葬送行進曲
それは多分、小さな呟き。
「だから、この国の王族は早く死ぬことになるんだろうね」
だけど、さらりと告げられた魔法国家の第二王女殿下の言葉は、それでも、周囲を固まらせるには十分な効果を発揮した。
流れてくるのは、パブロ・デ・サラサーテ作曲「ツィゴイネルワイゼン」である。
何故、よりによって、この曲なのか!?
先ほどまでもっとしっとりとした音楽が流れていたはずなのに、いきなり壮大な曲になっている。
良い曲だと思うけど、人間界では悲劇的な場面で使われるほど有名な曲だ。
ここまでくると、最早、ギャグとしか思えない。
いや、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ作曲の「トッカータとフーガニ短調」よりはマシなのか?
あの曲の方が、コメディ臭が強い。
替え歌は好きだけど、その言葉のインパクトが強すぎると、それが頭から離れなくなっちゃうよね?
「リア、どういうことだ?」
わたしの疑問をそのまま、水尾先輩が口にしてくれた。
「ルカはさ~。人間が最も体内魔気を放出する瞬間って知ってる?」
「キレた時」
「あ~、それは無駄に放出する瞬間だね」
迷いもなく、即答した水尾先輩に対して、真央先輩は苦笑する。
だが、無駄なのか。
やはり感情的になってはいけないということらしい。
でも、無駄なのか。
あっさりとそんな答えを口にされたが、水尾先輩は再び考えて……。
「それ以外なら、普通に考えれば魔法を使う瞬間だよな?」
別の答えを口にする。
「残念。それは意識的に体内魔気を放出する瞬間だね」
体内魔気……、体内の魔力を使うことが魔法の基本である。
それは現代魔法も古代魔法も同じだ。
違うのは、現代魔法は体内魔気と大気魔気を混ぜ合わせて魔法を作り出しているけれど、古代魔法は自分の体内魔気だけで魔法を創り出している点だろう。
まあ、いずれにしても体内魔気が魔法を作り出していることに間違いはない。
「多分、ルカは知らないとは思っていたよ。でも、高田なら、予想できるんじゃないかな?」
真央先輩は何故かそんなことを言いながらわたしを見る。
「へ?」
水尾先輩と真央先輩、そして九十九の視線を集めたわたしは……、我ながら気の抜けた声を漏らす。
それも仕方がないだろう。
真央先輩はわたしの方が分かるなどと言ったのだ。
それも、体内魔気……、魔法のことなのに?
魔法国家の王女である水尾先輩が知らないことを?
「高田は、ストレリチアにいた時期があるでしょう? その時にいろいろ聞いていると思うんだよね」
困惑しているわたしに向かって、真央先輩はヒントをくれた。
そして、その言葉でいろいろなものが繋がっていく。
人間が、体内魔気が、最も、大気魔気に融ける瞬間は……?
人間の想いが、記憶が、大気に還るのはどんな時?
何より、この会話の前に、真央先輩は何と言っていた?
それが最大の答えじゃないか。
「人が……、亡くなる時……ですか?」
「その通り」
否定してほしくて口にした言葉は、あっさりと肯定されてしまった。
「どんな人間も亡くなる瞬間、いや、亡くなった直後が一番、体内魔気が放出されるらしいんだよね。まあ、人の動力や力の源、思念の塊とも言われている魂が抜け出るのだから当然と言えば、当然の話なんだけど」
それは「葬送の儀」と言われる儀式でも言われていたことだった。
人の魂は、やがて肉体から離れ、大気に還って、神の許へと誘われると。
だから、その全てを聖霊界へ送らず、人界に思い出の欠片として、その一部を魂石と呼ばれる魔石に移して、それを墓柱に装着するのだ。
それがこの世界のお墓である。
「あ~、そうか。魂、思念体が、そのまま体内魔気の塊だというのなら、確かに死んだ直後が一番、抜け出るよな」
水尾先輩も納得する。
「仮死状態から蘇生した人間の中には魔力が強まったという話もあるらしいよ。それは、一度、体内魔気を放出して、いろいろなものが混ざった後で、肉体に戻るからと言われているけど、そこについては、当人自身もよく分かっていないんだよね」
この世界には蘇生魔法と呼ばれる魔法は多分、ない。
こればかりはわたしがどんなに願っても無理だろうと思っている。
