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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 弓術国家ローダンセ編 ~

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合唱

 思いがけず、形ばかりの指揮棒(タクト)を振ることになった。

 オレが、聴いたことはあるが、確かに歌うことはできない歌だったためだろう。


 世界的にも有名な楽曲であるが、流石に数度聴いただけでは覚えられない。


 まず、日本語ではないのだ。

 そして、普通の歌でもない。


 讃美歌ではないらしいが、どこか、宗教を思わせるような歌であったと記憶している。

 興味がなければ、覚える機会などないだろう。


 それなのに、何故、かの中学を卒業した人間たちは、歌詞カードもないのにそんな歌を歌うことができるのか?


 実に謎である。


 それでも、聴いたことがあるだけでも随分と違うはずだ。

 少なくとも、どこでパートが重なっていくかぐらいは分かっていると思う。


 勿論、完璧から程遠いものではある。

 後で、絶対に真央さんや兄貴辺りから駄目出しが出ることだろう。


 それぐらいは覚悟する。

 だが、今回の主役はオレじゃなく、歌い手たちだ。


 だから、せめて、演奏(真央さん)合唱(栞たち)を繋げる役割ぐらいは果たしたいと思う。


 多分、前奏はあったはずだ。


 だから、指揮棒(タクト)を構え、真央さんに向かって軽く振る。

 そして、聞き覚えのあるフルートの旋律。


 間違いなくオレが知る合唱曲「ハレルヤ」だろう。


 本来は、弦楽器の方が合いそうだが、オレたちの中で、唯一、まともに弦楽器を弾ける兄貴が歌の方に回っているので今回は仕方ない。


 諦めよう。


 思ったよりも前奏は短かったが、四人ともしっかりと、そして、同時に入った。

 どれだけ、歌い慣れている歌なんだ?


 栞の女声高音(ソプラノ)

 水尾(ルカ)さんの女声低音(アルト)

 栞の婚約者候補の男の男声低音(テナー)


 そして、同じ中学出身者であるその三人はともかく、別の中学出身だった兄貴が男声低音(バス)として、そこに混ざるのはおかしいだろう。


 だが、あの中学で歌われていた歌なら、兄貴が事前に調べている可能性は高い。


 本当に! どれだけ! 調べていやがった!?

 そして、どんな事態を想定していやがった!?


 そんな個人の感情は、その歌の迫力に呑み込まれていく。


 始めは繰り返される「Hallelujah,」のフレーズ。

 この部分は聞き覚えがある。


 まさか、ド初っ端からとは思わなかったが。


 ちゃんと聴くのは初めての歌だが、「Hallelujah,」以外は英語にしか聞こえない。


 さっきの『For the Lord God Omnipotent reigneth,』なんて、「全能の主なる神が統治する」って意味だよな?


 かなり、宗教染みた歌詞だと思う。

 本来は、聖堂……、いや、あの世界では教会と呼ばれる場所で歌う歌なのではないだろうか?


 だが、この世界の「聖歌」とはちょっと方向性が違うとも思った。


 この世界に「全能の神」などいないし、どの神を主とするかも、神官が選ぶものである。

 創造神と呼ばれる神はいるが、唯一神ではない。


 そんな世界で、歌われるこの歌は、ある意味、異質なのかもしれないが、ストレリチアで歌うわけではないため、誰も気にしないだろう。


 それにしても、他の三人も凄い声だが、特に栞の声が際立っている。


 勿論、贔屓目はあるかもしれない。

 そこは認める。


 だが、歌謡曲はそうでもないが、童謡……、いや、合唱曲になると、栞は格段にレベルが高くなるのは事実だ。


 それだけの発声練習と、音楽指導をストレリチアで受けてきたということだろう。

 これで「聖歌」を歌わせたら、本当に鳥肌ものである。


 当人には、その意識はないだろうけどな。


 だが、変に心が籠ってしまうと、妙な現象を起こす心配がある。


 事前に対策はしたし、歌詞的に大丈夫だとは思うが、変な現象が起こっていないか、一応、警戒はしていた。


 そのまま、黙って指揮棒(タクト)を振り続ける。


 聴衆は何も言わずに四人を見守っているようだ。

 あの喧しかった第二王女ですら。


 だからオレは、最後までこのままだと思っていた。

 このまま、何事もなく、歌い終わるものだと。

 だが、違った。


 栞が動くことによって、この歌が変化する。


『King of Kings,』


 高く伸びのある女声高音(ソプラノ)が響いた。


 そして、そのタイミングで栞が片手を振り上げたのだ。

 まるで、壇上を目がけるかのような動きだった。


 歌っている時に、こんな行動はかなり珍しい。

 いつも、栞は歌だけに集中しているのに。


 そこに追随するかのように「For ever and ever,Hallelujah! Hallelujah!」と、三人の歌声が響く。


『and Lord of Lords,』


 続いて、今度は聴衆たちに向かって手を振り上げる。

 まるで、何かを誇示するかのように。


 そして、それにまたも続く三人の歌声。


『King of Kings,』


 先ほどよりも少し高くなった女声高音(ソプラノ)

