いつくしみ深き
九十九から、化粧と髪を整えてもらった。
いつもと違う雰囲気の九十九から、顔や髪をいじられるって、いつも以上に緊張する。
眼鏡は意外と良いもんだね。
恭哉兄ちゃんの時もそう思ったけれど、好み顔だと破壊力が増すことは分かった。
しかも、香水か何かを付けているのか、匂いまでいつもと違うのだ。
円舞曲を踊っている時は気にならなかったのに、不思議だね。
「可愛い?」
なんとなく、そう尋ねると……。
「誰がやったと思っているんだ? 可愛いに決まっているだろ?」
素っ気ないけれど、敬語ではない言葉で返答された。
それが、ちょっと嬉しい。
やっぱり、敬語ってどこか、距離を感じるよね。
雄也さんが言うのも……、そういうことなのかな?
「そうだね。ありがとう」
九十九がしてくれたのだから、可愛くないはずがない。
それが分かっていても、やっぱり、本人の口から聞きたいのだ。
「わたしも見たい。鏡、ある?」
「おお」
そう言いながら、姿見を出す九十九。
この場で出すにはちょっとばかり大きい気がするけど、全身が映るから良いか。
「おお~」
そこに映っているのは、確かにいつもよりは可愛く見える自分の姿。
雄也さんが、してくれたものと似ているけど、少しだけ違う化粧の仕方。
その最大の違いは唇の色だろう。
九十九は桜色が好きで、雄也さんはもう少し濃い桃色が好きらしい。
わたしは口紅って赤のイメージが強かったけれど、わたしの護衛たちはピンク系統が好きなようだ。
いや、わたしに似合うのがこの色ってことかな?
大人の赤は似合わないらしい。
その場で回転する。
ボールガウンの裾は広がるけれど、問題になるほどではない。
もともと円舞曲でくるくる回るためのドレスっぽいからね。
寧ろ、鏡で見る限り、ヴィーシニャの花のように綺麗に見える。
それが楽しくて、嬉しくて、思わず何度も回ってしまった。
気分的にはクラシックバレエ「白鳥の湖」で有名な32回転グランフェッテ?
いや、あの黒鳥オディールのように、上げた足を曲げ伸ばししながらくるくる回転はできないけどね。
「あまり、回るなよ。目も回るぞ」
「おっと……」
嬉しさの余り回り過ぎたらしい。
制止の声で、回転を止めると少しだけくらりとした。
それでも、ローダンセ国王陛下の円舞曲のお相手をした時よりは、マシだったと思う。
「なんで、そんなにはしゃいでいるんだよ?」
「ん? 可愛い服、可愛い髪、そんでもって可愛い化粧。女の子ならウキウキわくわくだよ?」
「女の……子?」
毎度、そこに引っかかる護衛青年。
失礼な。
いつだって女性は「女の子」なのだ。
「それだけ回っても案外、髪は崩れないもんだな」
「そうだね。ユーヤもそれぐらいのことはしているだろうから、これが崩れたってことは、相当、激しい動きをされたってことかな」
そんな水尾先輩と真央先輩の声がした。
「サイドを編み込みましたからね。そう簡単には崩れませんよ」
いや、サイドを編み込んでも、肝心の後ろの髪留めがしっかりしていなければ、やっぱり崩れると思うのですよ?
でも、彼がそう言えば、そうなのかなとも思えるから不思議だ。
実際、後ろの髪留めはしっかりしているのだと思う。
多少、頭を振ったところで乱れる様子はなかった。
どうやって留めているのだろう?
護衛であり、専属侍女でもある彼らの技術は本当に謎である。
「どうなってるんだ?」
水尾先輩がツンツンと髪を突く。
それでも崩れる心配がない。
「魔法とかで固めている様子はなかったよね? でも崩れない。髪質?」
魔法で固めるって発想がこの世界の人だと思う。
そんなこともできるのか。
いや、想像すればわたしでもいけるかな?
