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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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2308/2798

intermezzo

 閉められた扉。

 夢のような不思議な時間は、その扉が閉まると共に終わった。


 四人……、いや、実質一人の歌い手が、この王侯貴族が集った空間を完全に支配してしまったのだ。


 始まりは王族の一人による言いがかり。

 だが、それすらも彼女にとっては何の(妨げ)にもならなかった。


 器が違うとはこのことだ。

 彼女は、自分の意思のみで、愚かな王族との違いを明確にした。


 ―――― 歌があるだろう?


 そう言ったのは、確かに俺だった。


 それは、少し前に港町で彼女が歌う姿を見たからだ。


 伸びやかな歌声を持つ彼女は、「歌姫」の名に恥じない歌を酒場で披露し、そこに集まった大衆を魅了したことは、記憶に新しい。


 だが、その俺の言葉で、王侯貴族すら息を呑む空間を作り上げてしまうなど、誰が予測できたものか。


 ―――― King of Kings,


 その声が今もまだ耳に残る。


 王の中の王。

 そう讃えられて、喜ばない王がいるだろうか?


 ―――― And Lord of Lords,


 そして、貴族の中の貴族。

 そう称されて嬉しくない貴族がいるだろうか?


 ただの歌だ。


 だが、彼女は動いた。

 それぞれに手を広げ、歌に合わせて称賛したのだ。


 無意識の行為だったかもしれない。

 だが、それがこの場にいた者たちの心を揺さぶった。


 壇上にいた王族。

 そして、周囲にいた貴族たちの一部が、彼女の歌に合わせるように歌い出したのだ。


 王侯貴族が声を揃えて一つになる。

 それはある意味奇跡だった。


 王侯貴族と一纏めにされても、この国では、王族と貴族には絶対的な壁がある。


 それを成し得たのは、たった一人の娘だ。

 それも、社交の場に出るのが、今日は初めてという白いボールガウン姿だった。


 誰が見ても、異常だろう。


「トルクスタン王子殿下、先ほどの少女とは一体、どこで出会われたのですか?」


 だから、こうなる。

 初対面の挨拶を終わらせ、回りくどい会話から、本題へ入ると先ほどから必ず彼女の話題となる。


「友人(つて)だな。話してみて面白い娘だったから、アーキスフィーロにと紹介した」


 魔力のことには触れない。


 あそこまで見事に押さえきっているのだ。


 それに気付かないようなヤツらに、誰の目にも分かりやすいシオリの価値を伝える気などなかった。


「なんと勿体ない」


 周囲を囲んでいる人間たちからそんな声が上がる。


「あの可憐な少女を黒公子にお与えになるとは、花の盛りを逃しますぞ」


 俺は何も言わない。

 それだけで、ヤツらは勝手に興に乗っていく。


 話しても許されると思い込んで、余計なことまで口にするのだ。


「黒公子は、まだまだあの女に未練があるようですからな」

「あの女に捨てられ、社交の場にも出られないほど動揺し、登城すらしなくなったと聞き及んでおります。何でも、部屋から一歩も出ないとか。貴族の責務を知らないようですな」


