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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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おかえり

 城の一室で目を覚ました時、最初に思ったのは、ただ一つ。


 ―――― 早く帰りたい


 それだけだった。


 あの家に帰りたいわけではない。

 あの部屋に帰りたいわけでもない。


 ただ漠然と、どこかに帰りたいと思った。


「大丈夫か? アーキス」


 俺を気遣う声など、どれぐらい久しぶりだろう?


 いや、最近はよく聞いている気がするか。

 もう少し高い声で……。


 ―――― 大丈夫ですか? アーキスフィーロさま


 そんな気遣う声を、もう何度聞いただろうか?


 シオリ嬢と出会ってから、一生分を聞いてしまった気がする。

 それだけ、俺のことを気にしてくれるのだ。


 ―――― アキは、もう大丈夫だね


 同時にそんな声も重なる。

 それを聞いたのは少し前。


 昔の朗らかさを潜めて告げられた言葉は、気遣いよりも確認の色が強かった。


 分かっている。

 どうにもならない。

 道はもう(たが)えたのだから。


 既に起きたことをなかったことにはできない。

 彼女は自分の道を選び、俺もようやく足を踏み出した。


 遅れること二年か。

 随分、遠回りをしたものだ。


「大丈夫です、トルクスタン王子殿下」


 そう言って、身体を起こす。


 恐らく、魔力の暴走を起こしかけたのだろう。

 そうなると、それを止めてくれたのはこの従叔父(いとこおじ)か。


 申し訳ないが、第五王子殿下では、今の俺が魔力の暴走を起こした時に止めることはできないだろう。

 昔よりも、ずっと魔力が強力になった自覚はある。


 それだけに、あの女性の異質さが際立つ。

 ずっと強力になったはずの俺の魔力の暴走をあっさりと制圧してしまった女性。


 黒い髪、黒い瞳。

 あの世界ではありふれた容姿だが、小柄で魅力的な女性。

 見た目には分からない生命力に満ち溢れ、多少のことでは物怖じしない胆力。

 王族という権力者による理不尽な命令も、笑って跳ね返すだけの度量。


「トルクスタン王子殿下が止めてくださったのですね。ありがとうございます」


 俺はそう信じて疑わなかった。


 だが……。


「いや、止めたのは俺の従者だ。俺は全てが終わった後、のこのこと顔を出しただけだぞ」

「従者……?」


 そう言えば、あの時、俺に付き添ってくれたトルクスタン王子殿下の従者がいたが……。


「こいつは、魔法国家の王族が相手でも立ち回れるような男だ」

「――っ!?」


 驚愕の声は音にもならなかった。


 思わず不躾ではあるが、まじまじとその青年の全身を見る。


 魔力は、弱くないと思う。

 カルセオラリアの王城貴族となるような人間だ。


 だが、そこまで強いかと言われたら、そうでもないだろう。


 いや、シオリ嬢のように抑制石を付けているのか?

 それならば、俺に感じ取れないのも無理はない。


 それでも、魔法国家の王族は桁違いだとセヴェロも言っていた。


 例に出された第三王女の魔獣退治の話だけでも、俺以上の脅威だということは分かるほどだった。

 だが、その王族を相手に立ち回る……だと?


 俄かには信じがたかったが、この王子殿下は嘘を言わない。

 信じるしかなかった。


「それは、ありがとうございました」


 改めて頭を下げると……。


「私にはお気遣いなく。全ては主人の意思ですから」


 そんな従者の鑑のようなことを言われた。


 セヴェロにも見習わせたいが、無理だろうな。


「この男が魔力の暴走を止めることも何の不思議でもない。自分よりも魔力が強い主人の暴走を止められないなど、従者としては失格だろう」


 それは、この王子殿下が魔力を暴走させた時も止められるということだ。

 だが、自分よりも魔力が強いと分かっていても止めることなど、可能なのだろうか?


「別にこの男が特別なのではない。もう一人の従者もそれぐらいは可能だし、他の部下もそれぐらいのことはできるように教育している」


 それは魔力が劣るカルセオラリアだからというわけではないのだろう。

 どこの国でも共通認識のことであり、つまり、我が国が異質だということでもある。


 我が国の国王陛下が魔力の暴走を引き起こすことはないだろうが、万一の時、止められる者はいるのだろうか?


