Just A Touch Of Love
「ところで、なんで、高田は正妃殿下とお揃いの髪と化粧していたの?」
もう何皿目か分からない焼き菓子に手を伸ばしながら、オレも気になっていたことを真央さんが栞に尋ねてくれた。
因みに栞はもう食べていない。
オレとしてはもっと食って欲しいのだが、どうしても食えないらしい。
「でびゅたんとぼーるで、国王陛下に髪と顔を乱されまして……」
栞がぼんやりとした声でそう答えた。
なんだと?
何があった!?
「何があった!?」
オレの代わりに水尾さんが凄い剣幕で栞に接近する。
だが、栞は動じた様子もない。
「円舞曲で振り回されました」
円舞曲で?
そこそこ踊れて、トルクスタン王子からの攻撃もかなり躱すことができるような栞を?
「高田を? 円舞曲で?」
「それは凄くないか? ああ見えてあの国王陛下は先輩並の上級者だったのか?」
いや、兄貴は上級者ではない。
それは当人も言っている。
だが、問題はそこではなかった。
「腕持ってぶん回されました」
「「はあっ!?」」
再度続いた栞の言葉に、双子は過剰なまでの反応をしてくれる。
何をやったら円舞曲でそんな状態になるのか?
だが、足を持ってぶん回されたわけじゃないなら、まあ、ギリギリ許容だろう。
デビュタントボール中の栞は、激しい動揺はあったものの、痛みなどを訴える気配はなかった。
多分、あの時だと思う。
「足が床から離れる時間が長い円舞曲は初めてでした」
そりゃそうだろう。
リフトは、そう長い時間行うものではない。
見栄えも悪くなるし、相方を足が付かないほど振り回すなら勢いが必要となり、優雅さに欠ける。
「あ~、マジでぶん回されたのか……」
「意外。あの国王陛下ってそんな感じに見えないのに……」
そして、話から、栞はデビュタントボールでローダンセ国王陛下と踊っていたことは理解した。
舞踏会で、ファーストダンスすら踊らない王と聞いていたが、これを聞く限り違うらしい。
栞を振り回すほどだから、ほとんどの女がその相方になるのは無理なのだろう。
あの舞踏会会場で見た限りだが、栞より踊れそうな女は数人ぐらいしかいなかった。
そして、その中に、振り回されるような目にあっても大丈夫だと思えるような女は、当然ながらいなかった。
「滞空時間も長くて……」
「「何故、円舞曲に滞空時間!?」」
流石、双子だ。
時々見事なまでに同調する。
「天井に向かって放り投げられました」
本当に何、やってんだ? あの国王陛下。
円舞曲を踊ることよりも、難易度の高い技に挑戦することが目的になってるんじゃないか?
円舞曲は優雅さと、先導者は相方が心地よく踊れるように気遣うことが大事だとオレは習った。
あの兄貴の教えだから、偏っている可能性はあるが、その考え方にオレも同意している。
栞と踊るなら、彼女が楽しそうに踊っている方が良い。
そして、栞の話から、国王陛下が人前で円舞曲を踊らない理由も見えてくる。
正妃殿下が国王陛下の相手をしたくないのだろう。
誰だって、物のように乱暴に扱われると分かっている相手の手を取りたくはない。
しかも、その光景を周囲に見せるのだ。
冗談じゃない。
しかし、栞も災難だったようだ。
髪はともかく、化粧が崩れるって相当酷い目にあったってことだ。
汗とか涙とか、その他諸々の事態がなければそこまではならない。
「あ~、トルクから女性に対する気遣いが減った感じかな?」
「トルクが女に気遣わないようになったら、力加減ができないただのアホじゃねえか」
酷い評価である。
しかも、そこに比較対象として出されているのはこの双子たちの幼馴染でもあり、一国の王子でもあるのだが、それもどうなのだろうか?
