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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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Shapes Of Love

 気が付けば、先ほどまであったはずの、テーブルと椅子、それ以外のお茶セットも片付けられていた。


 誰も何も触れなかったから、彼らが戻ってくる直前に片付けたのだろう。

 ちょうど、誰も座ってなかったから、収納に問題はなかっただろうけどね。


 しかし、収納したことに気付けなかった。

 流石、専属……、執事? は有能だと思う。


「シオリ嬢、戻りが遅くなり……」


 アーキスフィーロさまがわたしに話しかけ……。


「また化粧をされたのですね。髪も……」


 それに気付いた。


 まあ、先ほど、お花見をした時はすっぴんだった。

 少しでも化粧をすれば流石に分かるか。


「はい。ロットベルク家に戻る際、誰が見ないとも限りませんから、侍女さんに化粧直しをお願いいたしました」


 嘘は言っていない。

 化粧を直してくれたのが、どの侍女かは言っていないだけ。


 それに、九十九(ヴァルナさん)は、ちゃんとわたしの専属侍女なのだから問題ない。


「デビュタントボール時の髪と化粧もお似合いでしたが、その髪も化粧も可愛らしく魅力的ですね」

「ありがとうございます」


 うむ。

 実に、素直に褒めてくださった。


 やはり、お貴族さまは、女性を褒める生き物らしい。


「特にその桜色の唇が美しい」


 ありゃ?

 さらに褒められましたよ?


 でも、アーキスフィーロさまは、特にピンクが好きというわけではなかった気が……?

 ああ、まだ、わたしには桜が似合うって思ってくれているのかな?


「わたしも、この色が好きなので褒めてくださって嬉しいです」


 自分の唇に触れる。

 この色は本当に好きだ。


 だから、素直に嬉しいと思う。


 ただ、個人的な考えなんだけど、唇だけを褒められるのってどことなく、セクハラちっくだと思ってしまう。


 いや、感情としては、嫌なわけではないから本当の意味ではセクハラとは言えないのだけど。

 でも、やっぱりちょっと意識しちゃうので、そういう意味では照れくさくなっちゃうね。


「さて、頃合いだ。そろそろ戻るか」


 トルクスタン王子がそう言った。


「これだけの人数ですが、大丈夫ですか?」


 アーキスフィーロさまはそう言うが……。


「問題ない」


 トルクスタン王子はニヤリと笑う。


 彼は空属性が得意だ。

 だから、これぐらいの人数、距離なら問題ないのだろう。


 何度もわたしたちを連れて移動してくれている、

 一人増えたぐらいでは何の問題もないのだろう。


 それに少し前は、リヒトもいたわけだし、人数的には何も変わらないのだ。


 でも、アーキスフィーロさまはそれを知らないのだから、その質問も当然なのかもしれない。

 多人数を連れての移動魔法って実は、かなり難しいらしいからね。


「シオリ嬢、お手を……」

「はい」


 差し出される手に、自分の手を重ねる。

 その手に、少しだけ、ぎゅっと力を込められた気がした。


「アーキスフィーロさま?」

「ああ、申し訳ありません。痛かったですか?」

「いいえ、全く」


 ちょっとびっくりしただけだ。

 痛みなどあるはずがない。


「それなら良かった」

 そう力なく微笑まれる。


 これは、お城で何かあったのかな?

 でも、今、それを尋ねるのもな~。


 後で話してくれるだろうか?

 それとも、わたしに関係なければ話さないだろうか?


 分からない。


 こう友人の距離とも違うし、でも、男女の距離でもない関係って難しい。

 いや、男女の距離がよく分かっていないのだけど。


 これが普通の友人なら、やはり、聞き出せない気がする。


 うぬう。

 婚約者候補って立場の人間は、どこまで、相手に踏み込んで良いのだろう?


 友人以上? 以下?

 その距離感がまだ分からない。


 そんな風に迷っている間に、わたしたちは移動魔法でロットベルク家に戻ったのだった。


****


 言いそびれた。

 頭にあるのはそんな言葉だった。


 ―――― この髪型のわたしは可愛くない?


 そう問いかけられて、オレは咄嗟に言葉を返せなかったのだ。


 オレにとっては、栞はいつでも可愛い。

 思わず、そう言いかけて、思い(とど)まった。


 さらに問題がないような無難な言葉を探そうとして……、あの様だ。

 心底、自分が情けなく思える。


 オレはどれだけ未熟なのか?


「デビュタントボール時の髪と化粧もお似合いでしたが、その髪も化粧も可愛らしく魅力的ですね」


 だが、栞の婚約者候補の男はオレの苦悩を他所に、あっさりとそんなことを口にする。

 迷わず、真っ直ぐな褒め言葉。


 その言葉には、分かりやすい熱はないのだけど、栞は嬉しそうに礼を言う。


 あの時、オレが素直に褒めていたら、栞はオレにも同じように笑ってくれたか?

