Serenade
「なんと言うか……。完全に二人の世界だね」
「そうだな」
目の前でくるくると回り、幸せそうに笑い合う二人を見ていると、本当にそれ以外の言葉がない。
「私たち、完全に忘れられていない?」
「存在を希薄にする眼鏡のせいだろ」
「いやいや、それだけじゃないと思うけどね」
九十九が、高田を円舞曲に誘った。
先に婚約者候補の男と踊っているから、そこまで問題にはならない。
だけど、表情が全く違う。
同じ笑顔でも高田が幸せそうに色づいているのだ。
「まあ、それでも二人の前途は多難だよね」
「そうだな」
高田は、この国の貴族子息と婚約する道を選んだ。
自分の身を護るために。
護衛兄弟たちの負担を減らすために。
あの兄弟たちに公式的な身分がない点が、本当に悔やまれる。
アリッサムが健在ならば、あの魔力の強さや戦いぶりだけで、いずれも魔法騎士団の上級官職に引き立てることができただろうが、健在ならば、私たちと再会することもなかっただろう。
現状としては、精々、カルセオラリアが恩人たちを廷臣とするために授爵させ、王城貴族として扱うぐらいだ。
それだけでも、各国に登城する身分を取得できるのだから、これまでよりも格段に動きやすくはなるらしいけどな。
「思ったより、高田がこの世界の貴族的な考えを受け入れている部分にはビックリしたけどね」
「本当にな」
私の後輩である高田は女の私の目から見ても、可愛いと思う。
だが、可愛いだけでなく強いのだ。
他国の王族から、突然、難癖を付けられて、笑い者にする意図がある命令を押し付けられたというのに、笑えるのだ。
普通の貴族令嬢なら、憤るか、泣く。
それはもう、周囲がその扱いに困ってしまうほどに。
もしかしたら、あの恥知らずな王女はそれが目的だったのかもしれない。
私が、同じ立場なら、憤る方だ。
ふざけるなと。
従うことなどできない、と。
だが、高田は笑った。
本当に、大したことではないというほどに。
それどころか、その要求に従いつつも、跳ね返したのだ。
それも、その場にいた多くの人間たちを味方に付けるという正攻法で。
そんな強靭さと柔軟さ、そして、不敵さを兼ね備えた人間は、王族として教育された人間の中でもそう多くないだろう。
勝てない。
敵わない。
王族として生まれ、育てられた私でも、何度もそう思ったことだろう。
「まあ、高田が本当に、その覚悟を持って生きるなら、別にそれでも良いとは思うんだよね。想い人が別にいながら、他の人間に嫁して子を生すことなんて、我が国でも珍しくなかったから」
アリッサムは魔力重視の国だった。
特にその頂点たる女王が最たるものだ。
彼女たちに意思はない。
国が宛てがう男を受け入れ、子を生し、国を統べる。
そんな偏った教育を生まれた日から二十年間、男から完全に隔離された状態で続けられる。
頂点がそうだから、下も従う。
魔力重視の婚姻により、次世代、次々世代の王族となるための子を生すための婚姻が続けられていた。
その在り方が歪だと知ったのは、他国……いや、他世界でのこと。
魔力や他国との関係を目的とした婚姻以外の血の繋ぎ方もあるのだと私は知った。
「女王陛下がそうだったからね」
「は?」
「女王陛下は想い人がいたっぽいよ。相手は分からないけれどね」
けろりとした声と顔で、双子の姉はそんな驚くべきことを口にする。
「いや、私も知ったのは、いつだったかな? 女王陛下が、かなり嬉しそうだったことがあったんだよね。珍しく頬染めて……、あ~、少女のように?」
「あ? 自国か?」
余計な言葉が追加された気がするが、それよりも気になることがあった。
あの女王陛下が王配の他に好きな男が?
だが、そんな様子はなかった。
女王陛下になる女が異性と会う機会ができるのは、王配と婚約後だ。
その後は他の国と交流するためにも、異性とも会うことができるようになる。
「ん~? 多分、他国? 自国の男たちと女王陛下の交流は、どう見ても、主従関係でしかなかったからね」
私もそう思う。
だが、他国?