 だが、少しもぶれることもなく真っすぐ伸びる。


 そして、歌詞に合わせて、先ほどと同じ動きがまた繰り返された。


 これはなんだ?

 栞は何を狙っている?


 その答えは、すぐに分かった。

 ()()()()()()と共に。


『King of Kings, and Lord of Lords,』


 恐らくは、盛り上がりの場所だろう。

 これまでとは力強さが違った。


 四人の声が重なる。

 それは、混声四部合唱だから当たり前だ。


 だが、その声量は()()()()()()()()()()()


 そのタイミングで、他の方向からも声が混ざったのだ。


 四人の歌声に重なり、響き渡る(歌声)たち。

 その人数は、多分、23人ぐらいか?


 それまで聴衆と化していた傍観者(人間)たちが、先ほど一斉にこの合唱に加わったらしい。

 それは、栞たちの歌声に、周囲が乗った瞬間でもあった。


 それを見て、栞が歌いながらも、笑ったのが分かった。


 あれは……、「してやったり」の顔だ。


 まさか、これを狙っていたのか!?


 このローダンセの貴族たちの一部は他国滞在期間に、人間界を選んで行った者が多いと聞いている。


 そして、その地域は集中していた。

 そのため、かなり高い確率で、その貴族たちは、栞と同じ中学出身者となるだろう。


 そんな連中が集まっている場で、聞き覚えのある懐かしい歌声を聴いたら?

 この機会を逃したら、もう二度と、合唱として歌えない可能性が高かったら?


 さらに、歌っている当事者から、仲間に入れという身振り(パフォーマンス)で誘われたら?


 少しでもこの歌が好きなら、参加しない手はないだろう。


 他の三人は気付いていたのか?

 人数が増えたというのに、その表情は変化していなかった。


 さらに、繰り返される『Hallelujah!』。


 いよいよ、最後の盛り上がりのようだ。

 四人だけでもかなりの歌だったのに、その数が増えれば、当然ながら迫力も増す。


 指揮棒(タクト)を振る手も気合いが入るってものだ。


 それでも、最初の四人(初期メンバー)は、周囲の声に埋没していない。

 歌い慣れている栞はともかく、それは凄いことだと思った。


 その中に入れない身が悔しい。


 できるだけ、栞の近くにいたいと願っても、オレが不勉強だとそんな些細な望みすら叶わない。


 やがて、何度も繰り返し、最後のゆっくりとした『Hallelujah!』によって、長かった歌が終わりを告げる。


 時間にして何刻(何分)だ?

 少なくとも、十五分刻(4分)はあった気がする。


 暫しの静寂の後、誰も動かない中、栞だけが動く。


『これにて、余興を終わらせていただきます。一緒に歌ってくださった方も、ご参加、ありがとうございました!!』


 声音石を通して、聞こえる声は、先ほどの迫力ある声とは異なり、胸を擽るいつもの可愛らしい声だった。


 そして、栞のお辞儀とともに、他の三人……、いや、演奏者であった真央さんや、棒を振るだけだったオレを入れて五人が同時に頭を下げると、それにつられるかのように周囲から歓声が上がり、拍手も湧き起こった。


 そのまま、栞は婚約者候補の男に手を伸ばし……。


「このまま逃げましょう、アーキスフィーロさま」


 小さな声で確かにそう言った。


 そして、そのまま、優雅な足取りで男の手を引くように、歩き出す。


 その言葉で、事態を察したオレと兄貴は、それぞれ近くにいる水尾(ルカ)さんと真央(リア)さんの手を掴んで、栞たちの後を付いていく。


 そして、そのままゆっくりと扉に向かって歩き……。


「それでは、皆さま、まだまだ夜は長いでしょう。ごゆっくりとお楽しみください」


 そう言って、扉を閉めたのだった。


 その後に扉の向こうで何が起こったか?

 それは、その場に残されたトルクスタン王子にしか分からない。

この話で116章が終わります。

次話から第117章「ドタバタの新生活」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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