魔弾の射手
「なかなか、過激だな。それはアレか? 例の大気魔気の調整のためか?」
「多分、そういうことだと思う」
真央先輩の衝撃的な発言に対して、水尾先輩は動じることもなく、話を続ける。
この国の王族は魔力の暴走すら許されなかった。
暴走をした事実だけで、魔法を封じられた上で、殺される。
「多分、それで大気魔気が落ち着くことを知ってしまったから、これまでそうやって対処してきたんじゃないかな?」
「アホだろ。魔力の暴走なんて、魔力が強ければガキの時代に、普通に起きる現象じゃないか」
「それは魔法国家の認識であって、この国の常識ではないんだよ」
水尾先輩の言葉に、真央先輩が困ったように眉を下げる。
「だから、魔力の暴走を引き起こさないような、魔力が弱めの子が生き延びやすくなった。この国の原因の一部はそこにもある。悪い意味で間引きをしてきたんだよ」
魔力が暴走するのは、扱いきれないほど強い魔力を持っているということ。
それを殺していたのなら、確かに残るのは魔力が弱い王族ばかりになる。
だが、納得もできた。
今回、この国の15歳以上の王族を見たが、アーキスフィーロさまよりも魔力が強い王族がいなかったのだ。
わたしのように制御石を付けている可能性も考えたが、真央先輩の言葉から、本当に魔力が弱まっている気がする。
「ローダンセ国王陛下の魔力が強いのも、多分、譲位の時に、改めて大陸神の加護を受けるからだと思う。それがなければ、この国は頂点ですら、他国に劣る可能性があると思っている」
「本当に大丈夫か? この国」
もう何度わたしが思ったか分からない言葉を、水尾先輩が口にした。
「さあ? どちらにしても、今の私たちにできることなんて何もないからね」
「あ?」
「この国が沈むと分かっていても、どうしようもないんだよ」
そう言いながら、真央先輩は困ったように肩を竦める。
「この国の危険性は、分かっている。でも、上の方にその危機感を伝える術がないと言えば良い?」
「どういうことだ?」
「簡単だよ。大気魔気の調整の必要性を知らない国に、誰が、どんな形で、どのように伝えるの?」
そう言われて水尾先輩もわたしも考える。
アーキスフィーロさまたちの話を聞いても、この国は大気魔気の調整についての基本的な知識もないってことが分かる。
王族をたくさん、産み、それを殺すような歴史がある国だ。
しかも、それで大気魔気の調整を意識せずにやってきたらしい。
そんな事実を伝える方法?
「トルクに伝えさせるのが一番じゃないのか?」
わたしもそう思った。
だけど、真央先輩は黙って首を横に振る。
「トルクは王族であっても、六大陸中一番、魔力が弱いと言われているスカルウォーク大陸出身者だよ? それに国王ではなく、あくまでも王子でしかない。説得力に欠けると思わない?」
「魔法国家との交流があったことを仄めかす」
「それは10歳未満の時期。いくらこの世界の人間の成長率が良くても、やっぱり説得力に欠けるかな」
水尾先輩の案は良いと思ったけれど、あっさりと真央先輩から駄目出しを食らう。
「私たちは特殊だと思いなさい、ルカ。普通に生きていて、魔法を使っていれば異常気象が起こらないなんて発想にはならないんだよ。魔力の流れを視る眼を持っている人間ばかりじゃないからね」
確かに、わたしはそれを教えてくれたのがこの二人だったり、護衛兄弟だったり、セントポーリア国王陛下だったり、恭哉兄ちゃんだったりと説得力のある人から話を聞いている。
だけど、普通の人はそうじゃないのだ。
これまでの常識を変えろと他人から言われて、唯々諾々と従える人間なんて、そんなに多くない。
言ってくれた相手が信用できなければ、あるいは、自分より上の権力を持っている人でなければ、簡単に自分の考えを変えるような返答なんて、承諾しかねるだろう。
「じゃあ、高田が婚約者候補の男を唆す」
ちょっと待ってください。
その言い方だと、悪い方向に導く悪女のイメージしかありませんよ?
「駄目だね。婚約者候補の子は既にこの国に利用されている。ここで余計なことを言えば、国の決定に従いたくないだけと思われるか、最悪、反旗を翻すのでは? ……と、疑われる可能性すらあるよ」
あ~、国から謀反を疑われるのか。
まあ、これまでのやり方を否定ってそういうことだよね。
「そもそも国の問題だからね。私たちが関わる必要はない」
「だけど、沈むって分かっているのを放置すると後味が悪くないか?」
「選ぶのは王。そして、国民。私たちは他国の人間」
真央先輩はそう言い切る。
「だけど、それでも気になるなら、じわじわと洗脳していくことかな」
「洗脳って……」
「凝り固まった考え方を変えるってそういうことなんだよ。客観的な資料に基づく根拠だって、頭の固い人は聞く耳を持たないからね」
まるで、それを見て来たかのように真央先輩は笑いながら言う。
魔法国家で何かあったのだろうか?
