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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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道化師のギャロップ

 弟を揶揄うためだけに修得した()()()()()()が、こんな所で発揮されてしまうとは、正直、予想外だった。


 芸は身を助くとは、このことだろうか?


 いや、勿論、あの弟は視界を塞いだぐらいで騙すことはできない。

 だが、俺の顔からあの主人の声と口調という違和感で、かなりの衝撃を受けてしまうらしい。


 わざわざ声真似のためだけに魔法を使うのなら、その姿も一緒に変えろと言われたことがある。

 その方がまだ精神的なダメージが少ないらしい。


 実際、姿も変えた時は、「()めてくれ」と必死に懇願されたのだが、声だけを変えた時の方が、もっと心が傷付くと言っていた。


 普段の言動の割に、精神的には軟弱な男である。


 いずれにしても偽物だと分かっていても、視覚情報と聴覚情報、識覚情報の齟齬が、混乱に拍車を掛けるようだ。


 まあ、そんな兄弟のくだらない事情はさておいて……。


 主人の婚約者候補殿に付き添うことになった。


 それは良い。

 寧ろ、好都合である。


 さらに、件の第五王子との会談に立ち会うことにもなった。

 それも良い。


 だが、第五王子と会話をしただけで、主人の婚約者候補は精神のバランスを崩し、魔力を暴走させかけたのだ。


 第五王子が、相手の気持ちを考えない無神経な人間だということは知っていただろう。


 過去に、人間界で主人との会話に立ち会ったことがあったが、一方的で、自分の気持ちを押し付けた挙句、それを否定されて、魔力の暴走を起こしかけるような(ザマ)だったのだ。


 そんな王族らしい図々しさと無神経さを持ち合わせているのだから、あれぐらいのことは言われると想定していたとは思う。


 それでも、耐えきれなかった。


 これは婚約者候補殿の精神が弱いとかそんな単純な話ではない気がする。


 確かに強くはない。

 だが、そこまで極端に弱いわけでもない。


 明らかに肉体と、所持する魔力が釣り合っていなかった。


 そして、その理由も少しずつ見えてきたが、まだ推測の域を出ていない。

 もう少しだけ、検証を重ねる必要がある。


 尤も、精神的な混乱を積み重ねただけで、精神系の魔法が効きやすくなったのだから、通常の魔力の暴走と大差がないと言えるだろう。


 他大陸出身の俺でも簡単に眠らせることができたのがその証だ。


 寧ろ、何故、臣下の魔力が暴走しそうになっただけで、王族すらあそこまで慌てふためき、混乱してしまうのかが理解できない。


 直系王族は大陸神の加護を受けるため、何の努力もしない貴族たち(有象無象)の魔力を凌駕する。


 そして、同じ水属性ならば、水の大陸神の加護を持つ直系(ローダンセ)王族に勝てるはずがないのだ。


 そのために、臣下の魔力の暴走を止めることは、上に立つ者の責務だと俺はセントポーリア国王陛下より伺っている。


 だが、この空になった部屋にはそんな気配は何もない。


 俺は本当に主人だけでなく、雇用主(上司)にも恵まれていたのだなと今更ながら思う。

 衛兵を呼びに行くと言っていたが、どれだけの軍勢を率いて戻ってくることやら。


 あの王子殿下は、友人があんなにも簡単に魔力の暴走を引き起こすなど、想定もしていなかったようだ。


 自分なら安全だと思っていたか?

 それとも、過去よりも暴走しやすくなっていることを知らなかったのか。


 恐らくは前者でもあり、後者でもあるのだろう。


 自分相手に魔力を暴走させることはないという妄信。

 同時に、昔は先ほどのように少しの感情の揺らぎぐらいでは暴走させなかったための過信。


 情報は古いままだと本当に役に立たんな。


 昔とは置かれている環境も、当人たちの意識も状態も大きく変わっている。

 状況は秒単位で変化するものなのに、数年前と同じだと、変わるはずがないと思い込む人間の気が知れん。


 尤も、そう思い込みたい気持ちも分からぬわけでもない。

 変わって欲しくないのだ。


 自分にとって都合の良い状況から、変化などして欲しくないと思うのは自然だろう。


 ただ、そんな甘い願いには相応の対価(努力)が必要だ。

 何もせず、願うだけ、思うだけ、祈るだけでは運命の女神は何も導かない。


 信じ込む、思い込むにも相当の心の強さが必要だ。

 揺らがない、ぶれない、曲がらない、歪まない、そんな強すぎるほどの思い込みが。


 そんな奇跡を体現してしまう人間の側にいれば、嫌でも、その格の差が分かってしまう。


 魔力の暴走を「鎮静」の一言で本当に落ち着かせてしまう人間など、この世界にはいないだろう。


 一般的には俺のように睡眠系統の補助魔法で意識を沈めるか、それ以上の攻撃魔法で制圧するかの二択となる。


 だけど、主人は迷わずその言葉を選択した。

 俺が、それを勧めたという理由だけで、それが自分に可能なことだと思い込んだのだ。


 少しでも迷えばあの効果はなかっただろう。

 