 何も知らないヤツらは勝手なことを囀る。


「国王陛下に気に入られ、第五王子からも重用され、調子に乗っているのでしょう。そんな男にあの少女は勿体ない」

「あのような魅力的な娘なら、王子たちのいずれかの正室は無理でも、側室にもなれるでしょう。第二、第三王子殿下たちが実にお気に召したようで……」


 今日のシオリは実に愛らしかった。

 それは俺だけでなく、この国の人間たちもそう思うほどだったらしい。


 魔力に気付かれなくてもこうなのだ。

 あの幼馴染たちに匹敵するほどの魔力の強さを知られたら、もっと面倒になるのは自明の理だった。


 だが、この時点で既に王族にも目を付けられたか。

 厄介だな。


 目立ち過ぎたとは思うが、その原因は、アーキスフィーロを妙に()()して嫌がらせとなる行為を何年も執拗に続ける第二王女にあった。


 揃って王族に目を付けられるのは、あまり良いことではない。


 ユーヤとツクモに登城できるだけの身分を渡したが、それだけでは護り切れないだろう。


 マオとミオは表に出したくはない。

 もともとあの二人は登城できる身分を持っているが、できれば隠しておきたかった。


 尤も、城に現れた二人と、強大な魔力を持つアリッサムの王族と結びつけた者はいなかったようだ。


 特に、ミオは魔獣退治に出かけているが、城下の人間たちには逆に、魔法国家の王族を知らないから、やはり気付かれていないらしい。


 それでも、降りかかる火の粉はあるようで、ツクモがヴァルナとしてかなり矢面に立ってくれているようだ。


「トルクスタン王子殿下。あの黒公子から、娘を引き離すことはできませんか? 今のままではあまりにも哀れです」


 散々、アーキスフィーロを悪しざまに囀った後、一人がそんなことを口にした。


 頃合いだな。

 そろそろご退場、願おうか。


「お前たち、忘れていないか? アーキスフィーロはカルセオラリア国王陛下の妹であるアルトリナ叔母上の孫であり、この俺の従甥(じゅうせい)だ。ヤツへの侮辱は、カルセオラリアへの侮辱と受け止めるぞ?」


 俺がそう口にしただけで、先ほどの者たちが周囲を含めてその顔色を変える。


 愚かだな。

 そんな基本的な部分を忘れるなんて。


 俺が何も言わないからと、調子付くからだ。

 俺自身は、一度たりとも、アーキスフィーロへの侮辱を許した覚えなどない。


「あ……」

「そ、それは……」


 一様に分かりやすい言い訳を口にしようとする。


 シオリの歌の後、俺も退場しておけば良かったと思うが、後始末する人間も大事だ。

 だが、何度も似たようなことを繰り返しているために、気分が悪くなった。


 そろそろ、一度、アーキスフィーロを戻した方が良いか。


 場の空気を変えるためか、再び、楽団による音楽が始まった。

 我が国には楽団などないから、新鮮である。


 尤も、その楽団の演奏も、マオによれば、中途半端な物真似止まりらしい。


 音楽を知っているだけの人間が、形だけの指導者側に回ったところで、その本質を伝えきれるはずがないとまで言い切っていたから、相当なのだろう。


 かつて、港町で聴いた演奏はもっと胸に来るものがあった。


 それがほぼ知り合いで編制されたされたものだったとしても、ここにいる楽団たちよりも数はずっと少なくても、それでも初めて聞く人間たちを感動させるものではあったのだ。


 だが、ここの楽団にはそれはない。

 そして、シオリたちの歌にもマオの演奏にも届かない。


 先ほどのシオリたちの歌も迫力があったが、それを支えたのはマオだ。

 あの癖の強い人間たちを纏め上げたのはマオだった。


 それに気付いた人間がどれだけいただろうか?


「トルクスタン王子殿下」


 柔らかでどこか細さを感じさせる声が耳に届く。


 いつの間にか、この場に現れたのは、この国の第五王子ジュニファス=マセバツ=ローダンセだった。


 一応、カルセオラリア国王の後を継ぐ可能性が高い俺に敬意を表して「殿下」の敬称を付けたようだ。


 立場的には王の息子でしかないのだから、対等であるはずなのだがな。


「久方ぶりにお目にかかります」


 わざわざカルセオラリアの礼をする。

 俺に対してかなり気を遣っているようだ。


「久しぶりだな、ジュニファス王子」


 だが、こちらは気遣うつもりはなった。


 これでもカルセオラリアの人間として来ているのだ。

 簡単に、侮られるような行動をとるつもりもない。


 俺は椅子に座ったまま、挨拶に応じる。


 周囲はもっと動揺するかと思ったが、意外にもそれはなかった。


 これは、この第五王子が、周囲に侮られていると言うことだろう。


「この者たちの無礼をお許しください」


 周囲の阿呆どもに変わって、謝罪に来たようだ。


 それは正しい。

 その阿呆たちは未だに俺や、罵ったアーキスフィーロに対して謝罪を口にしていないのだから。


「許すも何も、()()()()()()()()()なのだろう? そんなことでいちいち目くじらを立てるほど狭量ではないつもりだ」


 そう口にすると、周囲の緊張がやや(ほぐ)れる。

 俺が怒りを覚えていなかったことに安心したのだろう。


 だが、第五王子だけは違う。

 緊張感のある面持ちのまま、俺を見据えている。


 今の俺の言葉で緊張を解く方がおかしいのだ。


 俺は、「この国は貴族の無礼をそのままにする国だ」と言ったに等しい。

 そして、謝罪を口にしないままを許すとも言っていない。


 それなのに、この様だ。


「申し訳ございません」


 そう再度呟かれた言葉は、一体、誰に向けての言葉だったのだろうか。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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