Träumerei
「先ほどの歌姫と話したいのならば、俺ではなく、アーキスフィーロを通せ。あの娘は今、ロットベルク家にいる。友人でしかない俺の一存で、王族との面会など容易に叶うはずがない」
まあ、俺が頼めば、彼女自身は簡単に承知しそうではあるが、それは護衛たちが許さないだろう。
「ロットベルク家……。そうなると、あの女性は本当にアーキスフィーロと?」
「その辺りも含めて当人たちに聞け。俺は立ち会っただけだ。その後、どうなったかは知らん」
アーキスフィーロとシオリは、現時点で仲は良さそうに見える。
お互いを尊重し合っているようにも見えた。
だが、そこに想い合う熱はない。
契約相手としか見ていないのだから、当然だろう。
俺なら、始めから努力することもなく、相手を知る前から、「愛することはできない」なんていう相手は願い下げだがな。
「アーキスフィーロは、マリアンヌのことは……」
やはり、その名前が出てきたか。
この場で出して欲しい名ではないのだがな。
「アーキスフィーロを切り捨てたのはあちらの方だと聞いている」
「だが、あれは……」
「これ以上は、他者の面前だ。やめておけ」
尚も食い下がろうとする第五王子に対して、俺は突き放す。
「あ……」
完全に、周囲が見えなくなっていたようだ。
気まずそうに視線を送る。
今回、俺は遮音を張っていなかった。
ここでの会話を周囲に聞かせるためだ。
その後、どう吹聴されても知ったことではない。
―――― マリアンヌ=ニタース=フェロニステ
この国の宰相であるアストロカル=ラハン=フェロニステの三番目の娘だと聞いている。
ユーヤの話では、正妻の娘ではないが、認知されているため、庶子の扱いではあるらしい。
幼い頃、登城するたび同じ年齢の第五王子だけでなく、アーキスフィーロとも交流させていたのはそのためだろう。
実子と交流させて、あのアーキスフィーロの魔力の暴走に巻き込まれてはたまらないからな。
その結果、感応症が働くようになったために、アーキスフィーロの魔力暴走に巻き込まれても傷を負わない令嬢となったらしい。
だから、10歳になる前に、二人は婚約を交わし、そのまま婚姻すると思われた。
だが、三年前、突然、フェロニステ家より、一方的に婚約破棄をされたという。
アーキスフィーロにその理由を尋ねても、「自分が悪い」としか言わない。
どれだけの非があれば、あの真面目な従甥が悪くなるのか?
だが、周囲からの声も、要領を得ないものばかりであったために、真実を知る人間たちが揃って口を噤んだことだけは分かった。
そして、件の女は、二年前、別の男と再婚約をしたそうだ。
今日も、その男とこの会場にはいたようだが、俺は面識がないので、どの令嬢なのかが分からなかった。
だが、ユーヤの話では、年下ではあるが、既に女を囲うような、あまり良い評判ではない男らしい。
正直、俺としては捨て置きたい。
先に捨てたのはあちらだ。
無関係となった今、アーキスフィーロが助ける義理もない。
「失礼いたしました」
第五王子が一礼する。
この男と、アーキスフィーロ、そして、件の女は幼馴染だ。
ニンゲンカイへも一緒に行ったと聞いている。
だからこそ、いろいろと、思うところはあるだろう。
幼馴染は特別だ。
自分の忘れたい過去まで覚えているから。
自分の弱さも、埋めたい過去も、焼却したい思い出も、たくさん共有する仲間だと思っている。
「せめて、アーキスフィーロが城まで来てくれるなら……」
その言葉に苛立ちを覚える。
この男も王族だ。
だが、考えが甘すぎる。
「俺ならば、友人に会いたければ自ら向かう」
ましてや、アーキスフィーロは必要以上に部屋から出ないことはこの国でも有名な話なのだ。
それもこれも、全て魔力の暴走をさせないため。
そして、異性を惑わせる「魅惑の眼」を誰にも見せないためだ。
いろいろなモノを護るために閉じ籠っている男を引きずり出して、登城しろとは頼む側の態度ではないだろう。
