられる最悪の事態は何?」
「栞様がローダンセ国王陛下に囲われることですね」
「囲……?」
ああ、側室とかそんな感じか。
「そう言えば、でびゅたんとぼーるの挨拶の際、国王陛下から、城に上がることも許すと口説かれた覚えがありますね」
あれは冗談だったと思う。
正妃殿下の前だったし、その正妃殿下にも「みっともない」と言われていたから。
「それは初めて聞く話ですが?」
ぬ?
そうだっけ?
でも、あれだけ濃い舞踏会の出来事の細部を、一つも漏らすことなく伝えるって多分、無理だと思う。
わたしは情報国家の人間ではない。
いつも心と頭にメモ帳を持っているわけではないのだ。
わたしが心と頭に持っているのは多分、写生帳だ。
文章にするよりも絵にしたい派なのである。
「どんな話だったのですか?」
それはなんとか思い出して、この場で吐けってことですね?
「えっと……、アーキスフィーロさまへの言葉の後に、わたし個人にも名指しでお声掛けがありました」
あれは結構、驚いたのだ。
一国の王が、会ったこともない一庶民の名前を覚えているなんて思いもしなかったから。
「名指しで……?」
ルーフィスさんが口元に手をやる。
「アーキスフィーロさまを動かす原因となったわたしに興味を持たれたようです」
確か、アーキスフィーロさまの心を動かしたという令嬢に、興味を惹かれぬわけがないとかなんとか?
「なるほど……」
ルーフィスさんは難しい顔を崩さない。
「その後に、ロットベルク家は居心地が悪いだろうから、わたしが望めば城に上がることを許す……とお言葉をいただきました」
「それは円舞曲を踊る前でしょうか?」
「そうですね。国王陛下への最初の御挨拶だったので、アーキスフィーロさまとも踊る前でした」
だから、この国の国王陛下は気さくだな~とも思ったのだけど。
「なんでも、でびゅたんとぼーるの洗礼らしいです。でびゅたんとぼーるの参加者全てに対して、あの場にいる人たちを餌にした上で、それぞれの反応を試していると陛下は仰せられました」
「ああ、洗礼……。なるほど……」
納得したような口調だけど、この表情はどこか納得できていないのだろうなとも思う。
わたしだってそうだ。
本当にあの場限りの軽口なら、会話した次の日に手紙なんて出さない。
それも臣下の息子の婚約者候補宛に。
そんなの内容に関係なく、国が荒れるきっかけになるだろう。
「因みに、ルーフィスさんが考えられる範囲で、このお誘いを受けないことによって、考えられる最悪な事態はなんでしょうか?」
ある程度、自分でも予想している。
だから、先に行くことによって考えられる最悪な事態を聞いてみたかった。
「そうですね。あまり考えたくはないのですが……」
少し、考えてルーフィスさんは……。
「非礼を理由に、国王の権限でロットベルク家に命じ、アーキスフィーロ様と栞様の契約を破棄させた上で、栞様を国王陛下の新たな側室として召し上げるか、王族男子の妃か側室候補として、王城に拉致監禁して、次世代を身籠らせるまで酷使する……。でしょうか?」
わたしが考えていた以上に最悪な未来予想図を口にしてくださったのでした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




