死の舞踏
大気魔気の調整は、貴族……、というよりも、成人した王族の重要な仕事だと私は、アリッサムで教わった。
勿論、貴族が手伝ってくれる分には構わない。
それだけでも、王族たちの負担が僅かながらも減るだから。
だが、やはり、普通の貴族よりも、王族たちの魔力の強さは桁が違うのだ。
必然的に、その仕事の比率は王族たちの方が大きくなることは避けられない。
だというのに、この国の王族たちはたった一人の貴族子息に、大気魔気の調整と、魔獣退治を担わせているらしい。
それも、成人した貴族ではない。
まだ後も継いでいない子供だ。
今はもう、成人しているために子供とは言い難いが、始まった時期は明らかに判断能力のないお子様だったことは確かだろう。
魔獣退治はともかく、大気魔気の調整は、セントポーリアのように、規格外と言えるほど魔力が強い人間がいても、その国王陛下一人では担えない仕事である。
それを、たった一人にさせるとか、アリッサムの常識では考えられない。
聞いた所によると、その生贄のように選ばれた人間は、幼い頃から、契約の間に何度も放り込まれ、閉じ込められたらしい。
それが、どんなきっかけだったのかは分からない。
恐らくは、何らかの罰で閉じ込めたのだと思うが、その真偽は現時点では不明だ。
だが、碌に大気魔気の調整もされていない空間に、まだ魔法を使うことも難しいような年代の幼い子供を放り込むなど、殺す気だったとしか思えない。
放り込んだ相手は軽い気持ちだったかもしれないが、濃すぎる大気魔気は猛毒なのだ。
意識を混濁させ、体内魔気の働きを激しく狂わせてしまう。
自分を保てなくなることもあるし、魔力泥酔で死んだ事例だってある。
意識的に大気魔気を取り込んで、自分の周囲だけでも体内魔気を放出させて身を護ることができれば良いが、それは魔法を使うことができる余裕がある人間の話だ。
大気魔気についての知識もなく、しかも、まだ幼い子供にそんな能力があるとは思えない。
だが、その子供は幸か不幸か、大気魔気の調整ができるようになってしまった。
話を聞いた限り、カルセオラリアの王族の血と、祖先にいたという精霊族の血が濃密な大気魔気が身体に侵入しても壊れないほど肉体を頑丈にしたのだと思う。
そして、大気魔気が濃い密室に何度も閉じ込められることによって感応症も働き、当人の魔力も強まった。
それこそ、王族並に。
理由としては分かりやすい。
本来、王族が受けるべき、濃い大気魔気による感応症を幼い頃から受けていたのだ。
そして、その逆に王族たちは、それを受け取っていない。
それを知っていれば、誰がどうみても、その子供がこの国の王族たちを超えることになるのは明らかだろう。
だが、厄介なのは、話がそこで終わらなかったことだ。
その人間が契約の間に行くたびに、国内の気候が安定することに気付いてしまえば、その大気魔気の変化に過敏に反応する王族たちが味を占めるのは当然ではある。
さらに、その魔力が強い人間が、魔法を使って魔獣退治をすれば、その付近の気候も落ち着くのだ。
結果、そのたった一人にこの国の全てを背負わせることにした。
俄かに信じがたいが本当の話だから救えない。
だが、そのたった一人が生まれるまではどうしていたのか?
そのたった一人は、今年19歳になる若造だ。
この国の歴史は深くはないが、そう浅いモノでもない。
勿論、昔からこんな状態ではなかっただろうが、大気魔気を調整する重要性が語られなくなったのはここ数年の話ではないだろう。
その答えが、これまでにずっと繰り返されて来た王位を巡る王族たちの争いにあると思う。
この国は王子、王女が多くなりがちだが、譲位するまでにはその半数がこの世からいなくなるという歴史がある。
後を継ぐ権利がある王子だけでなく、王女までというのは、味方に付けば良いが敵に回ることもあるからだろう。
先ほど、説明したように人間は死んだ直後こそ、体内魔気を最も放出する。
しかも大陸神の加護を持つ王族たちの死だ。
加護の効果もあり、一気に放出される体内魔気は、その地の大気魔気との相性も良く、調整としてはかなり効果的だろう。
実際、葬送の儀を行う聖堂内にある「神送りの間」と呼ばれる場所の近くは、どの国も例外なく、大気魔気が落ち着いているらしい。
各地に聖堂が建てられる理由はその辺りにもある。
大気魔気が濃い場所と決まっているわけではないが、聖堂を建立する際、高神官たちの眼には神の気配が強い場所に建てることが多いと、「音を聞く島」で、新たに聖堂の管理者となった正神官が言っていたから嘘ではないだろう。
私利私欲から建てられた聖堂は、その建てた高神官がいなくなると、それだけで廃棄されやすいらしい。
視る眼があれば、そこに神の気配など感じないのだ。
そして、聖堂に派遣され、管理を任されるのは、大聖堂が認めた正神官。