「まあ、少しずつ浸透させることができれば、10年ぐらいでマシにはなるかな」
「長い……」
「世代交代しなければ、考え方なんて変わらないもんだよ。年寄りは頑固者が多いのは、ルカが一番、知っているでしょ?」
「あ~」
水尾先輩が疲れたように天を仰いだ。
やはり、魔法国家でもいろいろあったらしい。
「ああ、劇薬もあるよ。世代交代でなく、政権交代。お勧めはこっちかな」
「劇薬すぎるだろ」
そして、そんなものをさらっと勧めないで欲しい。
「幸い、今の国王陛下に次ぐ魔力の持ち主は王族にいない。ローダンセの王族の血筋は、直系じゃなく傍系ならいるみたいだからね。ああ、今、お世話になっているロットベルク家も、そうらしいよ。ローダンセは名乗れないけれど、当主の妻に王族の血は薄く入っているってさ」
それ、絶対、雄也さんの情報ですね!?
いや、その案自体が雄也さんの案でも驚きませんよ!?
「どこかの先輩が考えそうな話だな」
同じことを水尾先輩も思ったらしい。
「やだな~。あの人は情報をくれるけど、政権交代を望むようなことをするわけないじゃないか。確実に高田が巻き込まれるって分かっているのにさ」
「へ?」
わたしが巻き込まれる?
「おや? この国で王の次に魔力を持っている人間がいて、その人間が国家転覆を図れば、その婚約者候補は絶対に巻き込まれるよね?」
「国家転覆を謀るような人じゃないですよ?」
どちらかと言えば、王を立てようとする人だ。
自己犠牲も強そうだし、乗っ取りとかは考えないと思う。
「国に対する忠誠が強い人ほど、国に愛想を尽かせたときの反動も大きいんだよ。じわりじわりと国や王に対する不信感を植え付けていけば、まあ、十分、可能性があるかな?」
「ないですよ」
そんなに単純ならば、あんなに迷うことも苦悩することもないと思う。
「おや、随分、信頼関係ができたようだね」
わたしはきっぱりと言い切ると、何故か、真央先輩は嬉しそうに笑った。
「勿論、現実的ではないよ。机上の空論ってやつだね。人の心はそんなに単純ではないってことも分かっている。だけど、そんなことを考えなければならないほど、この国が危ういってことは覚えておいて。高田は巻き込まれやすいから」
「はい」
真央先輩の言葉にわたしは素直に返事をする。
心配……、してくれているのだろうね。
「じゃあ、どうするんだ?」
「どうもしない。いや、どうもできないってのが正しいかな。もう少し、国が荒れて、乗っているのが泥舟だって気付けば、多分、他の五カ国、アベリア、ナスタチウム、ネメシア、オキザリス、ステラも黙っていないでしょう」
そこまで言って……。
「ああ、アベリアなら、アッコを使う手もあるのか。あの子、一応、王女だったんだっけ」
真央先輩はふとそれに気付いた。
わたしたちの後輩、アックォリィエさまは、リプテラの管理者の奥さんになったけれど、元はアベリアの王女だったらしい。
個人的にはあまり積極的に関わりたい相手ではなかった。
いや、悪い人間じゃないことはもう分かっているのだけど、話していると、凄く疲れるのだ。
でも、息子さんとは積極的に関わりたいとも思う。
「今は何もしない方が良いと思うぞ。下手すれば、国家間の問題に発展しかねない」
水尾先輩はそんなことを言った。
「国家間の問題……、ですか?」
はて?
アベリアの元王女を使う……いや、使うって表現が既にアウトかもしれないけど、連絡とったりするぐらいだよね?
後は忠告?
このままだとローダンセが危ないよ~って言うぐらいなら良いと思うのだけど、違うのかな?
同じ大陸にある以上、中心国の揺らぎは全体に波及する。
だから、その危険性を知れば、他国も動きてくれるようになると思うのだけど……。
「仮にアックォリィエ様を通してアベリアに伝わっても、ローダンセに伝わることはないと思います」
これまでずっと黙っていた九十九が口を開く。
「だよね~」
「伝われば別の問題に発展するだろうからな」
何故に!?
そして、この場で分かっていないのはわたしだけ!?
「国の問題は国で解決するしかありません。アベリアに大気魔気の調整の重要性が伝わっても、アベリアは自国だけで情報共有することでしょう。外に出す旨味がないですからね」
旨味ってそんな料理みたいな……。
いや、言いたいことは分かった。
国の問題は国で……。
それは、セヴェロさんも言っていたことだ。
アベリアから、ローダンセに伝えることは、内政干渉ってやつになるのかもしれない。
うん。
面倒くさい!!
「まあ、暫くは様子を見ようか。良くも悪くも、今日明日で変わるような問題じゃないからね」
真央先輩のそんな言葉にわたしたちは黙って頷くしかないのだった。
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