余興
祝・2300話!!
そろそろ本気で叫びたい。
どうしてそうなった!? ……って。
「あんた、この場で余興をなさい」
そんな風に王女さまはわたしに向かって言った後……。
「教養のない庶民が、どうお父様やお義母様、カルセオラリアの王子殿下やアーキスフィーロまで誑かしたかは知らないけれど、芸に秀で、目の肥えた貴族たちの前でどれだけのことができるかしら?」
さらにこう続けてくれた。
え?
これ?
何かしなきゃいけない流れ?
いきなり一発芸とか無理じゃない?
ネタなんかないよ?
わたしが戸惑っていると……。
「シオリ嬢なら歌があるだろ?」
トルクスタン王子が平然と言った。
いやいや?
この世界では音楽が少ないから誤魔化しが利いていたけど、わたしの歌はそこまで凄くないですよ?
「シオリ嬢のあの歌なら、トゥーベル王女も黙るのではないか?」
「無理ですよ。人間界は歌が溢れていましたから」
わたしは小声で答える。
人間界は歌が溢れている。
わたしよりも上手い人たちなんて、それこそ、星の数ほどいただろう。
だが、わたしは楽器ができない。
この場で絵など描けない。
一発芸など、当然、できない。
それならば、確かにトルクスタン王子が言うように歌が無難だが、この王女さまを黙らせるほどの力量はないだろう。
人間界に行ったことがあれば、わたし程度の歌は珍しくないから。
昔よりは歌えるようになった。
声量は上がっているから、この舞踏会会場を無伴奏で歌うことはできるとは思う。
暫く考えて……。
―――― まあ、失敗したら、それを理由に退室すれば良いか。
そう覚悟を決めることにした。
問題は、ここが王城であることだ。
大気魔気が最も濃い場所。
こんな所でわたしが何の対策もなく歌えば、何が起こるか分からない。
同じように大気魔気が濃かったセントポーリア城下の森では、真っ暗な森が光ってしまった。
この場所で、そんな現象が起きたら、これだけの衆目の中だ。
逃げ場がない。
しかも、今は銀製品が、左手首に着けている御守りのみである。
これだけで、押さえきれるだろうか?
「さあ、早くなさい!!」
断れないらしい。
そして、誰も止める様子もない。
素直に受けろってことね。
「シオリ様」
不意に聞こえた呼びかけ。
その聞き覚えのある声に、身体が震えた。
それだけで、思わず、泣きたくなる。
先ほどから、気配を消していたけれど、近くにいたことは気付いていた。
だけど、まさか、この状況で、声をかけてくれるとは思っていなかったのだ。
「これを……」
いつもと違って、正装の上、眼鏡姿という珍しい装い黒髪の青年から、言葉少なくも渡されたのは、真珠っぽい三連ネックレス。
よく見ると、鎖は銀だ。
それが三連!
見事なチョイスである。
「私からはこれを……」
もう一つ現れた、耳に馴染んだ声。
最近、高い声ばかりだから、酷く新鮮に思えてしまう。
銀製品の白い石が付いたイヤリングだった。
しかし、これは見事な細工だ。
しかも、この白い石は、もしかしなくても、法珠ではなかろうか?
先に渡されたのは、真珠っぽい色合いだったから違うだろうけど、この白さと気配は、明らかにどこかの大神官さまの気配を感じる。
いつから、何を予想して、こんな凄いものを準備していました?
「我らが誇る歌姫が、デビュタントボール後とはいえ、着飾らないなんて、ありえませんから」
黒髪の御仁が微笑む。
眼鏡が邪魔だ。
いや、勿論、眼鏡も似合っているけれど、ガラス越しでないこの人の笑みを見たい。
きっといつものように優しく微笑んでいることだろう。
「あ~、従者たちがやるなら、主人である俺からも渡そう」
トルクスタン王子も銀でできたブレスレットを渡してくれる。
トルクスタン王子はわたしの事情を知らないはずなのに、準備してくれていたらしい。
「何、男たちに貢がれてるのよ!!」
王女さまは叫ぶ。
「ここからのシオリ嬢は、ただの娘ではなく、聴衆の前に立つ歌姫だ。この場に花を添えるための余興となれば、多少、着飾らせても問題はあるまい?」
トルクスタン王子は、わたしに変わって平然と答えてくれた。
さて、何を歌おう。
流石に聖歌はまずいだろう。
もしかしたら、この場に神官関係者がいるかもしれない。
姿が違っても、聖歌を聴けば、わたしを「聖女の卵」と気付く可能性はある。
でも、港町のように童謡もどうかと思うし、歌謡曲は場に相応しくない。
そうなると、合唱曲?
この場にいるのが気族たちなら、人間界に行って、知っている人もいるだろう。
わざわざ人間界の一部を改造しちゃったぐらいだ。
あの地に行った人たちも少なくないと思う。
それなら、知っている人たちが思わず、歌いたくなる系が良さそうだ。
それでいて、盛り上がる歌。
王城で?
舞踏会で?