 そんな女々しい後悔が今になって襲ってくる。


 既に過ぎてしまった時間が戻るはずもないのに。


 言いそびれてしまった言葉は伝わるはずがない。

 だから、二度と後悔のないよう、自分の言葉を伝え続けると誓っていたのに。


「特にその桜色の唇が美しい」


 だが、続く言葉には微かな熱を覚えた。


 栞に向かって「妻として愛することはできない」と言った男の声に、これまでになかった物が含まれている気がしたのだ。


 だが、栞は先ほどと同じような社交辞令と思っている。


 どれだけ鈍感な女だ?

 ちょっと相手の男に同情したくなる。


 これまでの話から、婚約者候補の男が栞に向かって言った台詞に嘘はないのだろう。

 だが、人の心は変わるものだ。


 だから、栞の言動に心を揺らされることだってないとは言わない。


 オレの心も揺らすような女だ。

 それが、惚れた欲目だと分かっていても、他の男がその魅力に惑わされない保証なんてどこにもない。


 男が栞に手を差し出し、それに栞が応える。

 それはごく普通の行動。


 だけど、どこかに、それはオレの役目だと叫びたがっている自分がいる。


 とっくに心の整理は付けたと思っていのに、どうやら、まだまだ足りないらしい。

 オレは本当に整理(片付け)が苦手だなと自嘲する。


 大丈夫だ。

 大丈夫だ。


 もう何度、言い聞かせたことだろう。


 あの(未来)を視た時から、あんな日が来ると覚悟を決めたはずなのに。


 オレの未来視は今のところ、外れたことがない。

 だから、いずれ、栞はこの男に想いを寄せ、その心を伝える日が来ることは間違いないだろう。


 それが分かっているから、オレはその時までにもっと心を落ち着かせる必要があるのだ。


 うん。

 明日の魔獣退治は、少しばかり力が入りそうだな。


*****


 言いそびれたんだろうな。


 彼の様子を見ていると、そうとしか思えなかった。


 ―――― この髪型のわたしは可愛くない?


 主人からそう問いかけられて、言葉を失った青年。


 恐らくは様々な葛藤があったのだと思う。


 まあ、日頃からあれだけ主人を溺愛しているのだ。

 「可愛くない」なんて、これっぽっちも思ってはいないのだろう。


 どんなに奇抜な髪型でも「可愛い」と思ってしまうだろうし、気に食わなければ自分で直してしまうだろう。


 そんな男だ。


 だけど、同時にその身には呪いが施されていて、それが、彼と彼女の関係を複雑な物にしてしまった。


 ―――― 相手に愛を告げると、自死する呪い


 どんな趣味かと頭を疑いたくなる。

 だが、それだけ「娘」が大事だったと思えば、分からなくもない。


 それを施した側も。

 それを受け入れた側も。


 何の枷もなく、咎もない状態で、異性の護衛を側に置くことなどできなかったのだろう。


 だけど、そうまでしてその呪いを受け入れた結果。

 その大事な「娘」は他の男のモノになろうとしている。


 それで良いのか?


 傍観者でしかない私には分からない。


 友人としては、二人が上手くいってくれた方が良いのだ。

 確かに身分、立場的な釣り合いの問題はあるだろう。


 だが、今回、青年は貴族の身分は取得した。

 それでも、あの国では足りないと分かっているが、主人自身が、公式的な身分を持っていないのだ。


 だから、現時点では十分だと思う。

 あるいは、今後、公式的な身分を取得する可能性もあるが、それはまだ先の話だ。


 他国の事情だ。

 私には口も出せない。


 でも、このままで良いとも思えない。


 青年の片思いならそれも仕方ないと言えるのだ。

 それなら諦めも付く。


 だが、違うだろう?


 先ほど、二人が踊っていた時、本当に幸せそうだったのだ。

 この世界に二人しかいないんじゃないかと思うぐらい、お互いしか見えていなかった。


 あんなものを見せつけられて、黙っていられるか?


 いや、私も気付かなかったのだ。

 それだけ、完璧に、彼女は隠し通してきた。


 だけど、あの一瞬。


 ―――― 名前を呼んでくれる?


 そう口にした瞬間の後輩からは、確かな高熱を感じた。

 焦がれても、焦がれても手に入らない想い。


 そんな想いを持ってるなら、始めから言え!!


 しかも、私でも気付いた熱に、何故か青年は気付かなかった。

 自分の内から溢れる想いでいっぱいになって、彼女からの想いを見事に受け流したのだ。


 お前は、日頃の勘の良さをそこで発揮しろ!!


 そう叫びたかった。

 お互いがお互いを思い合っているのに、伝えない。

 伝わらない。


 それは、明確な言葉を口にするだけで解決するのに、例の呪いが邪魔をする。


 ―――― 高田も気付いているんじゃないかな?


 私もそう思っている。

 だから、彼女も何も言わない。

 何も言えないのだと。


 不毛だと思う。

 不憫だと思う。

 何より、不幸だと思う。


 それに二人とも気付いていないのが、余計にそれらに拍車をかける。


 私は、一体、どうしたら良いのだろう?

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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