「信じられないのも当然だな。この国とは魔法の常識が違う」


 機械国家の王子殿下は笑いながら……。


「この国は魔力、魔法に関する知識があまりないようだからな」


 俺の疑問に答えるかのように、そう続けた。


 それはカルセオラリアにも魔法の知識はあるということだ。

 機械国家と呼ばれ、魔力が弱いとも言われながらも、この国よりはあるのだろう。


「そのようですね」


 それはシオリ嬢とセヴェロとの会話だけでも窺い知れることだった。


 あれらの知識が、他国の貴族の一般教養だとしたら、この国は明らかに誤った方向へと向かっていることは分かる。


「まあ、目が醒めたなら、戻るか。シオリ嬢たちを待たせているのだろう?」

「そうですね」


 ここでの俺の仕事は終わった、

 そして、ここに来るための目的は既に果たされている。


 シオリ嬢は夜のヴィーシニャを楽しんでくれただろうか?


 夜の闇の中、魔力を帯びて微かに光りながらくるくると舞い散るあの白い花は、どこかシオリ嬢に似ている気がしたために、どうしても彼女に見せたくなったのだ。


 結果として、シオリ嬢にはかなり申し訳ないことをしてしまった。


 王族との対面だけでも緊張しただろうに、さらに、国王陛下と踊ることになった。

 いや、あれは踊るというよりも振り回される……の方が近かった。


 まさか、陛下があんなに彼女を気に入り、その上、無茶をなさるなんて誰が思っただろうか?


 小柄なシオリ嬢の身体が宙に浮いた姿を目にした時、それだけで俺は魔力の暴走を起こすかと思ったほどだ。


 目の前には正妃殿下。

 あの方は、ずっと俺からもシオリ嬢からも目を逸らし続けていた。


 だけど、シオリ嬢だけは国王陛下に挑むかのようにその黒い瞳を向けていたのだ。


 白いボールガウン姿のシオリ嬢は、人間界で言う天女のように舞い、国王陛下の許へと降り立った。


 その可憐な姿には、王族たちすら目を奪われたのだろう。

 あれ以降、シオリ嬢を見る目が変わったから。


 第五王子殿下もだ。

 あの方は、彼女が、中学時代の同級生だと気付いているのだろうか?


 名前はともかく、化粧をしていたから気付けなかったとしても、あの歌で気付かれたことだろう。


 あの歌は、人間界を知らなければ歌うことは難しい。

 歌詞は同じ言葉の繰り返しだ。


 だが、それなりに練習の必要がある。


 卒業式を前にした俺たちは、選択授業に関係なく、儀式で歌う歌として何時間も練習をしたほどだ。


 それをトルクスタン王子殿下の侍女と従者が歌えたことは不思議だが、学年が違うだけで、俺たちと同じ中学出身だった可能性はあるだろう。


「私は、どれぐらい寝ていましたか?」

「どれぐらいだ?」


 トルクスタン王子殿下は後から来たというのは本当だろう。

 従者に時間の確認をする。


「正確な時間は分かりかねますが、一時間(1刻)は優に過ぎているかと」


 そんなに寝ていたのか。


「それは、かなり待たせてしまいましたね」


 それでも、彼女は俺を責めない気がした。

 だが、退屈はしているかもしれない。


 ヴィーシニャの花を見て、ゆっくりとトルクスタン王子殿下の侍女たちと会話を楽しんでいてくれると良いのだが……。


「そうだな。シオリ嬢はともかく、二人が怖い。従者が間を持たせてくれていると信じたいが……」


 どうやら、トルクスタン王子殿下の侍女は気が強いらしい。

 あの第二王女殿下に付き添ってくれた時はそうは見えなかったが……。


 シオリ嬢がその第二王女殿下に目を付けられてしまったこともかなり痛い。

 あれは俺のミスでもある。


 だが、あの時、シオリ嬢の手を離して第二王女殿下の手など取りたくなかったし、取れるはずもなかった。


 対外的にも、精神的にも、非常識だっただろう。


 だが、あれに関しては兄が一番悪いと思う。


 あの時、何故、あの王女殿下から離れていたのだろうか?

 俺に執着しているあの王女殿下が、絡むことなど分かっていたのに。


 登城しなければ絡まれることはもうないはずだ。

 シオリ嬢が登城する理由もない。


 あれだけ、踊れる女性を公式の場に出さないことについては、多方面から何か言われそうな気もするが、それはこれまで通り、無視すれば済む。


 だが、あのヴィーシニャの咲く城の裏手に戻った俺たちを待っていた女性は、嬉しそうな顔を俺に向けながら……。


「おかえりなさい」


 そんな何気ない言葉を口にする。


 その時、ふと……、胸に何かが落ちた。


「ただいま、戻りました。大変、お待たせして申し訳ありません」


 そのまま、言葉を返した上で、遅くなったことを謝罪する。


 おかえりなさい。

 ただいま。


 それはごく普通の会話だった。

 彼女にとっては本当に挨拶でしかなかったことだろう。


 だが、それこそが、俺がずっと欲しかったものだと気付いたのだった。

この話で117章が終わります。

次話から第118章「ジタバタな生活」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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