「それは……」
第五王子は言い淀む。
分かっている。
これは国の違いだ。
結界に守られている城内ならともかく、一歩、城から出れば、この国は王族間で殺し合うことも珍しくない。
本来、助け合うはずの兄弟姉妹が敵となる。
そんな国に生まれた王族が、危機感もなく、城下へと降りるなどできるはずもない。
後から生まれた年若い王族たちは、選ばれなければ保険として生かされる可能性はある。
だが、正妃の子である第四王子に年が近い王族たちは、生き残るために殺されないために、他の王族たちを蹴落とす必要があるのだ。
第一から第五王子まで、その全てが未婚どころか婚約者もないのはその辺りが原因だと言われている。
より条件の良い女を探し、妻とするために。
忌々しいが、今は、行方不明となっているアリッサムの王族たちを探しているそうだ。
第一、第三王子の考えでは、市井に落ち、仮に他の男の子を生んでいたとしても、その夫と子を殺し、無理矢理、奪うことも考えているらしい。
アリッサムの王族の魔力を次世代が受け継げば、国の助けとなる。
自分の子を孕むことがあれば、文字通り、一発でポイントを稼げるからだろう。
だが、無謀だと実情を知る人間としては言わせていただきたい。
第一王女には常に狂犬が侍っていた。
第二、第三王女には俺もいるし、頼もしい友人たちもいる。
何より、第三王女自身が、とんでもない兵器だ。
下手に手を出せば、得意の「火の大鳥」で、跡形もなく焼き尽くされるだろう。
幼い頃より、魔獣退治を行い、聖騎士団や魔法騎士団すら、その実力を前に頭を垂れるほどの存在。
俺は怪我をしないか心配だったというのに、会うたびにけろりとした顔で笑いながらその武勇伝を語ってくれた。
その強さが眩しく、その男勝りな武勇伝を楽しみにしたものだ。
いや、会って間もない頃は、本気で男だと思っていた。
アリッサムの直系王族は女しか生まれないと知った時、あれ? ……と思って、当人に確認したら、焼かれかけた。
ああ、そうだな。
幼馴染は本当に特別だ。
阿呆な思い出すら眩しいものとなる。
「アーキスフィーロをここに呼ぶか?」
「え?」
「俺が呼び出せば、話ぐらいは付き合うだろう。あの娘は来ないかもしれないが、それで良ければ、連絡してやる」
俺がそう言うと、そこに光を見出したのだろう。
「ありがとうございます!! トルクスタン王子殿下!!」
そう言って、勢いよく頭を下げる。
「だが、第二、第三王子たちには伝えておけ。先の歌姫に対して良からぬことを企めば、王族でもその死を覚悟せよ、と」
「一体……、何を……」
俺の敵意が籠った威圧に気付いたのだろう。
第五王子は震える声で確認する。
「まあ、直に分かることだ」
今日、いきなりはないだろう。
警戒が緩む頃を狙って、シオリに対して何かを仕掛けようとするはずだ。
最初に、俺に向かって話しかけてきた印象と、欲の孕んだ瞳がそう言っていた。
あのヴィバルダスよりもずっとタチが悪い顔で。
あの歌にかなり魅了されたようだからな。
だが、シオリ嬢に手を出そうとしたその後に起こることなど、全く、予想もしていないだろう。
ヤツらは良くも悪くも、王族だ。
失敗しても、その権力でなんとかなると思っているところはあるのかもしれない。
緑色の髪と濃い藍色の髪の美女の姿をした番犬どもに、その喉元を食い破られることなど微塵も考えてもいないはずだ。
ヤツらは、王族であっても容赦をしない。
シオリが困るから、相手の命を獲ることはしないだろうが、社会的に死ぬぐらいのことはするだろう。
もしくは、男の尊厳を踏み躙るか。
いい性格をした我が友人ならば、そちらを選びそうな気がする。
だが、万一、そうなったとしても同情することはないだろう。
女性を自分の都合だけでいいように扱う男たちなど、生きる価値などないのだから。
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