「でも、高田のそれは可愛いね。真っ白でよく似合っているよ」
話題を変えるかのように、真央さんが栞の服を見る。
「でびゅたんとぼーるのドレスコードらしいです」
それに対して、栞は照れくさそうに笑いながら答えた。
今日の栞はいつもと違う系統の衣装を身に着けている。
リプテラで円舞曲の練習をしていた時も、こんなボールガウン姿ではなかった。
「それなのに、化粧なしはちょっと惜しいな。九十九くん、飾れる?」
「「「え?」」」
突然の真央さんからの言葉に、オレと栞、水尾さんの声が重なる。
「ガッツリじゃなくて良いから、ちょっとだけ高田を飾ってよ。さっきの化粧よりは多分、九十九くんなら可愛くできるでしょう? 私、それが見たくてここまで来たんだからさ」
「オレは構いませんが……」
城の方を見る。
まだ兄貴もトルクスタン王子も城内にいるようだ。
だが、栞の婚約者候補の男がどちらかに同行しているかまでは分からない。
万一、戻ってきた時、男のオレが栞の顔に触れているのを見られてしまうと、いろいろ、面倒な気がするが……。
「大丈夫。三人が戻りそうな気配があれば、ちゃんと教えるよ」
真央さんはオレが何を気にしているのかが分かったのか、にんまりと笑った。
「私も高田がちゃんと着飾ったところを見たい。さっきの化粧は高田が背伸びしているっぽくて好きになれなかった」
水尾さんも同意する。
まあ、この国の既婚女性がするような化粧だったからな。
未婚で、しかもまだ若い栞には合っていないとオレも思った。
いや、同年代を「若い」と言うのはどうなんだって話ではあるが、二十歳にも満たないのだから「若い」という表現で問題はないだろう。
「栞様はどう思われますか?」
「また化粧するのか~」
ああ、栞は化粧が苦手だもんな。
だが、諦めろ。
「まったく化粧をしないまま、ロットベルク家に戻るわけにはいきません。部屋に戻るまでに誰が見るとも分からないのですから」
「うぐっ」
オレの言葉に栞が押し黙った。
まあ、建前だ。
本音はオレも見たい。
ただそれだけだ。
白のボールガウン姿の栞なんて、恐らくこの先、見ることはないだろう。
それならば、やはり着飾った姿を間近で見たいと思うのは当然だ。
「時間はかけませんから、そのまま、目を閉じてください」
オレがそう声を掛けると、栞は唇を突き出しながらも目を閉じてくれた。
観念してくれたらしい。
まずは、先ほどの化粧を綺麗に落としきってから、作業をしよう。
「手慣れてるね」
「ホントにな」
そんな外野の声も気にならない。
時間はあまりないだろうから、速さが命だな。
だが、慌てて、失敗したら目も当てられない。
手早く、慎重に、だ。
せっかく、栞を可愛くできるのだ。
しかも、「聖女の卵」としてではなく、正装の栞だ。
今後、お目にかかる機会など、そうないだろう。
いや、逆に増えるのか?
だが、白いボールガウン姿はもうないはずだ。
少し、考えて手を動かす。
舞踏会のような場所ならともかく、もう、帰るだけだ。
正装に見合った化粧にするのは当然だが、照明に負けないような派手さは要らない。
もともと、オレは栞の素顔も十分好きなんだ。
それなら目鼻を目立たせるだけにしておこう。
唇はピンクだな。
それは譲らない。
少しずつ、目を閉じた栞が色づいていく。
派手さはない顔。
だから、化粧でかなり印象が変わる。
だが、今回はそこまで変える必要はない。
兄貴はどんな顔に仕上げたのだろうか?
それが気になった。
そして、見てみたかった。
兄貴も気合を入れただろうから。
「髪も変えますか?」
「どうせなら、お願いして良い?」
「承知しました」
しまった。
それなら、髪を先にするべきだったか。
まあ、良い。
後でもう一度、整えよう。
ボールガウンだから、巻く方が良いよな。
左右を編み込んで……、ぐるっと巻いて、止める、と。
その後、少しだけ化粧を整えて……。
「できました」
そう言いながら、双子に披露する。
「「うわ~~っ」」
同時に嬉しそうな声を上げる二人。
どうやら、感触は悪くなくてホッとする。
同性よりも異性の目の方が怖いからな。
「ちょっと、高田。立って、立って」
栞の手を握りながら嬉しそうにする真央さんと……。
「いや~、化粧一つで全然、違うな」
妙に感心している水尾さん。
栞は言われるがまま、立ち上がって、くるりと一回転する。
白いボールガウンがふわりと浮かび、まるで、先ほどまで周囲で散っていた白い花びらのようだった。
「うわ~、人形みたいで、滅茶苦茶可愛い~」
「思わず、着せ替えたくなるな」
それは感想として良いのだろうか?
いや、実際、栞を着せ替えする悪友がいるから、女友達の正常な感想なのか?
基準が分からん。
栞は可愛い。
だから、いろいろな服を着せ替えたい。
うん、正常だ。
オレもそう思うから。
ふと、栞がオレを見た。
「可愛い?」
小首を傾げてそう言うから……。
「誰がやったと思っているんだ? 可愛いに決まっているだろ?」
思わず素で返答してしまった。
だけど、それを気にした様子もなく……。
「そうだね。ありがとう」
オレの可愛い主人は、抱き締めたくなるような笑みでそう言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