それならクラシック系が雰囲気的にも良い。
最初に思ったのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作の交響曲第9番だった。
だが、わたしは日本語訳しか知らないし、有名ではあるが、周囲を乗せられるかといえば微妙だ。
大地を讃える合唱曲もあるし、あの中学校に通っていたなら、それはウケそうだ。
何故か、卒業式で歌った歌だし。
だが、それ以上に、良い曲が見つかった。
あの中学では卒業式に国歌は勿論、校歌、巣立つ歌と、大地を讃える歌、そして、もう一曲、何故かクラシックを原語で歌っていたのだ。
どの曲も卒業とあって、一体感が凄い歌ばかりだったが、やはり、クラシックを原語で歌ったあの歌が一番良いだろう。
だけど、一人では心許ないな~。
混声四部合唱だ。
どうせなら、後、三人、欲しい。
一人で歌えとは言われていないので、誰かご指名したいけど、そう思いながら周囲を見回すと、心配そうにわたしを見つめるアーキスフィーロさまと目が合った。
「アーキスフィーロさま。中学では男声高音、男声低音どちらでした?」
「え? 男声高音の方が出しやすかったです」
まあ、声、ちょっと高めだからね。
「ルカさま。女声低音いけます?」
わたしは、王女さまと共にこの場に戻ってきた水尾先輩にも声をかける。
「巻き込む気ですか? しかも、姉ではなく、私の方を?」
「はい。巻き込まれてください」
水尾先輩は歌が上手いことは知っている。
しかも、女声低音だ。
「リアさま。フルート、ご準備できますか?」
「そうですね。私は歌よりもそちら向きです」
先ほどから、ずっと吹きたがっていたもんね。
楽団の方を何度も見ていた。
そして、吹奏楽部だったから、あの歌も演奏できることは知っている。
真央先輩のことだから暗譜していることも。
だが、問題は男声低音だ。
トルクスタン王子は歌えないし、その従者たちは出身中学が違う。
そうなると、混声三部合唱?
一部だけ、変な間が空く時間ができてしまう。
「シオリ様」
ぬ?
「何を歌われるおつもりですか?」
そう声を掛けてきたのは、従者兄の方。
「えっと……」
小声でそれを伝えると……。
「私は男声パート、どちらもいけますよ?」
なんと!?
学校が違うのに!?
「有名な歌ですし、何度も聞けば覚えます」
それはあなただけだと叫びたい。
聞いただけで覚えられるような歌詞ではないのに。
「では、協力をお願いします」
そこで目につく、もう一人の従者。
彼は流石に知らないよね?
「あなたには、指揮を頼めますか? 何もないと、演者も歌い手も困りますので」
わたしがそう頼むと、彼は顔を綻ばせ……。
「承知しました」
恭しく礼をされた。
それが淋しい。
でも、仕方ない。
「ちょっと、早くなさい!! それに、他の人間に助けを借りなければできないなんて恥ずかしいとは思わないの?」
それでも、助けを借りることを止めなかった。
この王女さまもちょっと不思議。
助けを借りたところで、わたしには何もできないと思っているのか?
それとも、別の何かを試されているのか?
「混声四部合唱曲を歌おうと思うので、周囲の手助けについてはご容赦ください」
一応、周囲にも分かるように理由を告げる。
一人でも女声高音なら、そこそこの歌にはなる。
だけど、そこそこ止まりだ。
どうせなら、派手に行きたい。
迫力ある歌だと知っているから。
「この場に『声音石』はありますか?」
声を拡大するための魔石を確認する。
「こちらに」
流石は従者兄である。
ちゃんとお持ちでした。
「暫く、演奏を止めなさい。庶民が歌を披露するそうよ」
王女さまの言葉で、楽団の演者たちも戸惑いながら、音楽を止める。
本当に申し訳ない。
だが、音が混ざらないなら、そちらの方が良いだろう。
吹奏楽の演奏に負けないほどの声量は出せると思っているが、音楽が違えば不協和音になりかねない。
わたしは中央の……ダンスが踊られていた場所に進み出る。
緊張はない。
神官たちの目がある所よりはずっとマシだ。
神官たちは「聖女の卵」に妙な期待していたから。
だが、この場にいる貴族たちは、わたしに何も期待していない。
その分、気がかなり楽だ。
失敗しても大丈夫だから。
『紳士、淑女の皆さま。初めまして。トゥーベル王女殿下より、ご指名を賜りまして、一曲だけ、歌わせていただくことになりました。拙いものではありますが、精一杯務めさせていただきますので、暫し、ご静聴いただければ、幸いに存じます』
わたしはそう言いながら、お辞儀をする。
自分の胸元には三連のネックレス。
耳に銀細工の重さ。
この腕には輝く光。
さあ、歌おうか。
高らかに。
そして、のびやかに。
『ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル作聖譚曲「メサイヤ」より「Hallelujah」』
毎日投稿を続けた結果、恐ろしいことに2300話です。
残念ながら、歌ネタと重ねられませんでしたが、これはこれでありかなと思っております。
ここまで、長く続けられているのは、ブックマーク登録、評価、感想、誤字報告、最近ではいいねをくださる方々と、何より、これだけの長い話をずっとお読みくださっている方々のおかげです。
まだまだこの話は続きます。
頑張らせていただきますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