人は死んだらそれっきり。
だから、その短い一生を懸命に生きるのだから。
「それで? この国の王族が早く死ぬのと、死んだ時に体内魔気が放出されるのは何の関係があるんだ?」
「分からない?」
「私はリアほど魔法の知識がないんだよ」
水尾先輩の言葉に、真央先輩が肩を竦める。
「でも、後ろの青年は既に、その答えに辿り着いたっぽいよ?」
「「え!?」」
わたしと水尾先輩の声が重なる。
「いえ、辿り着いたわけでは……。勿論、自分なりの予測は立てていますが、それが正しいかは分かりません」
九十九は既に何らかの答えを持っているらしい。
だけど、わたしにはまだ分からない。
いや、どこかでそれを理解してはいけない気がしているのだ。
「まあ、私もこれが正解かは分からないよ。当事者たちに確認したわけではないからね。でも、この国の歴史の紐を解けば、そこまで的外れでもない考え方だとは思っている」
そこで真央先輩は言葉を区切る。
「魔法、大気魔気、体内魔気に関しては、どの国も独自で研究しているからね。魔法国家が一番だという気はないし、情報国家が絶対に正しいとも思っていない」
その言葉で、真央先輩は、アリッサムだけでなく、情報国家イースターカクタスの考え方も知っているのだろうと思う。
「その上で、多分、ローダンセの王族たちは大気魔気の調整についての基本的な知識すらないのかなと思っている」
「え?」
王族たちが、大気魔気の調整について知らない?
でも、ある意味、一番大事な仕事なんじゃないの?
わたしは少なくともそう思っていた。
政治は他の人間でもできるだろう。
実際、どの国にも宰相とか、大臣とか、それ以外にも、国王の近くで得意分野を支える人たちがいる。
だけど、大気魔気の調整は、王族をはじめとする魔力が強い人間にしかできないのだ。
「そんなアホなことがあるのか?」
わたしの疑問は、そのまま水尾先輩の疑問でもあったらしい。
「あるよ。アリッサム……、フレイミアム大陸はそれを知らなければ、そこに住む人間たちが生きていけない環境にあったけれど、ローダンセに限らず、他国や他大陸はそれを意識しなくても、なんとか生きていける環境が整っている」
「環境……?」
水尾先輩は顔を顰めた。
「具体的には大気魔気の濃度の違いだね。フレイミアム大陸は、大気魔気が途轍もなく濃い場所にアリッサム城があった。だから、嫌でもアリッサムの王族たちはそれを意識しなければ生きていけなかった。でも、他国は意識しなくてもある程度は生きていけるって話だよ」
事もなげに、でも、はっきりと、魔法国家の第二王女殿下はそう語る。
「アリッサムが消えた直後、クリサンセマムは喜んだらしいよ。これで、中心国になれるってね」
「は?」
水尾先輩が怪訝な声を出す。
わたしも信じられなかった。
仮にそう思ったとしても、それを口や態度に出してしまうのは国家としても、どうかしているだろう。
もともと良い印象がなかったあの国には嫌悪感しかない。
まさか、まだ下に落ちる部分があったとは思っていなかったけれど。
マイナスの評価って本当に際限がないんだね。
「クリサンセマムはフレイミアム大陸でのアリッサムの役目を知らなかったし、アリッサムにあったはずの大量の大気魔気も綺麗に消えていたらしいたから、仕方がない面はあるかな。アリッサムも何も伝えていなかったみたいだからね」
「それでもっ!!」
「アリッサムが中心国として、何の説明をしていなかったのも悪いんだよ。伝えていれば、他の四カ国に万が一のための対策も教えられたと思う。でも、それをしなかった。だから、今、フレイミアム大陸魔獣で溢れ、異常気象が続く荒れた大陸になっている」
感情的になった水尾先輩の言葉を制するかのように真央先輩は続ける。
「魔力が強いとはいえ、たった一国が無くなっただけで、環境が大きく変わってしまうのだから、いい加減、どの国もその重要性に気付いても良いと思うのだけどね」
真央先輩はどこか皮肉気に、でも、不思議なほど妖艶な笑みを浮かべて、そんな言葉を口にするのだった。
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