 結果として、婚約者候補殿の意識は深く落とされた。

 本来、鎮静という単語にそんな意味はない。


 もしかしたら、主人の頭のどこかに、「鎮静」とは心を落ち着けてゆっくり眠ること……、という意識があるのかもしれない。


 だが、その状況を見て、俺と弟が平常心でいられなかったのは自分でも誤算だった。

 まあ、お互いに良い鬱憤を晴らせる対象が、目の前にいたために、問題は全くなかったのだが。


 あの薬の副作用として、精神が多少、肉体年齢に引き摺られることがあるとは聞いていた。


 だが、13歳の俺はあんなにも落ち着きがなかっただろうか? ……と、思い起こして、確かに不安定だったことを思い出す。


 13歳から14歳は確かに不安定だった。


 弟は可愛くないし、陛下から任される仕事は増大し、王妃からも目を付けられ、王子はわがまま放題のガキだった。


 周囲からのやっかみも、今ほど躱すことも流すこともできなかった時期だ。

 安定するはずもない。


 なるほど。

 それを考えて行動しなければならないということは、理解した。


 15歳の弟は言うまでもない。

 大概、不安定だった。


 主人を護るという明確な使命がなければ、どうなっていたことやら。


「アーキスフィーロ!!」


 第五王子の声とともに飛び込んでくる気配。


 思わず、身構える。


「あ、あれ?」


 第五王子は何故か、一人だった。


 従者はどうした!?

 城内だからこそ、王子の身辺警護は大事だろう!?


 そんな俺の視線に気付いたのか、第五王子は気まずそうに……。


「護衛は、あまりにも話を聞いてくれなかったので、置いてきた。その……、アーキスフィーロは、まさか貴方が倒したのか?」


 何も、そんな魔獣を倒したかのように言わないで欲しい。


「畏れながら、発言させていただきます。アーキスフィーロ様は魔法で眠らせました。このまま連れてお戻りした方が、良いのですが……」

「眠って……? そんな馬鹿な」


 第五王子は、俺の言葉を否定する。


「アーキスフィーロは僕なんかよりもずっと魔法耐性があるのだ。カルセオラリアの王城貴族程度の魔法で簡単に眠らせることなどできるはずがない」


 婚約者候補殿の魔法耐性……か。


 そして、随分、軽く見られたものだな、機械国家の王城貴族が。

 確かにカルセオラリアは中心国の中で、最も、魔力が弱いと言われている。


 魔力の強さに拘らない婚姻。

 魔力が弱くて国を出てきた人間たちの集まり。


 そんな歴史が()()()()()()周囲には広まっている。


 だが、少なくとも、トルクスタンは、この王子殿下よりも魔力が強いのだ。

 これは恐らく、日頃の鍛錬の違いだろう。


 あの男は、常日頃から、移動魔法、結界魔法など、かなり強力な魔法を涼しい顔で使いこなしている。


 どんなに魔法国家の王族が強い魔力を持っていても、トルクスタンほど強度のある防護結界は無理だと言っていたし、この世界で最も広いスカルウォーク大陸内の端から端まで移動魔法が使えるなんてことを豪語しないだろう。


 シャリンバイの最西端からメディオカルカの最東端まで、一体、何万キロあると思っているのだ?

 そんなことは、俺も弟もできない。


 実際、トルクスタンはそれができてしまう男だ。

 それぐらいでなければ、中心国の王族なんて異常な存在にはなれないのだろう。


 そして、カルセオラリアの王城貴族は魔力の強さで選ぶことなどないが、魔力が一般的な貴族並にある人間だっていなくはないのだ。


 どれだけ、自分の常識の中で生きているのだろうか?


「畏れながら申し上げます。取り乱した人間の魔法耐性なんて、期待できません」


 あの魔法国家の第三王女殿下さえ、混乱すれば、俺でも制することができる。

 それは、「ゆめの郷」での主人との共闘でも証明できた。


「は……?」


 だが、それを知らないこの王子殿下は信じられないような顔をする。


 尤も、信じてもらう必要などなかった。


 既に、主人の婚約者候補殿は眠っており、魔力の暴走の危険性は去っている。

 それが事実として存在する以上、この王子にとやかく言われたところで、なんとも思わない。


 それに、この婚約者候補殿に頻繁に起こる症状が、本当にただの魔力の暴走とは言い難いからな。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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