それでも思い当たる人間がいない。
同じフレイミアム大陸内の王族たちに対しても、主従関係に近かった気さえしている。
「大体、あの王配だよ? 恋慕どころか、尊敬の念も抱くことができると思う?」
「思わない」
寧ろ、触れられることが苦痛であっても驚かない。
そして、その王配は、今、ミラージュという国の手の内で、まあ、子作りさせられているらしいから、もし、国に戻ることがあれば、即、離縁だろう。
女王陛下は既に三人の子を生した。
だから、王配の義務は果たされているのだ。
その地位に留め置く理由がなくなっている。
女王がいれば回る国に、種馬以外に役に立たない王配は要らない。
王配は魔力だけで選ばれる。
それ以外のものは重視されないから、あの王配は、政治に関わることすらなかった。
まあ、役に立つ面があったから、生かされていたのだけど。
「アリッサムの女王たちが、二人、もしくは三人までしか王女を産んでいないのはそんな理由かもね。愛情も、尊敬もできず、容姿も性格も根性も意地も頭すら悪い男に抱かれ続けるのは女としては苦痛だろうから」
アリッサムは女系だ。
何故か、女王には女しか生まれない。
臣下に嫁した女性王族は、男も生むことはあるらしいが、女王の座にある女性は。王女しか生まないのだ。
何かの呪いだろうか?
だが、マオ。
お前も結構、王配に思うところがあったんだな。
初めて知ったぞ?
「そう考えると、ラスブールも似たようなもんだよね。容姿はマシだけど、性格は盲目的だし、根性は明後日の方向に捻じ曲がっているし、意地はその張り方を間違えているし、頭は第一王女以外のことを考えられないのだから」
そして、姉の婚約者候補の男にもかなり言いたいことが溜まっていたんだな。
「何より、ミオにしたことをなかったことにしているのが、許せない。九十九くんの一割、いや、一厘でも反省してくれれば可愛げがあるのに、『自分は悪くない』の態度をとっていることが許せない」
「過ぎたことだ」
私は助けられた。
このマオが手を汚すことによって。
いや、ヤツは死んでいないが、自分の身体に落ちてきた血の量を思えば、あれは手を汚したと言っても良いだろう。
「過去は薄れても、消せないんだよ、ミオ」
マオが困ったように笑った。
確かに過去は消せない。
だが、それでも過ぎ去ったことだ。
だから、掘り起こしても何も生まれない。
これまで意図的に避けていた話題。
それを遠く離れた無関係なこの地で、初めて口にしあっている。
それだけ時間が経って、薄れたのだ。
マオの中からも、私の中からも。
いや、違うな。
塗り替えられたのだ。
目の前で幸せそうに笑う二人によって。
過去は変えられないけれど、未来は共に進める、と。
ただその二人には超えられない壁がある。
―――― 想いを告げれば自死する呪い
そのために彼は愛しい主人に想いを伝えられず、主人はそれに気付かない。
「高田も気付いているんじゃないかな」
マオが私の考えを読んだようにポツリと呟いた。
「何のことだ?」
「彼らに課せられた呪い。ミオも知っているのでしょう?」
「……知ってたのか?」
私は偶然、リプテラで知ることになった。
だが、マオはいつ、知った?
「先輩から聞いたんだよ」
「随分、仲良くなったんだな」
それは私がいなかった時間。
「音を聞く島」以降、マオは明らかにあの人と仲を深めている。
「いい男だからね。今のところ、私が知る中では彼が最上位だよ」
そう冗談めかして笑った。
その顔が妙に腹立ちを覚える。
「九十九の方が絶対、いい男だ」
「その台詞は、この遮音結界を解除して、あの二人に聞こえるように言って欲しいな」
あの人が張った結界の、さらに内側に、私は結界を重ねて張った。
そうでなければ、こんな話題はできない。
「言えない」
言えるはずがない。
「随分、弱くなったものだね、無敵の第三王女殿下が」
「第三王女のあれは、無敵じゃなくて無謀だって言うんだ」
考え無しだった。
何も知らなかったから強く見えた。
無知で無恥は本当に無敵だ。
それを、この年になって実感する。
「随分、謙虚になったものだね」
マオがそう言いながら、頭を撫でる。
「ガキ扱いか?」
「妹扱いだよ」
同じ日に生まれた姉はそんなことを言う。
同じ顔を持つ姉。
でもその中身は全然、違う。
19年で、随分、私たちの関係も変わってしまった。
「私は高田も好きだし大事だけどさ。ミオのことはもっと好きで大事なんだよ」
だけど、変わらないものもある。
「だから、九十九くんにフラれたら、おいで。慰めてあげるからさ」
こんな底意地の悪い現実を口にする姉は、この先も変わらないのだろうなと思うのだった。
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