そんなことを考えていると……。
「「あ……」」
水尾先輩と真央先輩の声が重なる。
同時に、はらりと、自分の黒髪が肩にかかった。
そして、ポトリと近くに何かが落ちた気配。
「流石に、髪留めに触れば、落ちますよ」
九十九がどこか呆れたように、髪留めを拾いながらそう言った。
先ほどから髪を左右から突かれていたが、なかなか崩れなかったために、髪留めに触れてしまったらしい。
でも、鏡を見る限り、編み込みは残っているから、これはこれでありだとも思う。
普段もこんな感じだしね。
「また纏めますか?」
敬語、復活。
かなり残念。
「いや、このままで」
いつもとは違う髪型だが、可愛いとは思う。
化粧も落ちたわけではないから、これ以上、手を加えなくても良いだろう。
「もう、夜会に出ないから、結い上げる必要もないでしょう?」
「それはそうですが……」
九十九はどこか不満そうだ。
まあ、どこか完璧主義なところがあるからね。
「この髪型のわたしは可愛くない?」
わたしがそう問いかけると……。
「それは、さっきの髪に合わせた化粧なので……」
少し迷いながらも、そんな返答をした。
どうやら、可愛くはないらしい。
うぬう!!
確かに先ほどの髪型とかとは違うけれど、そこは「可愛い」って言ってくれても良いんじゃないかな?
いや、九十九が嘘の吐けない人だって知っているけど、この髪型だって十分、可愛いと思うのですよ?
「私はその髪型も可愛いと思うけどな~」
「私はその髪も高田も可愛いと思う」
真央先輩と水尾先輩がそう言ってくれる。
それだけで嬉しく思えるのは何故だろう?
「ありがとうございます」
だからわたしはちゃんと御礼を言う。
こういう時は、やはり女同士の方が分かり合える気がした。
「いや、可愛くないと言ってるわけじゃなくて、その……」
どうやら、九十九は九十九で何か言いたいことがあるらしい。
妙に口籠っている。
「あの……」
そして、九十九がもう一度何か言いかけた時だった。
「「あ」」
水尾先輩と真央先輩の声が重なる。
それと同時に、移動魔法の気配。
そこで、わたしも気付く。
戻ってきたのだと。
しかし、城の裏手とはいえ、移動魔法は良いのだろうか?
いや、この場所にはセヴェロさんも移動魔法を使っていたから大丈夫?
「お帰りなさい」
「いらっしゃい」
「ようこそ?」
わたし、水尾先輩、真央先輩がそれぞれ言葉を発した。
だが、「いらっしゃい」、「ようこそ」は何か違う気がする。
「ただいま、戻りました。お待たせして申し訳ありません」
そう言って一礼するのはアーキスフィーロさま。
流石、お貴族さま。
簡単な礼でも絵になる。
いや、これは、美形だからか?
「うおっ!? これは確かに見事なヴィーシニャだな」
そう驚きの声を上げたのはトルクスタン王子。
雄也さんは二人の後ろに控えたまま一礼したけれど、言葉を発しない。
ただいつものように微笑んでいる。
でも、珍しい。
ちょっとお疲れモードっぽい。
疲れている雰囲気であっても、それがまた変な色気を醸し出して見えるのはどういうことだろう?
「随分、遅かったのですね」
真央先輩がトルクスタン王子に拗ねたようにそう言う。
だが、本当に拗ねているわけではない。
場に合った顔の使い分けができるだけだ。
「待たせて悪かった。ルカ、リア、シオリ嬢」
トルクスタン王子が微笑む。
いつもの笑みと違う作られた顔。
この人も王族だ。
これぐらいの表情は作れるということだろう。
「本当ですよ」
うっわ~、女性的な水尾先輩ですよ。
しかも王女さまヴァージョンとも違って、ちょっと可愛らしい感じ。
「シオリ嬢も、アーキスをすぐに戻せなくて悪かった」
「トルクスタン王子殿下の侍女さんが二人もお相手してくださったので、わたしは問題なかったですよ」
アーキスフィーロさまの体内魔気が少し乱れている気がするから、多分、何かあったのだろう。
まあ、お城だもんね。
もともとアーキスフィーロさまはこの城を警戒していた。
心を乱す何かがあったとしか思えない。
例えば、元婚約者さんと会ったとか。
例えば、第五王子殿下とお話ししたとか。
例えば、またあの第二王女殿下から絡まれたとか。
それぐらいのことは想定していた。
まあ、わたしが巻き込まれなかっただけマシかなとは思う。
いや、あんな場所で歌う羽目になったのだから、十分すぎるぐらい、巻き込まれてはいるのだろうけどね。
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