神との縁がない場所にいつまでも留まりたくないと思うのは神官として、当然のことだと言っていた。
神の気配が強いということは、大気魔気が濃いということでもある。
だから、その場所に、この世界の人間たちが大気魔気へと還る機構を組み込んでいるのだ。
その地の大気魔気を落ち着かせ、その地が荒れないように。
死の直後は体内魔気が放出され、「葬送の儀」によって、肉体そのものも、大気魔気へと還る。
だから、王族たちが死ぬのは、大気魔気が濃い場所が多くなる。
さらに、城内にある「神送りの間」を使用することで、王城内の大気魔気は調整されるというわけだ。
アリッサムの考え方では、王族を失うことは、大気魔気の調整をする人間が減ってしまうという損害である。
だが、この国の考え方はそうではない。
命を失わなければ、大気魔気の調整できないのだ。
王族たちは存在するだけで、その体内魔気により大気魔気の調整は少なからずできているのだが、やはり死んだ時ほどはっきりと眼に視える効果が得られていないことが、その考え方を補強してしまった気がする。
誰が考えたシステムかは分からないが、恐らく、大気魔気を調整する重要性を知る人間がいなくなって以降のことだとは思う。
意識的に、調整をされなくなったことで、この付近の大気魔気が荒れたのだろう。
そして、城内で王族が死んだ後、その荒れた大気魔気が落ち着いたのだと思う。
そのことに、誰かが気付いた。
「王族が死ねばこの周辺の大気魔気が落ち着く」と、その意識に刷り込まれてしまった。
気付いたのは王族の一人か、その国の頂点だったのかは分からない。
だが、その考え方が、この国の代々の国王陛下たちに引き継がれた可能性はある。
だから、この国の国王陛下と呼ばれる人間は、他国の人間が引くほど子供を産ませるのだ。
この国の大気魔気を調整するための生贄として。
自分が産むわけではないから気楽で気軽だろう。
いずれにしても後を継ぐのはたった一人しか必要がないのだ。
今の国王陛下の子供が全て違うのは、母体を考えてのことか、それ以外の理由があるのかは分からないし、そこは考えたくもない。
どこかの王子と別方向で、生命を弄ぶ行為だとしか思えないから。
「……と、まあ、これが私の推論ってことになるかな?」
私がそう言うと、目の前にいる同じ顔した妹が大きく息を吐き、後輩は俯きながらも唇をかみしめた。
一番、反応が気になった青年はずっと無言だ。
体内魔気の抑制も見事だと思う。
私にすら動揺を見せない。
彼の場合は、本来の主人の様子を気遣っているために、自分の感情は二の次って感じもするけれど。
いや、ある程度、彼自身も予測していた気はする。
兄が似たような結論を出しているのだ。
その兄から教育を受けてきた弟が全く何も予想していなかったとは思わない。
その考えが頭にあったから、この場で一番、動揺も少ないのだろう。
後輩も予想はしていただろうけど、その予想を上回るほど状況が酷かったのだと思う。
しかも、この後輩の婚約者候補となった人間が渦中にある。
だからこそ、気付けたこともあるけれど、気付きたくなかった現実も付きつけられたのだ。
基本的に善人思考なこの後輩が落ち着けるはずはないか。
そして、我が妹は、困ったことに一番、動揺が激しいのが目に見えて明らかだった。
それだけ、他国と自国の違いに衝撃を受けていることは分かるのだけど、十年以上もの、王族教育は何処に放り投げた?
彼と彼女を見習いなさい。
どちらも、貴女より年下なんだよ?
そう言いたかったが、黙った。
既に亡い国の教育など、残っていなくても仕方がない。
私も妹も、今は強すぎる魔力だけがあるただの庶民なのだから。
それに、妹は、どこかの王子が作った薬を飲んでいる。
同じく服薬した人からの話では、戻された肉体年齢に精神が引き摺られている部分があるという。
妹を庇うための気休めを言うような人ではない。
実際、その人自身も、これまでよりも幼い印象があり、それを見ている薬の製作者が時々、含み笑いをしているほど分かりやすい時がある。
13歳から私と会うまでの間に、人格にも影響を及ぼすほどの出来事があったということなのだろう。
尤も、薬の製作者の方は、その時代を知っているらしく、「懐かしい」という印象が強いらしいけど。
13歳……、中学生と呼ばれる時期は、私も妹も人間界にいて、城にいる時のように自分を押さえつけるような時期ではなかったことを思い出す。
そう考えると、同じように肉体年齢が多感な時期に戻されている妹に、18歳と同じように自制しろというのは酷なのかもしれない。
そして、同時にあの薬を飲まなくて正解だとも思うのだけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




